しかし、いつも僕の話をしてるって、一体何を話してるんだろう。
「すみません、お邪魔します」
「あ、悠真君は紅茶飲める? うち、コーヒーないんだ」
「紅茶は好きだよ」
「じゃあ、紅茶入れて来るね。ここで待ってて」
玄関脇の部屋のドアを開け、ルカはカバンを置く。
暖色系で揃えられた、いかにも女の子っぽい部屋に足を踏み入れる事なんて人生初だ。
姉か妹がいれば日常茶飯事の光景だったかもしれないが、生憎うちは男兄弟。
兄貴はどうだったのかわからないけれど、僕にとってここはラノベや漫画の中でしか見た事がなかった。
何だか禁断の世界に迷い込んだみたいで、正直落ち着かない。
傍から見たら、挙動不審で、完全に怪しい人。
つーか、彼氏でもない僕を自室に招き入れるなんて、何考えてんだ、ルカは……。
気を取り直して部屋の中を見回すと、コルクボードに写真が貼ってあった。
一緒に写っている子は、前の学校の友人だろうか。
どの写真もみんなで仲良さそうに寄り添いながら、笑顔でピースサインをして写っている。
中途半端な時期に転校してきたから、いじめが原因じゃないかとも心配になったけれど、どうやらそうでもないらしい。
「悠真君、クッキーは大丈夫?」
写真を眺めていたら、トレーに紅茶のカップとクッキーの入ったお皿をのせて、ルカが部屋に入って来た。
「あ、気を遣わせちゃってごめん。クッキーは大丈夫」
「それなら良かった。いつも悠真君が気を遣ってくれてるんだから、少しは返させてよ」
ルカはフフッと笑いながら言って、トレーを机の上に置いた。
「冷めないうちにどうぞ。クッキーも美味しいよ?」
「どうもありがとう。……この写真、前の学校の時の?」
「うん」
「楽しそうだな」
「楽しかったよ。みんな仲良くて、私が転校する時もお別れ会開いてくれたし」
「そっか……」
写真だけでなく、本人からの証言がとれたし、いじめが原因で転校してきたわけじゃなくて良かった。
「やっぱり気になる? 何でこんな中途半端な時期に転校してきたのかって」
「そりゃ、まあ。だから、いじめられてたんじゃないかとか、重い病気で余命が少ないとか変な事考えちゃったよ」
正直に言うと、ルカは可笑しそうに笑った。
「悠真君、ドラマの見すぎだよー」
「それは自分でも思ったけど、他に理由が思いつかなかったから」
「大丈夫。前の学校の友達ともメッセージのやり取り毎日してるし、健康状態も問題ないよ」
「じゃあ……何で?」
どちらでもないのなら、親の仕事の都合だろうか。
何にせよ、重い理由じゃなくて良かった。
僕が聞くと、ルカは紅茶の入ったカップに口を付けた。
「悠真君に会いたかったから……かな?」
……は?
いやいやいや……。
「本気で言ってる? この間も言ったけど、ストーカーみたいで怖いんだけど」
「あ、ゴメンゴメン。何の説明もナシに結論だけ聞いたら確かに怖いよね」
「いや、説明あっても怖いし。……この前、話しても信じてもらえないとか言ってたけど、説明ってそれ?」
転校初日に、僕の事を知っている理由を聞いたけれど、答えてはくれなかった。
でもきっと、今聞いてもまた、上手くはぐらかされるんだろうな。
ルカからのまともな回答を得られるとは思えず、僕も紅茶の入ったカップに口を付けた。
「だって、悠真君って運命的な出会いを信じてない人なんでしょ?」
「まあ、そうだな。え、やっぱり僕とどっかで会ってる? 全然記憶にないんだけど、これってかなり失礼な事してる状態?」
「ううん。私が一方的に知ってるだけだから、大丈夫」
「大丈夫って……僕的には、全然大丈夫じゃないんだけど」
首を傾げながら、僕はクッキーを一枚口に入れる。
チョコレートは苦手だけど、マーブルクッキーなら全然大丈夫。
しかもこれ、かなり美味しい。
聞いても答えてくれないのなら、知らなくていい、知らない方がいいという事なのかもしれない。
ただの変わり者だと思えば問題なさそう……って、こんな結論でいいのか?
