「どうにかならないの?」
「厨房の仕事を、トウコさんが一人でしているので……」
「貴方がやればいいじゃない……」
「私は、まだここで働き始めてから、日が浅いのです」
「日が浅くても、ホールなんでしょう?」
「主に占いをやるように、仰せつかっています」
出来れば、こんなこと話したくはない。
だが、そこまで言わなければ納得もしないタイプなのは、この短時間で美聖にも伝わってきていた。
「ふーん。貴方が占い師ねえ。見えないわ」
再び、女性は上から下まで、顎を引いて美聖の品定めを始めてしまった。
横に一つに髪を緩く結んだ美聖は、ボーダーのシャツに、ハーフパンツ姿だ。
確かに、占い師っぽくはないだろう。
(私、余計なことを言っちゃったな……)
失敗した。
気持ち半分で、鑑定しろと命令されるくらいなら、ホール専門のアルバイトで役立たずなんだと、へらへら笑っていれば良かったのだ。
嫌な予感は、おおよそ的中するものだ。
「じゃっ、トウコって人が来るまで、貴方、私の占いをしてよ……」
(うっ、やっぱり……)
「駄目だって言うの?」
「いえ……」
美聖は、迫力に満ちた美人に、押し切られてしまったのだった。
こういう時に限って、給仕業務は一段落していて、やるしかない状況となっている。
彼女の名前を聞いてから、先に向かったキッチンは、今まさに戦場と化していた。
「トウコさん。灰田様という方の紹介で、剣崎さんという女性の方が鑑定して欲しいとお越しです。以前と同じように、あと、三十分後には鑑定出来ますとお答えしましたけど……」
「ああ、灰田……知音ちゃんのお知り合いの方ね。はいはい、了解」
トウコはサンドウィッチのセットを作りながら、デザートの盛り付けもこなしている。
一体、幾つのことが彼の脳内で同時並行に進行しているのか、分かりはしなかった。
「それで、私……。剣崎様の希望で、トウコさんが来るまで、占って欲しいということなので、鑑定入りますね」
「はーい、分かったわ。よろしくね、美聖ちゃん」
さすが、トウコだ。
この凄まじい環境でも笑みを絶やさない。
(ああ、私はああいう人になりたいよ……)
かつかつとピンヒールで、店内に入ってきた剣崎 容子容子と名乗る女性は、一般席で待ちたくないので、とにかく、占い席に連れて行けということだった。
(降沢さん……?)
途中、降沢が困ったような微笑で、美聖にエールを送っていた。
見るからに、容子は手強いタイプに見えたのだろう。
降沢からして、そう感じるのなら、ここが美聖の試練になるかもしれない。
「さっ、こちらに……」
美聖はカーテンを開ける。
そして、鑑定席と向き合うように設けられたリクライニングの椅子を彼女に勧めた。
「……暑いわねえ」
容子はポシェットの中から、取り出した扇子を使って一人涼んでいる。
常に、殺気立っているのは、暑いせいなのか、性格なのか……。
(多分、性格なんだろうな……)
「冷房の温度を下げますね……」
美聖は円卓の上にあったリモコンで室温を3℃ほど下げると、静かにタロットカードをシャッフルし始めた。
「では、剣崎さま。私はタロットカードメインで鑑定します。今日は、どういったことを視るのか、教えて下さいませんか?」
「私を見て、わからないの?」
「霊視と占いは、別ですよ」
美聖は、断言した。
『私の悩みを当てて下さい……』
それが一番占い師をやっていて、困る依頼なのだ。
「タロットカードは、悩みに応じて、テーマにあった占い方法を展開するので、曖昧な内容ですと、かえって命中率が下がります」
「ふーん。じゃっ、私の恋愛運をお願い」
「恋愛ですね?」
「そっ」
「お相手はいらっしゃるのですか?」
「いるというか、いないというか、別れた男のことを視て欲しいのよ」
「承知しました」
「なんかね、あいつ……。私に未練たらたらな感じがするのよ。半年前に別れたんだけどね。私、こういう勘は鋭いの。あいつ、私に連絡取りたがってるんじゃないかって? 前世からのソウルメイトだから、困ったことに別れられないのよね。私は迷惑なんだけど」
「そうなんですか……」
ソウルメイトとは、魂の伴侶という意味らしい。
前世からの宿縁というやつだ。
スピリチュアル好きな人に、この手の言葉が出てくることが多かったりする。
電話占いをしていると、頻繁に耳にするフレーズだが、北鎌倉の土地柄のせいなのか、対面鑑定のせいなのか、『アルカナ』で対面鑑定をするようになってから、余り聞かなくなっていた。
(久々に耳にしたわ…………)
美聖は、そういう運命的なものを否定するつもりもないし、むしろ、そういう話はロマンチックで好きなのだが、その運命やら前世やらが今生で、影響力を発揮しすぎるのもいかがなものだろうと思ったりはしていた。
(あくまでも、私が感じていることかもしれないけど……)
つまり、灰田という女性は、トウコに霊視をしてもらったのだろう。
そして、剣崎はそれ目当てで『アルカナ』まで遥々やって来たのだ。
(でも、私は霊視なんて出来ないし……)
美聖は自分のスタイルを貫くしかないのだ。
