「悠真、知ってるか? 今日、うちのクラスに転校生が来るんだってよ」
「ふーん、そうなんだ?」
転校生が来るというビッグニュースを知って興奮気味に話す彼と、たいして興味を示さずにスマホをいじり続ける僕。
傍から見たらかなり温度差があるように見えていると思う。
「おい、反応薄すぎだろ。もっと食いつけよ」
「別に興味ない」
「少しは持てよー。それになんと、転校生は女子! 可愛い子かな?」
「……さあ?」
「お前、本当に健全な男子高生か? ここは喜ぶところだろ!」
素っ気なく答えた僕を説教するかのように彼……織原大貴は拳を作りながら熱く語りかけて来る。
心配されなくてもちゃんと僕は健全な男子高生をやれているし、転校生が女子だからって喜ばしい事でも何でもない。
ただ興味はないと答えたけれど、かなり中途半端な時期に転校して来るのかと若干、気にはなった。
今日は、二月十日。
女子も男子も一年のうちで一大イベントと言えるだろう、バレンタインがすぐそこまで迫っていて、毎日のように校内のどこかで女子が雑誌やスマホを片手に、どんなチョコレートを作るのか楽しそうに話している姿が嫌でも目に入る状態。
今だって、転校生が来ると騒いでいるのは織原だけで、教室内にいる女子はいくつものグループに分かれてバレンタインの話で盛り上がっているようだった。
こんな状態の中、転校して来るなんて、よほどの事情があって早急に転校しなければならなかったのか?
高校一年生ならまだしも、僕らは二年生であり、すでに高校生活の醍醐味と言える修学旅行は終わってしまっているし、残っているのは進路決定の戦いが始まる一年間だけ。
高校生最後の文化祭や体育祭が残っているとはいえ、思い出作りもへったくれもないと思うのだが。
まあ人それぞれ事情はあるのだから、子どもである限り親の決定には従わなければならないけれども。
「転校生が女子とか、めちゃめちゃテンション上がるな~」
「何で?」
「これが運命的な出会いになるかもしれないだろ?」
織原はグッと拳を作って力説する。
運命的な出会いね……。
そんな事言う奴、実際いるのかと思わずフッと鼻で笑ってしまった。
昨日までは、バレンタインに告白してくれる女子が今年はいるかもしれないとか、目を輝かせながら語っていたのに、今日はこれから来る、まだ見ぬ転校生に想いを馳せている織原。
気持ちの切り替えが忙しい奴だなと、小さくため息をついた。
持っていたスマホをブレザーのポケットにしまい、僕は頬杖をついて窓の外に目をやった。
今日もどんよりとした灰色の空が広がっているし、葉のない木々と合わせて見れば、寒さしか感じられない。
暖かくて色づいた春が来るにはまだ遠そう。
「なあ。悠真って、何でそんなに冷めてんだよ?」
「今に始まった事じゃないだろ」
「そうだけど……。冷めてる悠真しか見た事ないから、爆笑させる事が今年の俺の目標だったんだけどな」
しょげたように言う織原。
「初耳。そんなしょうもない目標作るなよ」
「よし。卒業までに絶対、悠真の事を爆笑させるって目標に変えよう」
「勝手に目標にすんなって」
つーか、転校生の話はどこ行ったんだよ。
こんな風に、織原は次から次へと話題を変えていく、僕の唯一の友人と呼べる存在。
織原が言うように、僕は高校に入学した時から冷めているというか、生きる事に無気力になっている状態だった。
僕がこの地球上に存在している理由がよくわからなくて、ただ毎日をぼんやりと過ごしている。
誰に声をかけられても適当にしか返事をしなかったし、誰かとつるんでワイワイやる気分でもなくて、ヘッドホンを装着してぼんやりと過ごしていた一年の時。
誰かの顔色をうかがう事もしなくていいし、一人でいるのがすごく楽だったから。
二年になって織原と同じクラスになり、出席番号が僕の前だから始業式当日からめちゃくちゃ話しかけられた。
淡白な反応しかしない僕に対して、何とか興味を引こうと、毎日のように、突撃して来る。
そんな無謀なチャレンジャーなんて一年の時はいなかったのに。
織原は楽しい事が大好きな奴だから、クラスでも部活でもムードメーカーで、常に盛り上がるネタを仕込んでいるし、友達も多い。