危機感ないって言われるかもしれないけれど、ルカから危険な感じはしないんだよな。
悲しい事に兄貴と比較されるようになってから、あまり人を信じる事ができなくなって、結構人間観察をしてきたから、人を見る目はある方だと思う。
そういう理由で、深澤先生の事を僕は全面的に信頼しているわけだし。
何よりあの人は、適当でめんどくさがりやのくせに、一度だって僕と兄貴を比較した事がなかったから。
「そうだ。せっかくだからベランダに出てみる? ちょっと寒いけど」
「あ、見せてもらおうかな」
この高さからこの街を眺めた事なんてないから、かなり興味があった。
ルカがベランダに出るドアを開けると、冷たい空気が部屋になだれ込んでくる。
思わず顔をしかめると、ルカが一度ドアを閉めた。
「思ったより寒かったね。外出る格好した方がいいね」
「確かに」
苦笑したルカの言葉に同調しながら、僕はコートを羽織ってマフラーを巻く。
ルカもコートを羽織ろうと腕を伸ばした拍子に、ポケットから何かが落ちた。
フローリングの上に落ちたせいか、無音だったのでルカは気が付いていない。
「ルカ、何か落ちた……」
そう言いながら拾い上げようと手を伸ばすが、途中で止める。
落ちていたのは便箋。
これと全く同じものを、僕は自分の家で見た事があった。
「うん? あ、これね」
ルカが足元に落ちていた便箋に気が付いて拾い上げる。
宛名も差出人も書いていない、その便箋。
兄貴の仏壇に積み重なっていたものと同じで、違うところと言えば、封がまだされていないところ。
……ああ、そうか……そうだったのか。
ルカは僕に興味があったんじゃなくて、僕を通して兄貴と繋がりたかったんだ。
便箋を見た瞬間、ルカの不可解な言動の意味がようやくわかった。
僕に気がある素振りを見せて、信用させたうえで兄貴と繋がる。
今まで、この戦法をとってきた女子は一人もいなかったから、全く気が付かなかったよ。
だから、一方的に知ってるって言ったのか。
兄貴の事を知っているのなら、自然に弟の僕の事も知る事になる。
変な時期に転校してきてまで繋がりたかった意味は理解できないけど。
ただ腑に落ちないのは、周りから色々言われて、兄貴がすでにこの世にいない事を知っているはずなのに、何で僕から離れないのかという事。
……って、もう考えるだけ無駄だし、最初から僕には全く関係のない事だったんだよな。
知りたくもないし、知る必要がない。
結局、僕は無駄に振り回されただけだった。
「……帰るよ」
「え、何で、急に……?」
怒りなんて少しもこみ上げてはこなかった。
むしろ有頂天になっていた自分に対して腹が立つ。
人と関わる事が面倒だって思っていたのに、関わってしまったのは僕の選択ミス。
何が、居心地がいい存在……だ。
カバンを持つと、部屋を出て玄関に向かう。
「悠真君、ちょっと待って……」
「ごちそうさまでした。……ルカ、もう一緒に登下校しなくても大丈夫だろ? 明日からは別々で」
「何で急にそんな事……。もしかして、気を悪くさせちゃった? させたのなら謝るから、そんな事言わないで」
「いや、一人になりたいんだ」
引き留めようと必死になるルカを見たくなくて、僕は目を伏せた。
「お昼も悪いけど、もう一緒には食べない。勝手な事言って、ごめん……お邪魔しました」
早口で小さくそう言うと、逃げるようにドアを開けて外に出た。
冷たい空気が肌を突き刺す。
エレベーターを待っていたらルカが追いかけて来そうだったので、僕は階段を駆け下りた。
一気にこんなに階段を駆け下りた事なんかなかったから、途中で足がもつれて転ぶかと思った。
何とか無傷でマンションを出て、一度も振り返らずに家に帰る。
真っ直ぐ二階の自分の部屋にあがり、机の上に置いてあったボトルキャンディを掴んで、再び一階に下り、そのまま和室に入った。