「厨房の仕事を、トウコさんが一人でしているので……」
「貴方がやればいいじゃない……」
「私は、まだここで働き始めてから、日が浅いのです」
「日が浅くても、ホールなんでしょう?」
「主に占いをやるように、仰せつかっています」
出来れば、こんなこと話したくはない。
だが、そこまで言わなければ納得もしないタイプなのは、この短時間で美聖にも伝わってきていた。
「ふーん。貴方が占い師ねえ。見えないわ」
再び、女性は上から下まで、顎を引いて美聖の品定めを始めてしまった。
横に一つに髪を緩く結んだ美聖は、ボーダーのシャツに、ハーフパンツ姿だ。
確かに、占い師っぽくはないだろう。
(私、余計なことを言っちゃったな……)
失敗した。
気持ち半分で、鑑定しろと命令されるくらいなら、ホール専門のアルバイトで役立たずなんだと、へらへら笑っていれば良かったのだ。
嫌な予感は、おおよそ的中するものだ。
「じゃっ、トウコって人が来るまで、貴方、私の占いをしてよ……」
(うっ、やっぱり……)
「駄目だって言うの?」
「いえ……」
美聖は、迫力に満ちた美人に、押し切られてしまったのだった。
こういう時に限って、給仕業務は一段落していて、やるしかない状況となっている。
彼女の名前を聞いてから、先に向かったキッチンは、今まさに戦場と化していた。
「トウコさん。灰田様という方の紹介で、剣崎さんという女性の方が鑑定して欲しいとお越しです。以前と同じように、あと、三十分後には鑑定出来ますとお答えしましたけど……」
「ああ、灰田……知音ちゃんのお知り合いの方ね。はいはい、了解」
トウコはサンドウィッチのセットを作りながら、デザートの盛り付けもこなしている。
一体、幾つのことが彼の脳内で同時並行に進行しているのか、分かりはしなかった。
「それで、私……。剣崎様の希望で、トウコさんが来るまで、占って欲しいということなので、鑑定入りますね」
「はーい、分かったわ。よろしくね、美聖ちゃん」
さすが、トウコだ。
この凄まじい環境でも笑みを絶やさない。
(ああ、私はああいう人になりたいよ……)
かつかつとピンヒールで、店内に入ってきた剣崎 容子容子と名乗る女性は、一般席で待ちたくないので、とにかく、占い席に連れて行けということだった。
(降沢さん……?)
途中、降沢が困ったような微笑で、美聖にエールを送っていた。
見るからに、容子は手強いタイプに見えたのだろう。
降沢からして、そう感じるのなら、ここが美聖の試練になるかもしれない。
「さっ、こちらに……」
美聖はカーテンを開ける。
そして、鑑定席と向き合うように設けられたリクライニングの椅子を彼女に勧めた。
「……暑いわねえ」
容子はポシェットの中から、取り出した扇子を使って一人涼んでいる。
常に、殺気立っているのは、暑いせいなのか、性格なのか……。
(多分、性格なんだろうな……)
「冷房の温度を下げますね……」
美聖は円卓の上にあったリモコンで室温を3℃ほど下げると、静かにタロットカードをシャッフルし始めた。
「では、剣崎さま。私はタロットカードメインで鑑定します。今日は、どういったことを視るのか、教えて下さいませんか?」
「私を見て、わからないの?」
「霊視と占いは、別ですよ」
美聖は、断言した。
『私の悩みを当てて下さい……』
それが一番占い師をやっていて、困る依頼なのだ。
「タロットカードは、悩みに応じて、テーマにあった占い方法を展開するので、曖昧な内容ですと、かえって命中率が下がります」
「ふーん。じゃっ、私の恋愛運をお願い」
「恋愛ですね?」
「そっ」
「お相手はいらっしゃるのですか?」
「いるというか、いないというか、別れた男のことを視て欲しいのよ」
「承知しました」
「なんかね、あいつ……。私に未練たらたらな感じがするのよ。半年前に別れたんだけどね。私、こういう勘は鋭いの。あいつ、私に連絡取りたがってるんじゃないかって? 前世からのソウルメイトだから、困ったことに別れられないのよね。私は迷惑なんだけど」
「そうなんですか……」
ソウルメイトとは、魂の伴侶という意味らしい。
前世からの宿縁というやつだ。
スピリチュアル好きな人に、この手の言葉が出てくることが多かったりする。
電話占いをしていると、頻繁に耳にするフレーズだが、北鎌倉の土地柄のせいなのか、対面鑑定のせいなのか、『アルカナ』で対面鑑定をするようになってから、余り聞かなくなっていた。
(久々に耳にしたわ…………)
美聖は、そういう運命的なものを否定するつもりもないし、むしろ、そういう話はロマンチックで好きなのだが、その運命やら前世やらが今生で、影響力を発揮しすぎるのもいかがなものだろうと思ったりはしていた。
(あくまでも、私が感じていることかもしれないけど……)
つまり、灰田という女性は、トウコに霊視をしてもらったのだろう。
そして、剣崎はそれ目当てで『アルカナ』まで遥々やって来たのだ。
(でも、私は霊視なんて出来ないし……)
美聖は自分のスタイルを貫くしかないのだ。