キミの瞳に映る世界

バレンタインデーが終わって、校内は落ち着きを取り戻したような気がした。
校内のあちこちで聞こえてくる話題も、チョコレートの事は一切消えて、好きな芸能人の話だったり音楽の話だったりと、日常が戻って来たと思う。
それと同時に、カップルの姿が前より増えたような。

「C組の風見って、転校生と付き合ってるってマジ?」
「そうらしいよ」
「嘘でしょ? だってあの風見だよ? 実の兄を自殺に見せかけて殺したって噂の……」
「事故にみせかけて、じゃなかったっけ?」

ただ、なぜかバレンタインの事以上に、僕とルカの噂も増えた。
廊下を歩けば、僕の方を見てヒソヒソとやっている女子の姿が絶対ある。
注目されると蒸し返されるのは、きまって兄貴の話。
好き勝手に言われても今さらどうって事はないけれど、ルカは完全に巻き込まれた形となった。

「バレンタインの時も白石さんが裏庭に呼び出して、渡したって話だよ」
「白石さん、風見がどんな奴かわかっててやってんの?」
「それがさー、同じクラスの子が気をつけた方がいいって注意したら、キレたらしいよ」
「え、親切心を踏みにじるとか、意味わかんなくない?」

ヒソヒソしているはずなのに、全部聞こえてくる。
ワザと僕に聞かせるように話をしてるのか?
僕の事はいくらでも話してくれて構わないが、ルカの事を悪く言っているとかやめて欲しいな。
自分で言うのもなんだけど、ルカが主張した事って間違ってはいないと思う。
真相がどうであれ、事実かどうかもわからない事、しかもかなり内容がデリケートな物だっただけに、余計に面白おかしく話していいものじゃなかった。
それを指摘した事が、どうしてキレられた話に繋がるのか。
自分の身を守るためだったら、事実を捻じ曲げてでも誰かを陥れてもいいのかよ。
兄貴の事でだいぶ女子から理不尽な目にあったし、女子の噂話ほど信用できないものはないと思っている。
 

「ルカ。もう僕と一緒にいない方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
「だって、変な噂されてるし」

ある日、一緒に下校した時に思い切って切り出してみた。
けれどルカは何も気にした様子もなく、キョトンと不思議そうな顔で聞き返してきた。

「言わせておけばいいんじゃない? 私たち、別に悪い事してないし」
「でも、ルカまで変な目で見られてるから……」
「みんな、悠真君の本当の姿を知らないからすっごい損してるよね。私だけ……じゃなくて、織原君も知ってるけど、悠真君は優しいし楽しいし、いい人だよ? だからあまり自分を卑下しないで欲しいな」

ニコッと笑って言うから、胸が痛くなる。
ルカは僕が過去にどんな事をしたのか知らないから、そんな風に褒めてくれるだけ。
きっと本性を知れば、離れていくと思う。
誰かと関わって、一緒にいる事になるのは面倒な事だと思っていた。
でも、ルカの事はどうしても無視できなくて、放っておけなくて。
別に頼まれたわけでも何でもないのに。誰かと一緒にいて、居心地がいいと感じたのはルカが初めてだった。
初めて会った時から、不思議と初めましてじゃないようなどこか懐かしい感覚があって。
……織原みたいに、運命的な出会いとかそういう風には考えてはいないけれど。
ルカが僕の事を知っていると言うから、僕に自覚がないだけで、心のどこかで彼女の事を覚えているから感じるのかもしれない。
さすがにこのままずっと黙っているわけにはいかないよな……。
僕は兄貴を死なせた、ひどい奴なんだって。
これを聞いたら、ルカはどんな顔をする?
ひどい奴だって罵って、二度と笑いかけてくれないんだろうな。
……そんな事を想像したら、怖くなって震えてきた。
ギュッと拳を作ってみても、震えは止まらない。

