しあわせを呼ぶって……。
織原が運命的な出会いを信じているのと一緒だよな。
お守りみたいなもんって言ってるし、純粋に信じているのかもしれない。
でも不思議とバカじゃないかという気持ちは沸いてこなかった。
変わっているというのか、ミステリアスというのか、不思議と表現していいのかわからないけれど。
「白石さんはしあわせになりたいの?」
しあわせを呼ぶっていうくらいだから、きっとそれを望んでいるのだろう。
でも、マイペースな彼を見ていたら、今のままでもじゅうぶん幸せなんじゃないかなって思えるんだけど。
少なくとも僕よりは。
……いや、僕は自分の事を不幸だなんて思ってないけど。
「ルカだよ、悠真君」
僕の名を呼んで、彼女はそう笑った。
そう言われても、初対面の相手、しかも女子の名を呼び捨てるなんて気が引けるんだけど。
「いや、白石さん、あの……」
「だからルカだってば」
僕の言葉を遮って指摘するくらいだから、彼女の中では初対面も何も関係ないのかもしれない。
今まで出会ってきた人とは全然違う種類の人間なんだって割り切った方が多分楽だろう。
「……じゃあ、ルカ」
「うん?」
「ルカは、幸せになりたいの?」
星の砂の小瓶を指さしながら、もう一度同じ質問をしてみた。
質問するだけなのに、かなり遠回りした気がする。
「幸せになりたいって言うより、幸せを呼びたい。そうすれば私の周りにいる人たちも幸せになれるんじゃないかなって思ってね。もちろん、悠真君も」
「え?……僕も?」
聞き返すと、ルカはウンウンと嬉しそうにうなずく。
「だって私、悠真君の笑ってる顔が見たいし」
僕の笑ってる顔……?
そんなの別に友達第一号にならなくても同じクラスなんだし、これから先見る事ができるんじゃないの?
織原と同じような事言うなら、やっぱり彼と友達になった方がいいと思うんだけど。
「悠真君の泣き顔、もう見たくないんだ」
「……えっ?」
泣き顔はもう見たくない……?
僕、ルカの前で泣いた覚えなんかないんだけど。
『あの時』ですら、僕は一切、泣いていない。
それなのにどうして……?
「それって、どういう……」
意味なの?って聞こうとしたところで、チャイムに阻まれて聞く事ができなかった。
それからは特に何事もなく放課後になり、帰りのSHRを終わるとルカが深澤先生に呼ばれた。
それを横目で見ながら僕はカバンを肩にかけて教室を出る。
下校時間帯の廊下は、生徒たちがドッと昇降口に押し寄せるからごった返していて好きではない。
廊下の真ん中で話に夢中になっていて、通行の妨げになっている事もあるし、何より階段を降りるのに人が多すぎて一苦労。
まるで通勤時間帯の駅のよう。
部活にも入っていないし、一緒に帰る人もいない僕にとって、この空間は苦痛でしかない。
「悠真君、待ってよー!」
無事に昇降口にたどり着いて靴を履き替えたところで、僕の名を呼ぶ甲高い声が響き渡った。
顔を上げて振り返ってから後悔した。
聞き間違いか、同じ名前の別の子を呼んだ可能性が脳裏に浮かんだから。
だってこの学校で僕の名前を親し気に呼ぶ女子なんて存在しないし。
「悠真君、ひどいよ! 友達になったんだから一緒に帰ってくれてもいいのに」
「……ルカ?」
……そういえば、ひとりだけいた。
振り返ると、ルカが後ろから息を切らして追ってくるのが見えた。
僕は友達になったつもりは全くないんだけど。
僕に追いつくと、ルカは膝に手をあててハアハアと肩で呼吸をした。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。全力疾走なんて久しぶりだから……」
久しぶりなんて表現、かなり大げさすぎない?
