キミの瞳に映る世界

「白石、女子の中で孤立してないか? 孤立っていうか、別に白石が悠真と付き合ってるなら、孤立状態というのも納得なんだけどさ。付き合っていないなら、みんなから仲間外れにされてんのかなーと思ってさ」

深澤先生の言葉で、僕は数日前の事を思い出した。
ルカがクラスの女子から、『僕には気をつけた方がいい、実の兄を事故に見せかけて殺した噂がある』と忠告された際、受け入れずに非難した事を。
僕と仲良くしているだけでなく、同性からの親切な忠告を突っぱねた事で、ハブられたのではないかと気にはなっていた。
でもルカは何も言わないし、僕も余計な事をしない方がいいのかと思って、聞くに聞けない状態だったけれど……。

「その件について、ルカが先生に相談しに来たんですか?」
「おおう、名前呼びかよ。それなのに本当に付き合ってねーの?」
「僕だって白石さんで通したかったですよ。けど、ルカって呼んでくれってしつこいから、仕方なく名前呼びにしただけです」
「悠真。めっちゃペース狂わされてんじゃん。織原の他にもお前のペースを乱せる奴っているんだな」

ハハッと先生が笑って、ギイッと音をたてながら椅子に寄りかかる。
笑い事じゃないんですけど。
他人事だと楽しんでいる先生にほんの少し殺意が湧く。

「正直、先生も僕のペース乱してますけど」
「俺は常にマイペースなだけ。人のペースに合わせてたら疲れちゃうし」
「それでよく、学校の先生なんかやろうと思いましたね」
「だって、ルールさえ破らなければ安定な職業じゃん? 大好きなバスケにだって関われるしさ」

真面目に高校教師をやっている全国の教員に謝れ。
ムッとした僕を見て、先生はコホンと咳払いをする。

「話を戻すけど、白石が俺のところに相談に来るわけないだろ。悠真に相談しない事を俺に相談しに来るか? まあ、俺も気をつけて見てはいるけど、今のところ目立った嫌がらせみたいなのはないし、ただ単に悠真がいるからいいんじゃないのかな?」
「いやいや、良くないと思うんですけど」

僕に責任があるみたいな言い方しないで欲しい。
この口ぶりだとおそらく三年に進級しても僕とルカは同じクラスになる確率は高い。
何なら、深澤先生が担任になる可能性も高そうだ。
けどだからって、いつまでもルカと常に一緒というわけにはいかない。

「俺はお前の事も気になってたからなー。織原もかなり崩してくれたみたいだけど、まだ足りないなって思ってたんだ。悠真の壁を崩す力」

深澤先生は、僕の事情を知っている。
なぜならこの人は、兄貴が亡くなった時、兄貴の担任だったから。
近親者のみで行なった葬式にもこの人は来たらしい。
覚えてないけれど、深澤先生が話をしてくれた。
その際、僕の様子がおかしい事に気付いて、僕の家に焼香に来たついでに僕と話をして帰るという、ある意味カウンセラー状態だった。
当時の僕の担任より深澤先生のが親身になってくれていたと思う。
話していた内容は兄貴の事じゃなくて、いつも深澤先生おススメのゲームの事ばかりで、よくオンライン対戦に付き合わされた。
中三に進学してからも、深澤先生は変わらずに僕の元に通ってくれて、高校進学の相談まで乗ってくれ、この高校を受験する事を勧められた。
その時すでに、兄貴が通っていた学校からこの学校にすでに赴任していた深澤先生。
無事に合格し、一年生の時から担任として受け持ってくれていて、僕の事を何かと気にしてくれている。
家に出入りしていたために、両親や僕の精神状態をわかった上で対応してくれていて、ただ無気力に生きていられるのも深澤先生という逃げ道があるからだと思う。
人のペースに合わせたくないと口では言うものの、本当に面倒だったら、複雑な家庭に首突っ込んで面倒なんか見ないと思う。
それが自慢の教え子の家族が相手だったとしても。

「白石なら悠真の壁を完全に崩してくれそうな気がするんだけどな。いや、これは真面目に」

先生の言葉に、僕はピンときた。
ルカの言う、『僕の事を知っている』というのは、全部深澤先生から情報を仕入れたからじゃないか?
抜け殻のように生きている僕に魂を吹き込んでほしいとでもお願いしたのだろうか。
それなら、僕の事を知っていて当然だ。

「だから、僕の情報をルカに流したんですね?」
「え、何?俺が白石に悠真の情報を流した?」
「だから、ルカが転校してきた際にルカに僕の情報を教えたんですよね?……いやー、僕の事を知ってるってずっと言うから、変だなって思ってましたけど、先生が教えたのなら納得です」
「ちょっと待て。俺はそんなの知らない」
「えっ?」

納得したように言った僕を制止した先生。
ウソでも冗談でもないようで、本当に先生は関与していないらしい。

「いやいや、マジで俺は悠真の情報なんか流してない。さすがに初対面の転校生にそんな事頼んでも不審がられるだけだろ」
「確かにそうですけど……」

じゃあ、何でルカは僕の事を知ってるんだよ?