「悠真君、どうかした?」
「えっ?……あ、何でもない……」

僕が黙り込んだのが気になったのか、ルカは心配そうな表情で覗き込んでくる。
きっと、僕の本性を知ったらそんな風に心配してくれる事もなくなるんだろうな。
全部自分に返ってきてるってわかってはいるけれど……。
この空間も時間も……今はなくしたくないって心から思う。


電車を降りて、美浜海岸駅の改札を抜ける。

「本当に大丈夫?無理してない?」
「……大丈夫」

歩きながらもルカはまだ気にしてくれている。
こんなに心配してくれると逆に申し訳ない気持ちになってくる。

「……ルカ。あのさ……」

何も知らない彼女に黙ったままというのは、やっぱり違う気がする。
誰かから聞かされるくらいなら、自分で打ち明けた方がいいかもしれない。
意を決して口を開いた時だった。

「うわっ!風見じゃん!」
「え、噓でしょ?!風見が女連れて歩いてる。マジウケるんですけどー!」

僕らのすぐそばでやかましい声がした。
そちらを向くと、同じ中学校出身だった女子が数人こちらを指さして笑っている。
嫌なタイミングで嫌な奴らと会ってしまった……。

「やっぱ見間違いじゃなかったんだー。風見に似た奴が可愛い子連れてるって、噂になってたけど信じてる奴いなかったのにね」
「何、お兄さん亡くなったから、解放された感じなの?」
「風見先輩、パーフェクト王子だったもんねー。実の兄弟とは思えないほど」

ゲラゲラと品のない笑い声をあげる彼女たちをルカは怪訝そうな表情で見つめている。

「彼女さん、気をつけた方がいいよ?」
「……えっ?」

話しかけられて、戸惑うルカ。
そんな事もおかまいなしに、明らかな温度差が違うのを楽しむように彼女たちは話し続ける。

「風見、何でもできるお兄さんに嫉妬して、事故に見せかけて殺したって噂あるから、怒らせたらマジヤバいかもよ?」
「やめろ! それ以上何も言うな!」

ニヤつきながら、ルカに吹き込むように話す女子たち。
これ以上、ルカに聞かせたくなくて、思わず大きな声で制止してしまった。
中学の時は何を言われても動じなかったし、スルーできたのに。

「風見のくせにイキってて、ウケるんだけど」
「彼女の前だからいいカッコしようとでもしてんの? 痛すぎ」
「つーか、風見なんかどうだっていいよ。関わったって得なんかないし、もう行こうよ。時間の無駄」

一人がそう言うと、急に興味をなくしたのか、他の女子も僕らに目もくれる事無く行ってしまった。
勝手に絡んできておいて、時間の無駄とかどんだけ自己中なんだよ。
とんでもない襲撃にあったと、ドッと疲れが押し寄せて来る。
深いため息をついた後、何も言わないままのルカの方を向く。
幻滅されたかな……。

「……ほら。僕といると、嫌な思いしかしないから。やっぱり一緒にいない方がいい」
「そんな事ない。さすがに今のはちょっとビックリしたけれど、悠真君は何も悪い事してないよ? だから私が離れなきゃいけない理由はないよ」
「一緒にいる理由もないだろ? 友達第一号とか言った手前、離れにくくなってるのかもしれないけど、気にしなくて大丈夫」
「悠真君は、私が一緒にいたら迷惑?」

ルカが悲しそうに顔を歪ませながらそう問いかけて来た。
その顔を見た瞬間、心臓が凍り付くような感覚に陥る。
だって、あの時の兄貴の顔と重なったから。
思わず胸を抑えると、ドクドクと鼓動が早くなっているのがわかった。
どうして、兄貴とルカの表情がリンクしたのだろうか。
その時、駅前のロータリーからパッパーというクラクションが聞こえ、ビクッと体が硬直してしまった。
震える手で拳を作り、グッと力を入れる。
別に僕らに対して鳴らしたわけではないが、あの音が脅威でしかない。
兄が事故で亡くなったあの日から、僕はクラクション恐怖症となってしまった。
耳の奥でずっと鳴り続けている物とは別に、他のクラクションの音を聞くと、それがスイッチとなりあの日の光景が嫌でも蘇って来て震えが止まらなくなる。

