キミの瞳に映る世界

「おはよう、悠真君! 良かった~。ちゃんと約束守ってくれたんだね」

午前7時50分。
約束した通り、マンションの前に立っていたら、エントランスから出て来るなり、ルカが笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。

「そりゃ、半ば強制的だったからな」
「念を押さなくても、悠真君なら来てくれると思ってたよ? だって悠真君は、薄情な人じゃないから」

別にルカにどう思われても良かったんだけど、あんなに念を押すように言われた以上、無視するわけにもいかなかったし、何より引っ越してきたばかりの転校生。
いくら面倒でも、放置はできないよな……。

「悠真君は部活に入ってないの?」
「入ってない。ルカは? 前の学校で部活やってたんじゃないの?」
「中学の時はテニス部だったよ。ケガしてできなくなって、やめちゃったけど」
「ふーん」

辞めなきゃいけないほどのケガを負ったって事?
腕? それとも足に?
見たところ歩き方は別に普通だし、腕だって特に違和感があるわけでもない。
……まあ、僕が気にする事じゃないけど。

住宅街から商店街に出ると、駅へと向かう人の流れができていて、ルカと僕もその流れに自然と飲み込まれる。
スーツ姿のサラリーマンやOLはもちろんの事、僕らのように制服姿の高校生が多い。
よく見れば多分、中学の時の同級生が必ずいるから、極力周りを見ない事にしている。
まあ、僕を見たとしても声をかけて来るような輩はいないだろうが。

「ね、悠真君の好きなお菓子って何?」
「は?」

ぼんやりと駅に向かって歩いていたら、隣から急に質問が飛んできて、ちょっとビックリした。
好きなお菓子って、急に何だよ?
そういう事を今まで聞かれた事なんてなかったから、戸惑ってしまう。

「チョコレートはダメなんでしょ? じゃあ、好きなお菓子は? 普段よく何食べる?」
「お菓子って言われてもな……」
「チョコじゃなければ大体食べられる系?」
「まあ……そうかも」

せっかく聞かれたけれど、まともに答えられる物じゃなかった。チョコレートは苦手だとハッキリと言えるけれど、じゃあ好きなお菓子は何? と聞かれてもピンとこない。
昼休みに女子がお菓子を持ち寄って、お弁当の後に楽しんでいるのを見た事はあるけれど、男子はやらないし、スナック菓子も僕は食べない方だし。

「うん、わかった。ありがと」

ニコニコと満足そうにうなずきながらルカが言うから、僕は首を傾げた。
お礼を言われるような答えは出していない。
それでも、ルカが満足できたのなら別にいいんだけど。


「悠真、聞いたぞ。白石さんと一緒に登校してきたって?」

登校した後、ルカは職員室に用があるからと昇降口で別れた。
教室でカバンの中から必要な物を取り出していると、朝練を終えた織原が来て、そう言われた。
誰かが目撃して、わざわざ織原に報告したのか。
残念だけど、やましい事は何もない。

「家が近いから、成り行きで」
「何その、成り行きって。何だよもうー。俺が昨日、転校生が来るって話をしても全然、興味持ってくれなかったのに、ちゃっかり転校生と仲良くなっちゃってんじゃん」
「だから、成り行きで」
「悠真にとって、運命的な出会いになっちゃったとか?」
「何ですぐそういうのに結びつけたがるんだよ? 何度も言うけど成り行きだって言ってるだろ? そもそも運命的な出会いなんて、ゴロゴロその辺に転がってるわけないだろ」
「そんなの、わかんねーじゃん」