部活に入ってなくても、全力疾走する事って結構あると思うんだけど。
追いかけて来てくれた彼女を放って先に帰る事ができず、ルカの呼吸が整うまでとりあえず待つ事にした。
「悠真君って視力悪いの?」
「え?」
「メガネかけてるから」
少し呼吸が整ってきたのか、ルカが僕のメガネを指さして聞いてきた。
「……そりゃ、メガネかけてるんだから、悪いに決まってるでしょ」
「目がいいのが取り柄だって自慢してなかった?」
ルカの言葉に僕はドキッとした。
何でそんな事をルカが知ってるんだ?
確かに僕がかけているのは度が入っていない、ブルーライトカットのPC用のメガネ。
別にファッション目的でかけているわけではなく、直接人と目を合わせる事をしたくなかったから。
目がいいのが取り柄だって、中学の頃まではよく言ってたから、僕が認識してないだけで、ルカって実は身近にいたとか?
「何でそんな事まで知ってんの? もしかして、僕とどこかで一緒だった事ある?」
「ないけど、私は悠真君の事、よく知ってるよ?」
「その言い方、めちゃくちゃ怖いんだけど?」
「そうだね。ストーカーみたいだね」
少し苦い顔で言ったら、クスクスと可笑しそうにルカが笑った。
「でも、ストーカーじゃないよ?」
「わかってるよ。じゃあ何で知ってるの?」
「今はまだ言えない。話しても、きっと信じてもらえないだろうから」
そう答えたルカの表情はどこか寂し気で、悲しそうだった。
とりあえずあまり突っ込んで聞かない方がいいようだ。
ルカは上靴からローファーに履き替えると、俺の腕を引っ張った。
「待たせちゃってごめんね。帰ろう?」
「ああ……」
それはいいけど、腕は離して欲しい。
「えっと、駅はどっちだっけ……?」
リードしてくれていたかと思えば、校門を出てすぐに左右を交互に見て、呟いたルカ。
今日転校してきたのだから、覚えてなくて当然か。
「ルカは電車通学なの?」
「うん。美浜海岸駅で降りるの」
「美浜海岸なら僕と同じだな」
「じゃあ、登下校は一緒にできるね」
「……何で?」
「だって友達になったんだから、いいでしょ?」
友達になったから……って、友達ってそういうものだったか?
友達の距離感ってどんな感じだったか、自分でもよくわからない。
「あ、ごめんね。友達友達言いすぎて引いてる?」
「いや、友達の距離感とか定義とかよくわかんなくなってるだけ」
「本当にごめんね。悠真君に会えたことが嬉しくて、ひとりでテンション上がっちゃってた」
「え?」
僕と会えたことが嬉しくて?
そんな事、今まで生きてきた中で一度だって言われた事なんかない。
掴み所がなくて、僕はどういう反応をすればいいんだ?
それとも僕の反応を見て楽しんでる?
何も聞けずに、ルカと一緒に駅まで歩いてきてしまった。
改札を抜けて、ホームで電光掲示板を見た後、次の電車まであと何分なのかスマホで時間をチェックする。
「あれ? スマホ持ってないんじゃなかった?」
「えっ? ……あ」
……しまった。
番号とアドレスを聞かれた時、持ってないと答えてかわしたのに。
ルカが僕のスマホを指さしながら、フフッとおかしそうに笑った。
ウソをついていた事に軽蔑のまなざしを向けるどころか、なぜかおかしそうに笑うだけ。
あっさりとウソを見破った事がおかしいのか?
「ゴメンゴメン。悠真君って天然?」
「今まで一度だって言われた事なんかない」
「じゃあみんな気付いていないだけだね。次にウソつく時は上手い言い訳考えた方がいいね」
「そうするよ」
うっかりにも程がある。
自分のマヌケさにため息をついていると、ルカがスマホを取り出して振り出した。
「それはともかく、番号とアドレスを教えてくれると嬉しいんだけど?」
「……」
断れなくなってしまった。
何かと理由をつけたとしても、多分ルカにことごとく論破されるだろう。
持っていないはずのスマホを出した時点で、僕の負けだ。
渋々、僕はルカに番号とアドレスを教えた。
「ありがとう。じゃあ、悠真君もさっき私が渡した番号とアドレス、登録しといてね。何かあってもなくても、いつだって連絡してくれていいから」
「……気が向いたら」
僕から連絡する事なんて何もないけれど。
ルカはそんな僕の心を知ってか知らずか、自分のスマホを操作しながらフフッと笑う。
その笑顔はやわらかくて、見ているだけでどこかホッとする。
今日出会ったばかりの相手なのに、どうしてそう思うのかはわからない。
今まで笑顔を見て、ホッとするような人に出会ってこなかったから?