「悠真君、大丈夫?やっぱり、顔色良くないよ……」
「……ごめん、大丈夫」

変な汗が額に浮かぶ。
体が震えるのを何とか抑え、深呼吸をして落ち着かせる。
そんな僕を、心配そうな顔で覗き込むルカ。
だいぶ落ち着いてきたようだ。

「本当にごめん。もう大丈夫だから……」
「本当に? まだ顔色悪いよ?」
「家帰ったら横になるから。なんか、不快な思いさせた上に、心配かけてゴメン」

今日は厄日かというくらい、次から次へと色々な事が起きる。
ため息をついた時、ルカが僕の腕にしがみついた。

「ね、せっかくだから、今日はうちに寄ってって?」
「……え?」

突然の申し出に、聞き間違いかと思って、聞き返してしまった。
だって、うちに寄ってってって、僕がルカの家に? 正気か?

「いつもマンションの前でバイバイだしさ。何かきっかけがないと来ないでしょ?」
「あ、でも、そんな……」
「決まり決まり! ほら、行こう?」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」

戸惑う僕の事はお構いなしに、グイッと腕を引っ張ってルカは歩き出した。
こうなるともう、何を言ってもルカは聞かないし止められない。
腹をくくるかと、僕は歩きながら大きく深呼吸をした。


10階建てのマンションの前に着き、僕は思わず上を見上げた。
いつもはマンションの前で別れるから、エントランスに踏み入れたのは初めてだ。
このマンションが建てられてからまだ2年ほどだから、中はかなり綺麗だった。
エレベーターに乗り込むと、ルカは7階のボタンを押す。

「うちね、ベランダから海が見えるんだよ」
「そうなんだ? じゃあ夏になれば美浜海岸で花火大会があるから、よく見えるね」
「そうなの?! 今からかなり楽しみ~! あ、その時は一緒にうちから花火見ようよ。それともちゃんと会場に行って見た方がいいのかな? どっち派?」

どっち派……。
小学生の頃は、家族でよく見に行ってたけど、兄貴が中学に入ってからは行かなくなったっけ。
兄貴は友達に誘われて、毎年行ってたみたいだけど、僕はあまり人ごみが好きじゃないから、ドンという花火の音を自室で聞いていた。
うちからは花火は見えないから。

「その時は、一緒に浴衣を着ようね」
「着ようねって……僕じゃなくて、そういうものは彼氏に言うんじゃないの?」
「私に彼氏がいない事わかってるのに、どうしてそんな冷たい事言うかなー?」
「夏までにできるかもしれないだろ」

僕が言った時、エレベーターが7階に到着し、静かに扉が開いた。

「私は、悠真君と見たいんだってば。……あ、でも、悠真君に彼女ができちゃったら一緒に見られないね」

フフッと笑って、ルカが先にエレベーターから降りた。
僕に彼女なんかできるわけがないだろ。
それこそ冷たいし、意地悪だと思うんだけど。
ルカに続いてエレベーターを降り、彼女の後を歩いた。

「ただいまー。お母さん、今日は悠真君連れて来たよー」
「あら、そうなの? いらっしゃい、悠真君」

玄関の鍵を開けるなり、ルカはそう言って僕を家の中に招き入れた。
彼女の声に気が付いて、奥からルカの母親が出迎えてくれる。
いらっしゃいって言われて初めて、手土産を何も持っていない事に気が付いた。

「あ……えっと、初めまして。ルカさんのクラスメイトで風見悠真と申します。すみません、気が利かなくて何も持ってこなくて……」
「そんな事気にしないで? いつもルカから悠真君の話は聞いてます。この子、色々とご迷惑かけているみたいで、ごめんなさいね。でも、親切にしてくださって本当にありがとう。どうぞゆっくりしていって?」

ルカの母親はそう言って、僕に向かって優しく微笑んだ。
綺麗な人だなというのが第一印象。
ルカも美人だし、何より笑った顔が母子そっくりだ。