ドンと音をたてて仏壇にボトルキャンディを置き、僕は息を吐きだす。
遺影のそばに積み重なっていた便箋は、やっぱりさっき見た物と全く同じ。
中を開けて確認しなくても、差出人はルカだろう。
赤いギンガムチェックの派手目の便箋。
こんな狭い範囲で、同じものを持っている全くの別人って考えるには少し無理があると思う。
兄貴と繋がりたかったっていう理由なら、全てのつじつまが合う。
多少強引かもしれないけれど。
「この世から去っても、相変わらずモテるんだな、兄貴は」
そんな嫌味を言ったものの、胸が痛むのはなぜだろうか。
***
「白石とケンカでもした? 最近、全然一緒にいないじゃん?」
それから一週間ほどたったある日の放課後。
帰ろうとしたら、深澤先生に呼び止められて社会科教材室に来いと言われた。
今度は何なんだと思いながらも、素直に呼び出しに応じる。
部屋に入るなり、そう聞かれて僕はため息をついた。
「ケンカっていうか、僕が元の日常に戻っただけです。ルカはもう道を覚えたし、残りわずかとはいえ、このクラスでちゃんと同性の友達を作らないと」
「あらら。だいぶ冷たい事言ってない? 絶対何かあったっしょ? だってバレンタインにキャンディ贈られたんだから、進展あっても良さそうなのに、何で悪化してんの」
深澤先生は頬杖ついて、呆れたように聞いてくる。
いや、呆れたいのはこっちなんだが。
そもそも僕にキャンディを贈ったわけじゃなくて、間接的に兄貴に渡して欲しかったんじゃないのかって思った。
それならキャンディだった理由も説明がつく。
一人になりたい宣言をしたせいか、ルカが僕に話しかけてくる事はなかった。
登下校も別だし、お昼も別。
織原は不思議がっていたけれど、もうこの学校にも慣れたし、女の友達作らないとダメじゃんと言ったら、納得していた。
「だから、僕が日常に戻っただけですって。そもそもあれは僕宛じゃなかったっぽいし」
「何、意味不明な事言ってんの。……あーあ。白石ちゃん、本気で悠真の事好きかもしれないのに、相手がこんな鈍感な男で可哀想。俺、慰めてあげちゃおうかな?」
「……教育委員会に訴えましょうか?」
聞く人が聞けば、とんでもない発言だ。
淡々と言うと、深澤先生が苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「冗談に決まってんだろ? いい加減俺にツッコミ入れろよ。いつもいつも冷めた目で普通に返してきやがって」
「だって、めんどくさいじゃないですか」
「めんどくさいだと? 俺のありがたい教えをめんどくさいだと?」
先生、完全に僕のペースに巻き込まれていると思うんだけど。
人にペースを合わせるのがめんどくさいとか言っていたはずなのに、結局首突っ込んで世話焼いてるよな。
根はいい人なんだよな、わかってるよ。
「で、もういいですか? 今日、ラノベの新刊発売なんで早く本屋に行きたいんですよ」
「おいおい、待てって。……白石、相変わらず、女子に溶け込もうとしてないだろ? この前、体育の授業をチラッと見に行ったけど、隅で一人ぼっちでいたから」
「多分、僕のせいです。僕と一緒にいたから変な目で見られて、変な噂までたてられたし、面白おかしく尾ひれが付いて収拾付かなくなってるし」
「責任感じるなら、一緒にいてやりゃーいいじゃん」
状況を知らないからそんな無責任な事言えるんだよな、先生は。
僕は深いため息をついた。
「僕がいたって改善なんかしませんよ。そもそも一緒にいたから孤立しちゃったんだろうし。後はもう、先生が何とかしてくださいよ。……もういいですかね?」
「何でそんなへそ曲げてんの? 何、もしかして白石ちゃん、別に好きな人ができた? あ、もしかしてその相手は俺? だから悠真、機嫌悪いの?」
ニヤニヤしながら言うけど、この人本当にルカの事心配してんの?