それだけじゃないと思う。
ルカのふとした表情がどこか懐かしく感じるというか、安心できるというか……。
上手く表現できないけれどそんな感じ。
その時突然、ピロンという電子音が鳴って、僕のスマホが震えた。
家族ですらほとんどやり取りをしないから、急に震えるとビックリする。
何か緊急の連絡かと思いきや、送り主は目の前にいるルカ。
『ヨロシク』という、たった一言のメッセージ。
「……ヨロシクって言うだけでメールで送らなくても」
「だってメアドが合ってるのか確かめたかったし。なんなら通話もしてみる?」
「ウソなんかついてないから大丈夫だよ」
やっぱり、ルカの方が一枚も二枚も上手。
観念したように言うと、ルカはパッと花が咲いたように笑った。
今まで本の中の表現でしか見た事なかったけれど、花が咲いたように笑うってこういう事なんだろうなって。
美浜海岸駅に十分ほどで到着し、僕とルカは揃って電車から降りる。
今朝、興奮気味に転校生の話題を織原から振られた時は全く興味がなかったはずなのに、まさかその転校生と一緒に下校しているなんてな。
織原が聞いたら驚くだろうけど、自分でも今かなりビックリしてる。
隣を歩くルカをチラッと見て、ある疑問が頭に浮かんだ。
いつ引っ越してきたのかは知らないが、駅から家までの道は覚えているのだろうか。
さっきの校門を出てキョロキョロしていた姿を思い出す。
「駅から家までは大丈夫か?」
「大丈夫……だと思う」
「あんまり大丈夫じゃなさそうだな」
ルカの答えを聞いて、これは家まで送って行かなきゃならないなと察した。
正直言えば、めんどくさいよ。
けど、ここまで一緒に帰って来て駅で別れた後、迷子になってケガしましたって言われても嫌だし。
「どっち?」
「え?」
「家」
改札を出た後、家まで送るしかないかと心に決め、聞いてみた。
「南口から商店街を抜けたとこにある住宅街のマンション」
「じゃあ、同じ方向だ。多分そのマンション、うちの近所」
逆方向だったら面倒だなって思ったけど、同じ方向で良かった……んだよな?
うちの近所って事は、何かと『友達だから』と言って押しかけて来るような気もするけど。
「この街って何かいいよね。綺麗なのはもちろんだけど、雰囲気が好き。風が吹くと海のにおいするし」
「北口から真っ直ぐ伸びる道を行けば海だからね。あ、潮風のせいで自転車はさびやすいから、気をつけた方がいいよ」
「フフッ。貴重なアドバイスありがと。気をつけるね」
ルカは柔らかく微笑みながらそう答えた。駅から歩いて商店街に差し掛かると、どの店もバレンタインフェアと書かれた旗やポスターが目立っていた。
普段何気なく通り過ぎている場所だけど、今はルカが隣にいるせいか、不思議といつもと違う風景に見える。
「もうすぐバレンタインだね。悠真君はチョコ好き?」
「あまり好きじゃないな」
「過去にたくさんもらいすぎて、嫌いになったとか?」
「そういうわけじゃない」
素っ気なく答えて、ルカから目をそらした。
半分間違っているけれど、半分当たっているようなもん。
ただ、あまり思い出したくない出来事だったから思わず冷たい態度を取ってしまった。
「ごめんね、余計な事だったよね」
「あ、いや……ゴメン」
シュンとしたルカの表情に気が付いて、僕は慌てて謝った。
「7時50分」
「……は?」
気付けば目的地であるマンションの前で。
ルカが突然時間を口にした。
「だーかーらー、明後日の朝、7時50分にここで待ち合わせね」
明日は建国記念の日で学校が休みだから、明後日なのか。
「いや、本気かよ? 一緒に登下校って」
「友達になったし、ご近所さんなんだから丁度いいでしょ?」
丁度いいでしょって、かなり強引に丸め込まれているような?