朝から熱すぎて、若干鬱陶しい。
今が真冬で良かったと思うくらい、織原は熱量が凄い。

「織原の言う運命的って何だよ?」
「いやー、何だろうな。……よくあるのは、ほら。前世で恋人同士だったとか」

説得力、全くない。
漫画とかラノベとかから拾って来たようなネタに、僕はため息をつく。

「少しは現実を見ろ。運命的って言葉ほど信じられない物はない」

ハッキリとそう言うと、織原は返す言葉がなかったようで、苦笑するだけ。

「相変わらず現実主義だよなー、悠真は」
「夢見ても救われる事なんかないだろ」

そう言って、カバンを机の横にかけて僕は廊下に出る。
ロッカーのカギを開けて、一時間目の物理の教科書を取り出そうとした時だった。

「白石さん、おはよう!」
「おはよう」

職員室に寄っていたルカが教室に来たようだった。
そばにいた女子に声をかけられて答えるルカ。

「白石さん、風見君と一緒に学校来たって本当? 昨日も一緒に下校したのを見た人がいるらしいけど、気をつけた方がいいよ?」
「何に?」
「風見君、不愛想で暗いし、何考えてるかわからない人なんだよね」

ロッカーの扉が開いているせいで僕の顔は見えていないはず。
だから、本人がまさか立ち聞きしているとは、夢にも思っていないだろう。
不愛想で暗いし、何考えてるかわからない人……か。

「そんな事ないよ。悠真君、優しいし、話すと楽しい人だよ?」
「え、まさか風見君と知り合い?」
「知り合いではないけど、一方的に私の方が知ってた感じかな」

ルカの答えに驚きの声をあげる女子。
つーか、聞いてる僕もビックリなんだけど、一方的にルカが知ってたって何だ?

「じゃあ、風見君の噂も当然知ってるよね?」
「噂?」
「中学の時、実のお兄さんを事故に見せかけて殺したって噂」

一瞬で背筋が凍り付くような感覚がした。
この学校には僕と同じ中学だった奴が数人いる。
入学した後、そいつらが噂をバラまいたらしく、尾ひれが付きまくって、面白おかしく脚色されて、学年中に広まった。
一時期、クラスが違うにもかかわらず、知らない人から興味本位で話しかけられていた。
僕の姿を見かけると、指さしながらヒソヒソ話が始まるし、ヤジを飛ばされた事もあった。
無反応だったのがつまらなかったのか、一週間ほどで飽きられ、何事もなくなった。
けれど真相がどうであれ、火のない所に煙は立たぬという言葉があるように、誰も僕に近づこうとはしなかった。
二年に上がって、織原と出会うまでは。
織原は一度もその話題に触れてきていないが、絶対に知っているはず。
あえて聞いてこないのなら、僕から話す事もない。
そう思っていたのだが、女子の間ではまだその噂は有効だったようだ。
女子の間で、どう思われてようと別に何のダメージもないが、ルカはどう思っただろう。
友達やめるって言い出すかな?
それならそれでも構わない。
今までだって、ずっとそうしてきたんだから、今さら傷つくなんて事はない。
ルカだって転校早々、色眼鏡で見られたくないだろうし。
友達が増えなくなっても困るだろう。
だけどルカの返答は、僕が予想していたものとは全く違った。

「悠真君はそんな人じゃない。あなたはそれを悠真君に確かめたの?」
「……えっ?」

そんな返しがくるとは思っていなかったらしく、おそらく親切心から言ったであろう女子はかなり弱々しい声で反応した。
彼女だけではない。
動揺しているのは僕も同じ。
ルカって、一体何なんだ……?

「確かめもしないで、噂レベルで話したの? 名誉棄損で訴えられても文句言えないよ?」
「べ、別に私はそんなつもりじゃないし、私だってそう聞いたから……」
「だったら余計に人に話すような内容じゃないと思うんだけど。私、悠真君と友達になったから、直接聞いてみるね? あなたがこう言ってたけど、本当の話?って」
「や、やめて、言わないで」
「じゃあ、訂正してよ。友達の事を悪く言われて怒らない人っている?」
「……ごめんなさい」

ルカの勢いに圧倒されたらしく、さっきまで得意気だった女子は小さな声で謝った。
居心地が悪くなったのか、彼女は小走りでどこかへ行ってしまう。
ルカの対応に驚きながらも、僕はため息をついてしまった。
そんな態度を取れば、ルカが孤立するだけなのに。
物理の教科書を取り出して、バタンとロッカーの扉を閉め、カギをかけて教室に戻る。