どちらにしても、まあ楽しそうで何より。
「すみません、お邪魔します」
「あ、悠真君は紅茶飲める? うち、コーヒーないんだ」
「紅茶は好きだよ」
「じゃあ、紅茶入れて来るね。ここで待ってて」
玄関脇の部屋のドアを開け、ルカはカバンを置く。
暖色系で揃えられた、いかにも女の子っぽい部屋に足を踏み入れる事なんて人生初だ。
姉か妹がいれば日常茶飯事の光景だったかもしれないが、生憎うちは男兄弟。
兄貴はどうだったのかわからないけれど、僕にとってここはラノベや漫画の中でしか見た事がなかった。
何だか禁断の世界に迷い込んだみたいで、正直落ち着かない。
傍から見たら、挙動不審で、完全に怪しい人。
つーか、彼氏でもない僕を自室に招き入れるなんて、何考えてんだ、ルカは……。
気を取り直して部屋の中を見回すと、コルクボードに写真が貼ってあった。
一緒に写っている子は、前の学校の友人だろうか。
どの写真もみんなで仲良さそうに寄り添いながら、笑顔でピースサインをして写っている。
中途半端な時期に転校してきたから、いじめが原因じゃないかとも心配になったけれど、どうやらそうでもないらしい。
「悠真君、クッキーは大丈夫?」
写真を眺めていたら、トレーに紅茶のカップとクッキーの入ったお皿をのせて、ルカが部屋に入って来た。
「あ、気を遣わせちゃってごめん。クッキーは大丈夫」
「それなら良かった。いつも悠真君が気を遣ってくれてるんだから、少しは返させてよ」
ルカはフフッと笑いながら言って、トレーを机の上に置いた。
「冷めないうちにどうぞ。クッキーも美味しいよ?」
「どうもありがとう。……この写真、前の学校の時の?」
「うん」
「楽しそうだな」
「楽しかったよ。みんな仲良くて、私が転校する時もお別れ会開いてくれたし」
「そっか……」
写真だけでなく、本人からの証言がとれたし、いじめが原因で転校してきたわけじゃなくて良かった。
「やっぱり気になる? 何でこんな中途半端な時期に転校してきたのかって」
「そりゃ、まあ。だから、いじめられてたんじゃないかとか、重い病気で余命が少ないとか変な事考えちゃったよ」
正直に言うと、ルカは可笑しそうに笑った。
「悠真君、ドラマの見すぎだよー」
「それは自分でも思ったけど、他に理由が思いつかなかったから」
「大丈夫。前の学校の友達ともメッセージのやり取り毎日してるし、健康状態も問題ないよ」
「じゃあ……何で?」
どちらでもないのなら、親の仕事の都合だろうか。
何にせよ、重い理由じゃなくて良かった。
僕が聞くと、ルカは紅茶の入ったカップに口を付けた。
「悠真君に会いたかったから……かな?」
……は?
いやいやいや……。
「本気で言ってる? この間も言ったけど、ストーカーみたいで怖いんだけど」
「あ、ゴメンゴメン。何の説明もナシに結論だけ聞いたら確かに怖いよね」
「いや、説明あっても怖いし。……この前、話しても信じてもらえないとか言ってたけど、説明ってそれ?」
転校初日に、僕の事を知っている理由を聞いたけれど、答えてはくれなかった。
でもきっと、今聞いてもまた、上手くはぐらかされるんだろうな。
ルカからのまともな回答を得られるとは思えず、僕も紅茶の入ったカップに口を付けた。
「だって、悠真君って運命的な出会いを信じてない人なんでしょ?」
「まあ、そうだな。え、やっぱり僕とどっかで会ってる? 全然記憶にないんだけど、これってかなり失礼な事してる状態?」
「ううん。私が一方的に知ってるだけだから、大丈夫」
「大丈夫って……僕的には、全然大丈夫じゃないんだけど」
首を傾げながら、僕はクッキーを一枚口に入れる。
チョコレートは苦手だけど、マーブルクッキーなら全然大丈夫。
しかもこれ、かなり美味しい。
聞いても答えてくれないのなら、知らなくていい、知らない方がいいという事なのかもしれない。
ただの変わり者だと思えば問題なさそう……って、こんな結論でいいのか?