「悠真君は絶対に来てくれるって、信じて待ってるからね。今日はどうもありがとう。また明後日ね」
「あ、おい……」
笑顔で手を振り、颯爽とマンションのエントランスへと消えていくルカ。
いやいや、絶対に来てくれる、信じて待ってるからって、念を押すように言うなよ。
絶対無視できない案件じゃん。
マンションを見上げて深い深いため息をつき、僕は自宅の方へと足を向ける。
……できる事なら、もう誰とも関わらずにいきたいんだけどな。
誰とも関わらず、死んでいるようにただ生きていくって、簡単なようで難しい。
道端の石ころのように、みんな僕に構わず、放っておいてくれればいいのにな。
そんな事を考えながら、マンションから重い足取りで帰路につく。
ルカに言った通り、うちからマンションは本当に近所で、徒歩2分ほどで家の前についてしまった。
門を通り、鍵を開けてドアノブを引くと、丁度リビングから母さんが出てきたところだった。
「おかえりなさい。寒かったでしょ?」
「……ただいま」
笑顔で僕を出迎えてくれた母さん。
「手洗いうがいして着替えたら、下におりといで。あったかいココア入れてあげるから」
「いや、いいよ。宿題あるし」
「じゃあ、部屋に持って行くわね」
「僕の事はいいから、母さんはゆっくりしてなよ」
「そう? あ、今日の夕飯は悠真の好きなクリームシチューよ」
機嫌よくそう言って、母さんはキッチンへと戻って行った。
姿が見えなくなってから、僕は盛大なため息をついて靴を脱ぐ。
……ココアを好きなのも、クリームシチューを好きなのも、僕じゃなくて兄貴の方なんだけどな。
織原が運命的な出会いを信じているのと一緒だよな。
お守りみたいなもんって言ってるし、純粋に信じているのかもしれない。
でも不思議とバカじゃないかという気持ちは沸いてこなかった。
変わっているというのか、ミステリアスというのか、不思議と表現していいのかわからないけれど。
「白石さんはしあわせになりたいの?」
しあわせを呼ぶっていうくらいだから、きっとそれを望んでいるのだろう。
でも、マイペースな彼を見ていたら、今のままでもじゅうぶん幸せなんじゃないかなって思えるんだけど。
少なくとも僕よりは。
……いや、僕は自分の事を不幸だなんて思ってないけど。
「ルカだよ、悠真君」
僕の名を呼んで、彼女はそう笑った。
そう言われても、初対面の相手、しかも女子の名を呼び捨てるなんて気が引けるんだけど。
「いや、白石さん、あの……」
「だからルカだってば」
僕の言葉を遮って指摘するくらいだから、彼女の中では初対面も何も関係ないのかもしれない。
今まで出会ってきた人とは全然違う種類の人間なんだって割り切った方が多分楽だろう。
「……じゃあ、ルカ」
「うん?」
「ルカは、幸せになりたいの?」
星の砂の小瓶を指さしながら、もう一度同じ質問をしてみた。
質問するだけなのに、かなり遠回りした気がする。
「幸せになりたいって言うより、幸せを呼びたい。そうすれば私の周りにいる人たちも幸せになれるんじゃないかなって思ってね。もちろん、悠真君も」
「え?……僕も?」
聞き返すと、ルカはウンウンと嬉しそうにうなずく。
「だって私、悠真君の笑ってる顔が見たいし」
僕の笑ってる顔……?
そんなの別に友達第一号にならなくても同じクラスなんだし、これから先見る事ができるんじゃないの?
織原と同じような事言うなら、やっぱり彼と友達になった方がいいと思うんだけど。
「悠真君の泣き顔、もう見たくないんだ」
「……えっ?」
泣き顔はもう見たくない……?