「お前、どっかで白石にひとめ惚れされたんじゃないの?」
「兄貴ならまだしも、僕のどこにひとめ惚れされる要素あるんですか? めちゃくちゃ陰キャじゃないですか」

前髪長めの黒髪にメガネ。色白で顔色もあまりいい方じゃないし、それでいて人と目を合わせないように伏目がち。
そんな僕をジーッと見ていた先生が、フッと噴き出した。

「ごめんごめん。俺みたいな大人の男が相手じゃなきゃ、ひとめ惚れなんてありえないな」
「もう話は終わりでいいですか?」
「おーい、放置すんな」

ツッコミも何もしない方が深澤先生にとってダメージが大きいらしい。
貴重な昼休みをこんなくだらない事で終わりにされてたまるか。

「あの、一つだけいいですか?」
「何だ?」
「白石は何でこんな中途半端な時期に転校してきたのか、理由を教えてもらえませんか?」

本人に聞けばいいものを、先生にこっそり聞くとか卑怯かもしれない。
でもきっとルカに聞いたところで、はぐらかされるに決まっている。

「さあ? 俺にもよくわかんないんだけど、成績から見たらもっといいとこに転校できたはずなんだよな。もちろん、学校が変わるという事で、白石本人が余裕を持って取り組みたかったのかもしれないけど」

深澤先生はマジな顔して首を傾げているから、しらばっくれているわけではないようだ。
それとも、絶対に言えない事情?
よくあるのは、余命宣告されてる重い病気にかかっているから、最後は本人の好きなようにさせたいという事だけど……。
……さすがにないよな、こんなのは。
自分で思い浮かべた可能性を即切り捨てた。
話を切り上げて社会科教材室を後にし、ルカがいる図書室へと向かう。
図書室に入ると、カウンターに図書委員が一人座っているだけで、ルカの他に利用者の姿は全くない。
窓側の席で本を読んでいるルカの姿を見たら、前にどこかで見た事があるような、不思議な感覚に陥った。
横顔というか雰囲気というか。
初めて見るルカのその姿なのに、どうしてこう初めてじゃない感覚になるのだろう。

「あ、悠真君。深澤先生の用事、終わったんだ?」

しばらくボーっと立ち尽くしていたら、僕に気が付いたルカが本を閉じて僕の元へと駆け寄ってきた。

「あ、ああ……」
「どうしたの、ボーっとしちゃって。深澤先生に怒られちゃった?」
「いや、そうじゃないけど」
「あ! 私の事、可愛いなって見惚れちゃってたとか?」

フフッとイタズラっぽく笑いながら言うルカに、不覚にもドキッとしてしまった。

「……そんなわけ、ないだろ」
「即否定しなくてもいいのに」

動揺を覚られないよう、素っ気なく返せばルカが苦笑いしながら本を本棚に戻しに行く。
そんな事を言われて平常心を保てるのは、モテ男だけだろ。
僕みたいに平凡以下の人間は、そんなスキル備わってないよ。
……なんて、本人に直接言えない僕はかなりのチキンだと思う。
二人で図書室をあとにし、教室へと向かう。

「そういえば、今日ってバレンタインなんだよね」
「……ああ、そういえば」

ルカがふと思い出したように言ったから、僕もハッと気づいた。
朝から少し女子のテンションが違うなと思っていたけれど、今日はバレンタイン当日。
僕には全く関係のない、縁のないイベントだけど。
織原は今年、いくつもらえたかな。

「さっき図書室の窓側にいたんだけど、あそこから裏庭が丸見えなんだよね。何人かが、可愛くラッピングされた物を渡しながら告白してるのを眺めてたんだ」
「ふーん……」

裏庭に呼び出して渡して告白って、やっぱり物語の中だけじゃなくて現実にもいるのか。

「って事で、風見悠真君。放課後、裏庭に来てください」
「……は?」

……また始まった。
この急にルカの世界に引っ張られる感じ。

「だから、放課後。帰る支度したら、裏庭に来てね」
「いや、何なの?」
「来ればわかるから。絶対だよ?」

フフッと意味ありげに含み笑いをして、念を押すように言ったルカ。
今度は何を企んでいるのか……。
一体何なんだ?
ただ、来て欲しいと言っている以上、ルカが何を企んでいようと、もちろん、無視をする事などできるわけがない。
だって、下校も一緒なのだから。


