キミの瞳に映る世界

彼女の考えている事は本当、よくわからない。
でも、楽しそうならそれでいいのかなと勝手に解釈する自分がいた。

 
彼女が何でこんな中途半端な時期に転校してきたのか、未だに聞けない自分がいる。
別に気にする必要はどこにもないけれど、僕の事を知っているという事と繋がりがあるんじゃないかって、考えれば考えるほど気になってしまう。
ルカがそれについて明かさないと同様に、僕だって過去の事を明かしていない。
数日前に彼女はクラスメイトから言われて、僕に真偽を確かめたい話があるはずなんだ。
兄貴を殺した事は本当か……って。
僕はルカにそれを聞かれたら、きちんと答えられるのだろうか?

そうだよ、事実だよ……って。
その答えを出した僕を、ルカはどんな目で見て、どんな風に感じるのだろう。



「兄貴。今日、人生初めてバレンタインもらった。チョコ苦手だから、キャンディだったんだけどさ」

家に帰って来て、和室の仏壇の前に座って、兄貴に今日の事を報告する。
これは僕だけじゃなくて、父さんも母さんもよくやってる事。
食事で顔を合わせても、ただ静かな時が流れるだけで、誰も言葉を発しない。
けれどなぜかみんな、今日あった出来事を兄貴に向かって報告してるんだよな。
仲が良いのか悪いのか、よくわかんないな。
カバンから今日もらったボトルキャンディを取り出し、遺影に見せつけるように持った。

「兄貴の時はキャンディ贈って来た人いなかったけど、クッキーを持って来た人がいたよな。その人なぜか後でまた来て、渡す物間違えましたって、慌ててチョコと交換してったよな。あれだけ覚えてるんだよな。僕はクッキーで良かったんだけどさ」

渡す物を間違えるって、兄貴以外にも渡す相手がいたという事だ。
義理なのかどうなのかはわからないけれど、あれは衝撃的すぎてその人が帰った後、家族で笑ったっけ。
今はもう、チョコを持ってくる人はいないけれど、定期的に手紙をくれる人はいるみたいで、仏壇に便箋が積み重ねてあった。
もちろん封は切られていないから、何が書いてあるのかまではわからない。
何なら差出人の名前もない。
それでも家族以外で兄貴の事を忘れないでいてくれる人がいるという証であって、両親にとっては嬉しいのだろう。
ちなみに兄貴が助けたあの子どもは、月命日に必ず手を合わせに来てくれる。
母さんはもういいのよって言うけれど、子どもの母親は命の恩人だからとこれからも必ず来ますと言って帰っていく。
その子は四月から小学生になるようで、おじいちゃんに買ってもらったというランドセルを兄貴の遺影に誇らしげに見せていたらしい。
あの時ベビーカーに乗っていたもう一人の子は三歳になり、お兄ちゃんとよく戦いごっこをして遊んでいるらしい。
幼い頃の僕と兄貴を見ているようだと、月命日の夕飯で必ず母さんは話しながら涙をこぼす。
これからもずっと、変わらずに続いていくのだろうか。


「悠真、昨日のバレンタイン、マネージャーから義理チョコもらえたぜ」

次の日、織原は登校して僕を見るなり報告しに来た。
ロッカーに荷物を詰める作業の手を止めて、一旦扉を閉めて織原の方を振り返る。
義理チョコでもかなり嬉しそうで、ニヤケが止まらないらしい。

「良かったな、おめでとう」
「で、悠真はどうだった? 白石さんからもらえたんだろ?」

義理でももらえた事の優越感からか、織原は上から目線で聞いてくる。

「一応……」
「おお、スゲエ! じゃあ、ちゃんと付き合うんだ?」
「だから、何ですぐそういう風に話を結び付けるんだよ?」
「だって、登下校も一緒だし、昼休みも一緒だし、白石さんは女子の中に入ろうとしねーじゃん? それにプラスして悠真にバレンタイン渡したのなら、正式に付き合う事になったんだって思うのが普通じゃね?」

似たような話を昨日、深澤先生にもされたな。
ただ、納得はできなくて僕は首を横に振った。

「織原にとっては普通かもしれないけど、僕にとっては別に普通じゃないよ。告白されたわけじゃないし」
「なーんだ、義理チョコか。俺と一緒じゃん」
「同じじゃねーよ。僕はチョコ無理だから、チョコではないし」
「え、じゃあ物でもらったの?」
「いや、キャンディ」
「キャンディ? バレンタインにキャンディって珍しいな」