僕、ルカの前で泣いた覚えなんかないんだけど。
『あの時』ですら、僕は一切、泣いていない。
それなのにどうして……?
「それって、どういう……」
意味なの?って聞こうとしたところで、チャイムに阻まれて聞く事ができなかった。
それからは特に何事もなく放課後になり、帰りのSHRを終わるとルカが深澤先生に呼ばれた。
それを横目で見ながら僕はカバンを肩にかけて教室を出る。
下校時間帯の廊下は、生徒たちがドッと昇降口に押し寄せるからごった返していて好きではない。
廊下の真ん中で話に夢中になっていて、通行の妨げになっている事もあるし、何より階段を降りるのに人が多すぎて一苦労。
まるで通勤時間帯の駅のよう。
部活にも入っていないし、一緒に帰る人もいない僕にとって、この空間は苦痛でしかない。
「悠真君、待ってよー!」
無事に昇降口にたどり着いて靴を履き替えたところで、僕の名を呼ぶ甲高い声が響き渡った。
顔を上げて振り返ってから後悔した。
聞き間違いか、同じ名前の別の子を呼んだ可能性が脳裏に浮かんだから。
だってこの学校で僕の名前を親し気に呼ぶ女子なんて存在しないし。
「悠真君、ひどいよ! 友達になったんだから一緒に帰ってくれてもいいのに」
「……ルカ?」
……そういえば、ひとりだけいた。
振り返ると、ルカが後ろから息を切らして追ってくるのが見えた。
僕は友達になったつもりは全くないんだけど。
僕に追いつくと、ルカは膝に手をあててハアハアと肩で呼吸をした。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫。全力疾走なんて久しぶりだから……」
久しぶりなんて表現、かなり大げさすぎない?
部活に入ってなくても、全力疾走する事って結構あると思うんだけど。
追いかけて来てくれた彼女を放って先に帰る事ができず、ルカの呼吸が整うまでとりあえず待つ事にした。
「悠真君って視力悪いの?」
「え?」
「メガネかけてるから」
少し呼吸が整ってきたのか、ルカが僕のメガネを指さして聞いてきた。
「……そりゃ、メガネかけてるんだから、悪いに決まってるでしょ」
「目がいいのが取り柄だって自慢してなかった?」
ルカの言葉に僕はドキッとした。
何でそんな事をルカが知ってるんだ?
確かに僕がかけているのは度が入っていない、ブルーライトカットのPC用のメガネ。
別にファッション目的でかけているわけではなく、直接人と目を合わせる事をしたくなかったから。
目がいいのが取り柄だって、中学の頃まではよく言ってたから、僕が認識してないだけで、ルカって実は身近にいたとか?
「何でそんな事まで知ってんの? もしかして、僕とどこかで一緒だった事ある?」
「ないけど、私は悠真君の事、よく知ってるよ?」
「その言い方、めちゃくちゃ怖いんだけど?」
「そうだね。ストーカーみたいだね」
少し苦い顔で言ったら、クスクスと可笑しそうにルカが笑った。
「でも、ストーカーじゃないよ?」
「わかってるよ。じゃあ何で知ってるの?」
「今はまだ言えない。話しても、きっと信じてもらえないだろうから」
そう答えたルカの表情はどこか寂し気で、悲しそうだった。
とりあえずあまり突っ込んで聞かない方がいいようだ。
ルカは上靴からローファーに履き替えると、俺の腕を引っ張った。
「待たせちゃってごめんね。帰ろう?」
「ああ……」
それはいいけど、腕は離して欲しい。
「えっと、駅はどっちだっけ……?」
リードしてくれていたかと思えば、校門を出てすぐに左右を交互に見て、呟いたルカ。
今日転校してきたのだから、覚えてなくて当然か。
「ルカは電車通学なの?」
「うん。美浜海岸駅で降りるの」
「美浜海岸なら僕と同じだな」
「じゃあ、登下校は一緒にできるね」
「……何で?」
「だって友達になったんだから、いいでしょ?」
友達になったから……って、友達ってそういうものだったか?