帰りのSHRが終わるなり、カバンを肩にかけて颯爽とルカは教室を出て行った。

「悠真、また明日な」
「ああ。部活頑張って」
「いや、部活より、俺は今日チョコをいくつもらえるのかっていうのが大事だ」

教室を出ようとしたら織原が声をかけてきた。
部活よりチョコの方が大事か。

「明日、楽しい報告待ってる」
「悠真もちゃんと報告しろよ? 白石さんからもらえるかもしれねーじゃん」

そんなわけないだろ。
僕はチョコが苦手なんだし。
適当にあしらって、織原と別れ、昇降口で靴を履き替える。
いつものように下校時間はにぎわっているけれど、どこか落ち着かない空気が漂っている。
緊張した顔つきをしながら男子に話しかけている女子の姿があるし、カバンを大事そうに抱えながらキョロキョロしている女子もいる。
漫画の世界に飛び込んだような、非日常の光景を目の当たりにしながら、僕はルカが待っているであろう裏庭へと向かった。

「あ、こっちこっち~」

裏庭へ行くと、僕の姿を見るなりルカが少しはしゃいだ様子でピョンピョンと跳ねながら手を振る。
仕方ないから、『劇団白石』に少し付き合うか。

「もしかして、色んな人を見てたら、便乗したくなった?」
「半分そうだけど、半分違うかな」
「何だよ、その半分って」

理解しようとしても無理そうだな。
呆れている僕に気付いているのかいないのか、ルカはカバンをゴソゴソとやって何かを取り出した。

「はい、悠真君に。ハッピーバレンタイン」
「……は?」

ルカが可愛くラッピングされた物を僕に差し出してそう言った。
ハッピーバレンタイン?

「あ、ああ、なるほど……」

こんな小道具まで用意して、このシチュエーションを経験したかったっていう事?
突拍子もない事をするなんて、やっぱり残された時間が短いのではないかと心配してしまう。
そもそも、転校してきたばかりで、いくら一番最初に友達になったからという理由だけでこんなバレンタインに贈り物をするか?

「えっと、ありがとう……」
「どういたしまして」

とりあえずお礼は言ったものの、中身は空っぽなんだろうな。
これでチョコレートが入っていたら、やられた感満載だけど。
首を傾げながらカバンの中にしまおうとしたら、ルカに制止された。

「開けてくれないの?」
「えっ?……まさか、中身入ってるの?」
「当たり前でしょ? バレンタインにラッピングだけして渡す人っているの?」
「いや、ルカがそうかと」
「失礼ね。中、確かめてみてよ」

プッと頬を膨らませて機嫌を損ねたルカに言われて、僕はリボンをシュルッと外し、丁寧に開けてみた。
中に入っていたのは、チョコレートではなくボトルキャンディ。
……ん?バレンタインにキャンディ?

「チョコレートがダメって言ってたから、キャンディにしたんだけど、食べられるよね?」
「大丈夫、嫌いじゃないよ。でも、キャンディってホワイトデーじゃないの?」
「場合によっては、バレンタインでも贈るよ?」
「ふーん?まあ……ありがとう。バレンタインにもらうとか、人生初めてだ」
「そうなんだ? 私が初めての相手なんだ?」

嬉しそうに言うルカに、僕はどう返していいかわからなかった。
でもこれは夢ではなく、現実に起きている事だ。

「義理チョコ……じゃなくて、義理キャンディ? これからも絶対友達でいましょうって念押しされてる感がすごい」

ボトル入りのキャンディを見つめながら言うと、ルカが可笑しそうに笑う。

「毒入りみたいな目で見ないでくれる?」
「ゴメンゴメン」

ラッピングの袋にボトルキャンディを戻して、外したリボンと共にそっと大事にカバンに入れた。

「ちなみに、私もバレンタインに贈り物をするって、人生初めてだよ?」
「それ言われると、何か申し訳ない気持ちになるんだけど」

せっかくの人生初を僕相手に使ってしまうなんて、いいのか?
これから先、あげたいと思う人と出会うだろうし、こんなところで人生初を使わなくてもいいんじゃないか……。

「私が悠真君にあげたかったんだから、申し訳ないだなんて思わないでよ」
「……ルカがいいなら、それでいいけど。けど、友達相手に初めてを使うなんてもったいないな」
「もったいないだなんて言わないでよ。……ほら、そろそろ帰ろう?」

ルカはそう言って、僕の背中を押す。