「ん? どうした、悠真?」

席に戻るとまだ織原がいた。
戻って来た僕の顔を指さして、不思議そうな表情を浮かべて聞いてくる。

「別に、何もないけど?」
「そう? なんか、微妙な表情してるけど。……あ、白石さんおはよう。ねー、白石さんは運命的な出会いって信じるよね?」

まだその話題を続けるのか。
とっくに終わったと思っていたのに、織原もしつこいな。

「おはよう。え、急にどうしたの?」

ルカが自分の席にカバンを置く。
織原に突拍子もない質問をされながらも笑顔で聞き返すルカ。
さっきの剣幕はどこに行ったのかとツッコミを入れたいくらい、ルカは穏やかな表情を浮かべていた。

「悠真がさー、あまりに夢を持たない奴だからさー」
「……織原は夢見すぎなんだよ」

廊下でさっきの話を僕が立ち聞きしていた事にルカは気付いていないんだろう。
少し気まずさを感じながら、小さい声で僕が言う。
ルカは僕と織原を交互に見て、話の流れを汲みとったらしい。
何度か頷いて、フフッと笑った。

「ああ、そういう事? 私は運命的な出会いって信じてるよ?」
「ほら、悠真~。聞いたか?」

ルカが同調したのを見て、急に織原がドヤ顔をする。
いや、女子が夢みたいな話をするのはよくある事だろうし、ルカが同調したからって織原に論破されたとは全く思えない。
なのに、まるで僕を言い負かしたとでも言いたげな織原のこの表情がかなりウザい。

「夢は見ないより見た方がいいよ、やっぱりさ」

偉そうに僕の背中を叩きながら言う織原。
どこ目線で言ってんだよ。

そんな僕と織原を、ルカは可笑しそうにクスクスと笑いながら見てるだけだった。


     ***


「失礼します」
「おー、悪いな、貴重な昼休みに呼び出して」

ルカがこの学校に来てから4日がたった。
学校生活にはだいぶ慣れたみたいだし、学校から駅までの道とか、自分の家の周辺などの道も覚えたらしい。
ただ転校初日から変わらず、二人で一緒に登下校はしているけれど。
何なら、僕はルカとお昼ご飯まで一緒に食べている仲。
今までは織原が一緒だったけれど、急に織原がせっかくだから二人でどうぞとか言って、一緒に食べなくなった。
何を考えているのかわからないが、織原なりに気を遣っているらしい。
まさか、本気で僕とルカが運命的な出会いをしたと思っているわけじゃないよな?
そんな中、お昼ご飯を食べたら社会科教材室に来いと深澤先生から呼び出された。
ルカは図書室で時間をつぶすという事だったので、お昼を食べ終えて、僕はすぐに深澤先生の元へと向かった。

「白石はどうよ? 学校に慣れた感じか?」
「何で僕に聞くんですか。本人に聞けばいいじゃないですか」
「まあまあ、そう言うなって。本人に聞くのと他人から聞くのとじゃまた印象違うだろ?」

深澤先生はそう言ってスマホのアプリを開く。
僕を呼び出しておいて、話をしながらゲームかよ。

「悠真は白石と付き合ってんの?」

顔も上げずにスマホの画面を操作しながら聞いてきた先生。
かなり失礼な態度だけど、おそらく僕以外の生徒に対しては、こんな態度は絶対にとってはいないだろう。

「そんなわけないじゃないですか。彼女、転校してきてまだ四日ですよ?」
「だってほら、一緒に登下校してるし?」
「偶然なんですけど、家が近所なんです」
「一緒にお昼食べてるし?」
「それは、友達だから」
「それで付き合ってないとか、ちょっと無理あるよねー?」
「何が言いたいんですか」

若者のノリで話す深澤先生にイラッとしながら、僕は聞き返した。
すると、先生はスマホを机の上に置いて真剣な顔で僕を見る。