友達の距離感ってどんな感じだったか、自分でもよくわからない。
「あ、ごめんね。友達友達言いすぎて引いてる?」
「いや、友達の距離感とか定義とかよくわかんなくなってるだけ」
「本当にごめんね。悠真君に会えたことが嬉しくて、ひとりでテンション上がっちゃってた」
「え?」
僕と会えたことが嬉しくて?
そんな事、今まで生きてきた中で一度だって言われた事なんかない。
掴み所がなくて、僕はどういう反応をすればいいんだ?
それとも僕の反応を見て楽しんでる?
何も聞けずに、ルカと一緒に駅まで歩いてきてしまった。
改札を抜けて、ホームで電光掲示板を見た後、次の電車まであと何分なのかスマホで時間をチェックする。
「あれ? スマホ持ってないんじゃなかった?」
「えっ? ……あ」
……しまった。
番号とアドレスを聞かれた時、持ってないと答えてかわしたのに。
ルカが僕のスマホを指さしながら、フフッとおかしそうに笑った。
ウソをついていた事に軽蔑のまなざしを向けるどころか、なぜかおかしそうに笑うだけ。
あっさりとウソを見破った事がおかしいのか?
「ゴメンゴメン。悠真君って天然?」
「今まで一度だって言われた事なんかない」
「じゃあみんな気付いていないだけだね。次にウソつく時は上手い言い訳考えた方がいいね」
「そうするよ」
うっかりにも程がある。
自分のマヌケさにため息をついていると、ルカがスマホを取り出して振り出した。
「それはともかく、番号とアドレスを教えてくれると嬉しいんだけど?」
「……」
断れなくなってしまった。
何かと理由をつけたとしても、多分ルカにことごとく論破されるだろう。
持っていないはずのスマホを出した時点で、僕の負けだ。
渋々、僕はルカに番号とアドレスを教えた。
「ありがとう。じゃあ、悠真君もさっき私が渡した番号とアドレス、登録しといてね。何かあってもなくても、いつだって連絡してくれていいから」
「……気が向いたら」
僕から連絡する事なんて何もないけれど。
ルカはそんな僕の心を知ってか知らずか、自分のスマホを操作しながらフフッと笑う。
その笑顔はやわらかくて、見ているだけでどこかホッとする。
今日出会ったばかりの相手なのに、どうしてそう思うのかはわからない。
今まで笑顔を見て、ホッとするような人に出会ってこなかったから?
それだけじゃないと思う。
ルカのふとした表情がどこか懐かしく感じるというか、安心できるというか……。
上手く表現できないけれどそんな感じ。
その時突然、ピロンという電子音が鳴って、僕のスマホが震えた。
家族ですらほとんどやり取りをしないから、急に震えるとビックリする。
何か緊急の連絡かと思いきや、送り主は目の前にいるルカ。
『ヨロシク』という、たった一言のメッセージ。
「……ヨロシクって言うだけでメールで送らなくても」
「だってメアドが合ってるのか確かめたかったし。なんなら通話もしてみる?」
「ウソなんかついてないから大丈夫だよ」
やっぱり、ルカの方が一枚も二枚も上手。
観念したように言うと、ルカはパッと花が咲いたように笑った。
今まで本の中の表現でしか見た事なかったけれど、花が咲いたように笑うってこういう事なんだろうなって。
美浜海岸駅に十分ほどで到着し、僕とルカは揃って電車から降りる。
今朝、興奮気味に転校生の話題を織原から振られた時は全く興味がなかったはずなのに、まさかその転校生と一緒に下校しているなんてな。
織原が聞いたら驚くだろうけど、自分でも今かなりビックリしてる。
隣を歩くルカをチラッと見て、ある疑問が頭に浮かんだ。
いつ引っ越してきたのかは知らないが、駅から家までの道は覚えているのだろうか。
さっきの校門を出てキョロキョロしていた姿を思い出す。
「駅から家までは大丈夫か?」
「大丈夫……だと思う」
「あんまり大丈夫じゃなさそうだな」
ルカの答えを聞いて、これは家まで送って行かなきゃならないなと察した。
正直言えば、めんどくさいよ。
けど、ここまで一緒に帰って来て駅で別れた後、迷子になってケガしましたって言われても嫌だし。
「どっち?」
「え?」
「家」
改札を出た後、家まで送るしかないかと心に決め、聞いてみた。
「南口から商店街を抜けたとこにある住宅街のマンション」
「じゃあ、同じ方向だ。多分そのマンション、うちの近所」
逆方向だったら面倒だなって思ったけど、同じ方向で良かった……んだよな?