僕の答えに織原が不思議そうに首をかしげた。
昨日の僕と全く同じ反応をするから、やっぱり珍しいよな。
「はーん? 何、風見はバレンタインにキャンディもらったのか?」

その声に織原と二人で同時に振り返ると、出席簿を手にした深澤先生が立っていた。
ってか、今の話、聞いてたのかよ。

「やるじゃん、風見。キャンディ贈られるとか」
「え?」
「キャンディって何か意味あるんですか?」

ニヤニヤしながら言う深澤先生だけど、やるじゃんと言われても僕には意味が分からない。
織原もそれは同じだったらしく、先生に質問を投げた。

「はあ? お前ら全然知らないのかよ。俺みたいにイケてる大人の男になるために、少しはそういうとこも勉強した方がいいんじゃない? バレンタインやホワイトデーには、贈るお菓子にもちゃんと意味があんのよ。……あ、チョコレートは何の意味もないから安心していいよ」
「義理チョコはやっぱり、タダの義理チョコか」

得意気に話す深澤先生に対し、織原はハハハと苦笑した。
チョコレートにも何か意味があるのだとしたら、義理チョコが何か別の物に変化するのではないかと期待したようだ。
苦笑した後、少しだけがっかりしたような表情を浮かべている織原。
そんな事にも気が付かず、深澤先生は知識をひけらかすように話し始めた。

「マカロンは本命に贈るお菓子と言われていて、あなたは特別な人っていう意味ね。あとカップケーキも同じ意味かな」
「まるで花言葉みたいですね」
「だろ? 花言葉知ってんだったら、バレンタインのお菓子の意味も研究しとけよ、風見」
「別に、今まで縁がなかったし」

花言葉は時々ラノベに出て来るから、少し知っていたけれど、まさか贈るお菓子にまで意味があるとか、怖いな。
もう、ついていけないよ。

「先生、結局、キャンディの意味って何ですか?」
「キャンディ? 知りたい?」
「そこまで言ったんだから、もったいぶらずに教えてくださいよ」

僕よりも織原の方が気になるらしい。
もったいぶる深澤先生に懇願する織原。

「キャンディは、あなたの事が好きって意味」
「……え、マジで?!」
「そう。だから、風見は誰からキャンディを贈られたの?」
「ほら、悠真! やっぱり意味があったんじゃん!」

織原が目を輝かせてワクワクした表情で言うし、深澤先生もニヤニヤしながら聞いてくる。

「……いや、そう言われても、意味なんてないと思いますけど」
「ちょっと、何でそんなに冷静でいられるんだよ、悠真。少しは期待しろよ」

二人とは対照的に、ワクワクもドキドキもせずに淡々と答えた僕に、目を丸くして織原は驚いている。

「単純に、僕はチョコレートが苦手なんですよ。だから、チョコの代わりにキャンディを用意しただけだと思いますけど」
「夢ねーな。何でそこで期待をしようとしないのよ。俺だったらもう言っちゃうよ? 俺もお前の事が好き。付き合ってくれって、うん」

力説するように大きく頷きながら先生が言うけれど、内容はかなり薄いしめちゃめちゃ軽すぎる。

「ですよね? 悠真、もったいねーよ! ちゃんと考えた方がいいって」
「本人がハッキリ言葉にしたわけじゃないじゃん。憶測で物事考えるのは好きじゃない」
「おい、マジかよー。贈ってくれた子、めっちゃ可哀想」

先生にそう言われてもなー。
ルカは転校してきたばかりだし、100歩譲って僕にひとめ惚れをしたからと言って、転校して一週間もたたないうちに告白なんかしてくるわけがない。
お互いの事を知らないどころか、見せてない部分が多すぎるし。
チャイムが鳴り、納得いかないような顔で織原と深澤先生が教室に入る。
漫画のような出来事が起きるわけがない。
こんな僕にそんな事が起きていいわけがない。

自分の席に戻るとルカと目が合って、彼女は微笑んだ。
今朝、一緒に登校した時だって至って普通だった。


だから、バレンタインに贈られたキャンディに、特別な意味などないと思っている。