危機感ないって言われるかもしれないけれど、ルカから危険な感じはしないんだよな。
悲しい事に兄貴と比較されるようになってから、あまり人を信じる事ができなくなって、結構人間観察をしてきたから、人を見る目はある方だと思う。
そういう理由で、深澤先生の事を僕は全面的に信頼しているわけだし。
何よりあの人は、適当でめんどくさがりやのくせに、一度だって僕と兄貴を比較した事がなかったから。
「そうだ。せっかくだからベランダに出てみる? ちょっと寒いけど」
「あ、見せてもらおうかな」
この高さからこの街を眺めた事なんてないから、かなり興味があった。
ルカがベランダに出るドアを開けると、冷たい空気が部屋になだれ込んでくる。
思わず顔をしかめると、ルカが一度ドアを閉めた。
「思ったより寒かったね。外出る格好した方がいいね」
「確かに」
苦笑したルカの言葉に同調しながら、僕はコートを羽織ってマフラーを巻く。
ルカもコートを羽織ろうと腕を伸ばした拍子に、ポケットから何かが落ちた。
フローリングの上に落ちたせいか、無音だったのでルカは気が付いていない。
「ルカ、何か落ちた……」
そう言いながら拾い上げようと手を伸ばすが、途中で止める。
落ちていたのは便箋。
これと全く同じものを、僕は自分の家で見た事があった。
「うん? あ、これね」
ルカが足元に落ちていた便箋に気が付いて拾い上げる。
宛名も差出人も書いていない、その便箋。
兄貴の仏壇に積み重なっていたものと同じで、違うところと言えば、封がまだされていないところ。
……ああ、そうか……そうだったのか。
ルカは僕に興味があったんじゃなくて、僕を通して兄貴と繋がりたかったんだ。
便箋を見た瞬間、ルカの不可解な言動の意味がようやくわかった。
僕に気がある素振りを見せて、信用させたうえで兄貴と繋がる。
今まで、この戦法をとってきた女子は一人もいなかったから、全く気が付かなかったよ。
だから、一方的に知ってるって言ったのか。
兄貴の事を知っているのなら、自然に弟の僕の事も知る事になる。
変な時期に転校してきてまで繋がりたかった意味は理解できないけど。
ただ腑に落ちないのは、周りから色々言われて、兄貴がすでにこの世にいない事を知っているはずなのに、何で僕から離れないのかという事。
……って、もう考えるだけ無駄だし、最初から僕には全く関係のない事だったんだよな。
知りたくもないし、知る必要がない。
結局、僕は無駄に振り回されただけだった。
「……帰るよ」
「え、何で、急に……?」
怒りなんて少しもこみ上げてはこなかった。
むしろ有頂天になっていた自分に対して腹が立つ。
人と関わる事が面倒だって思っていたのに、関わってしまったのは僕の選択ミス。
何が、居心地がいい存在……だ。
カバンを持つと、部屋を出て玄関に向かう。
「悠真君、ちょっと待って……」
「ごちそうさまでした。……ルカ、もう一緒に登下校しなくても大丈夫だろ? 明日からは別々で」
「何で急にそんな事……。もしかして、気を悪くさせちゃった? させたのなら謝るから、そんな事言わないで」
「いや、一人になりたいんだ」
引き留めようと必死になるルカを見たくなくて、僕は目を伏せた。
「お昼も悪いけど、もう一緒には食べない。勝手な事言って、ごめん……お邪魔しました」
早口で小さくそう言うと、逃げるようにドアを開けて外に出た。
冷たい空気が肌を突き刺す。
エレベーターを待っていたらルカが追いかけて来そうだったので、僕は階段を駆け下りた。
一気にこんなに階段を駆け下りた事なんかなかったから、途中で足がもつれて転ぶかと思った。
何とか無傷でマンションを出て、一度も振り返らずに家に帰る。
真っ直ぐ二階の自分の部屋にあがり、机の上に置いてあったボトルキャンディを掴んで、再び一階に下り、そのまま和室に入った。