うちの近所って事は、何かと『友達だから』と言って押しかけて来るような気もするけど。
「この街って何かいいよね。綺麗なのはもちろんだけど、雰囲気が好き。風が吹くと海のにおいするし」
「北口から真っ直ぐ伸びる道を行けば海だからね。あ、潮風のせいで自転車はさびやすいから、気をつけた方がいいよ」
「フフッ。貴重なアドバイスありがと。気をつけるね」
ルカは柔らかく微笑みながらそう答えた。駅から歩いて商店街に差し掛かると、どの店もバレンタインフェアと書かれた旗やポスターが目立っていた。
普段何気なく通り過ぎている場所だけど、今はルカが隣にいるせいか、不思議といつもと違う風景に見える。
「もうすぐバレンタインだね。悠真君はチョコ好き?」
「あまり好きじゃないな」
「過去にたくさんもらいすぎて、嫌いになったとか?」
「そういうわけじゃない」
素っ気なく答えて、ルカから目をそらした。
半分間違っているけれど、半分当たっているようなもん。
ただ、あまり思い出したくない出来事だったから思わず冷たい態度を取ってしまった。
「ごめんね、余計な事だったよね」
「あ、いや……ゴメン」
シュンとしたルカの表情に気が付いて、僕は慌てて謝った。
「7時50分」
「……は?」
気付けば目的地であるマンションの前で。
ルカが突然時間を口にした。
「だーかーらー、明後日の朝、7時50分にここで待ち合わせね」
明日は建国記念の日で学校が休みだから、明後日なのか。
「いや、本気かよ? 一緒に登下校って」
「友達になったし、ご近所さんなんだから丁度いいでしょ?」
丁度いいでしょって、かなり強引に丸め込まれているような?
「悠真君は絶対に来てくれるって、信じて待ってるからね。今日はどうもありがとう。また明後日ね」
「あ、おい……」
笑顔で手を振り、颯爽とマンションのエントランスへと消えていくルカ。
いやいや、絶対に来てくれる、信じて待ってるからって、念を押すように言うなよ。
絶対無視できない案件じゃん。
マンションを見上げて深い深いため息をつき、僕は自宅の方へと足を向ける。
……できる事なら、もう誰とも関わらずにいきたいんだけどな。
誰とも関わらず、死んでいるようにただ生きていくって、簡単なようで難しい。
道端の石ころのように、みんな僕に構わず、放っておいてくれればいいのにな。
そんな事を考えながら、マンションから重い足取りで帰路につく。
ルカに言った通り、うちからマンションは本当に近所で、徒歩2分ほどで家の前についてしまった。
門を通り、鍵を開けてドアノブを引くと、丁度リビングから母さんが出てきたところだった。
「おかえりなさい。寒かったでしょ?」
「……ただいま」
笑顔で僕を出迎えてくれた母さん。
「手洗いうがいして着替えたら、下におりといで。あったかいココア入れてあげるから」
「いや、いいよ。宿題あるし」
「じゃあ、部屋に持って行くわね」
「僕の事はいいから、母さんはゆっくりしてなよ」
「そう? あ、今日の夕飯は悠真の好きなクリームシチューよ」
機嫌よくそう言って、母さんはキッチンへと戻って行った。
姿が見えなくなってから、僕は盛大なため息をついて靴を脱ぐ。
……ココアを好きなのも、クリームシチューを好きなのも、僕じゃなくて兄貴の方なんだけどな。