ドンと音をたてて仏壇にボトルキャンディを置き、僕は息を吐きだす。
遺影のそばに積み重なっていた便箋は、やっぱりさっき見た物と全く同じ。
中を開けて確認しなくても、差出人はルカだろう。
赤いギンガムチェックの派手目の便箋。
こんな狭い範囲で、同じものを持っている全くの別人って考えるには少し無理があると思う。
兄貴と繋がりたかったっていう理由なら、全てのつじつまが合う。
多少強引かもしれないけれど。
「この世から去っても、相変わらずモテるんだな、兄貴は」
そんな嫌味を言ったものの、胸が痛むのはなぜだろうか。
***
「白石とケンカでもした? 最近、全然一緒にいないじゃん?」
それから一週間ほどたったある日の放課後。
帰ろうとしたら、深澤先生に呼び止められて社会科教材室に来いと言われた。
今度は何なんだと思いながらも、素直に呼び出しに応じる。
部屋に入るなり、そう聞かれて僕はため息をついた。
「ケンカっていうか、僕が元の日常に戻っただけです。ルカはもう道を覚えたし、残りわずかとはいえ、このクラスでちゃんと同性の友達を作らないと」
「あらら。だいぶ冷たい事言ってない? 絶対何かあったっしょ? だってバレンタインにキャンディ贈られたんだから、進展あっても良さそうなのに、何で悪化してんの」
深澤先生は頬杖ついて、呆れたように聞いてくる。
いや、呆れたいのはこっちなんだが。
そもそも僕にキャンディを贈ったわけじゃなくて、間接的に兄貴に渡して欲しかったんじゃないのかって思った。
それならキャンディだった理由も説明がつく。
一人になりたい宣言をしたせいか、ルカが僕に話しかけてくる事はなかった。
登下校も別だし、お昼も別。
織原は不思議がっていたけれど、もうこの学校にも慣れたし、女の友達作らないとダメじゃんと言ったら、納得していた。
「だから、僕が日常に戻っただけですって。そもそもあれは僕宛じゃなかったっぽいし」
「何、意味不明な事言ってんの。……あーあ。白石ちゃん、本気で悠真の事好きかもしれないのに、相手がこんな鈍感な男で可哀想。俺、慰めてあげちゃおうかな?」
「……教育委員会に訴えましょうか?」
聞く人が聞けば、とんでもない発言だ。
淡々と言うと、深澤先生が苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「冗談に決まってんだろ? いい加減俺にツッコミ入れろよ。いつもいつも冷めた目で普通に返してきやがって」
「だって、めんどくさいじゃないですか」
「めんどくさいだと? 俺のありがたい教えをめんどくさいだと?」
先生、完全に僕のペースに巻き込まれていると思うんだけど。
人にペースを合わせるのがめんどくさいとか言っていたはずなのに、結局首突っ込んで世話焼いてるよな。
根はいい人なんだよな、わかってるよ。
「で、もういいですか? 今日、ラノベの新刊発売なんで早く本屋に行きたいんですよ」
「おいおい、待てって。……白石、相変わらず、女子に溶け込もうとしてないだろ? この前、体育の授業をチラッと見に行ったけど、隅で一人ぼっちでいたから」
「多分、僕のせいです。僕と一緒にいたから変な目で見られて、変な噂までたてられたし、面白おかしく尾ひれが付いて収拾付かなくなってるし」
「責任感じるなら、一緒にいてやりゃーいいじゃん」
状況を知らないからそんな無責任な事言えるんだよな、先生は。
僕は深いため息をついた。
「僕がいたって改善なんかしませんよ。そもそも一緒にいたから孤立しちゃったんだろうし。後はもう、先生が何とかしてくださいよ。……もういいですかね?」
「何でそんなへそ曲げてんの? 何、もしかして白石ちゃん、別に好きな人ができた? あ、もしかしてその相手は俺? だから悠真、機嫌悪いの?」
ニヤニヤしながら言うけど、この人本当にルカの事心配してんの?
どちらにしても、まあ楽しそうで何より。