でもこんな性格が災いして、女子から友達としか見られなくなったとか、よく嘆いている。
「高校生活もあと一年しかないんだから、せめて残り一年くらい楽しく過ごそうぜー?」
「僕はじゅうぶん楽しいけど」
「いやいや、青さが全くない。人生一度きりなんだから、楽しまなきゃ損だろ?」
出た、織原の口ぐせ。
彼から見れば僕の人生つまらなそうに見えるかもしれないが、はしゃぐ事だけが楽しいわけじゃない。
僕は僕なりに楽しんでるんだから、別に青さが全くなくったっていいんだよ。
そう言い返そうと口を開きかけたら、朝のSHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「俺じゃなくて、悠真の運命的な出会いになった方が面白そうだな」
「は?」
織原はそう言ってニッと笑い、自分の席へと戻って行く。
何が運命的な出会いだ。
そんなものはドラマとか小説のような、作り物の世界だけでいいんだよ。
ガラッとドアが開き、担任である深澤先生が入って来た。
日直の号令で起立し、朝の挨拶をする。
「はい、おはようー」
着席した後、出席簿を手にしながら言う先生。
色白で細身のせいか、覇気が全くないしいつも眠そうな顔。
趣味がオンラインゲームで、夜遅くまでやっているとか。
もうすぐ三十になるというのに、高校生のまま年だけ取ってしまったような人だし、こう見えてバスケ部の顧問というのがまた信じられない話。
バスケ部に所属する織原が言うには、放課後になると覚醒するらしく、朝のこの時間とは全然違って生き生きとした表情になるらしい。
部活の事はもちろん、進路の相談や色々と悩んでいる事も真面目に聞いてくれるらしく、割と人気があるとか。
けれど、怠いオーラが出ている事がほとんどだから、話を聞いただけじゃ全く想像できないとは思う。
「えー、じゃあ、今日は、転校生を紹介するー」
転校生というワードが出た途端、教室中がざわつき始める。
先生、転校生来てるんだから、少しは覚醒しろよ。
心の中で毒づいていると、深澤先生が廊下にいた転校生を招き入れた。
スッと教室に入ってきたのは、織原が待ち望んでいた女子生徒。
長い黒髪をフワッとなびかせて入って来たメガネをかけた彼女は、クラス中の視線を浴びて少し俯き加減で教卓の前に立つ。
「白石琉花です。よろしくお願いします」
緊張気味に自分の名を口にした彼女の声は、儚げで可愛らしかったけれど、よく通った。
織原が真っ先に手を叩くと、つられてクラス中が彼女を歓迎する拍手を送る。
「席は、風見の隣な。おーい、風見悠真~」
「……はい」
ダルそうに僕の名を呼んだ深澤先生。
人の名前を呼ぶ時くらい、覚醒しろよ。
そう思いながら、僕はスッと手を挙げて返事をすると、転校生の彼女と目が合った。
「風見。しばらく教科書とか見せてやってなー」
「はい……わかりました」
「よろしく~。白石、困った事があれば、風見が何でも答えてくれるから。じゃんじゃん聞いちゃって。風見も白石の事よろしくな」
じゃんじゃん聞いちゃってって……それって、学級委員の仕事じゃないのか?
何で隣の席の僕が面倒見る事になってるんだ?
深澤先生に心の中でツッコんだけど、さすがに先生の言う通りに彼女が僕にじゃんじゃん質問してくるとも思えない。
面倒だから何も言わずに黙っていると、空いていた僕の左隣である窓側の一番後ろの席に白石さんが座った。
「よろしくね、悠真君」
「え? ……あ、はあ」
いきなり下の名前で呼んでくるとは思わなかったし、今まで女子から下の名前で呼ばれた事がなかったから、驚いて反応が少し遅れた。
僕自身、女子の事を下の名前で呼んだ事もないから。
そんな僕の様子が可笑しかったのか、彼女はクスっと口に手を当てて笑う。
さっきまで緊張した顔つきをしていたはずなのに、今はそれが全くない。
逆に僕の方が転校生かのように、少し構えてしまう。
「私の事もルカでいいよ。悠真君が私の友達第一号だから」
友達第一号って、不思議な事を言う人だな。
普通なら、友達って同性のほうにいくものだと思うのだが。
いくら隣の席になったからって、僕を第一号に選ばなくても。
それに……。
「友達なら他を当たった方がいい。そんなものに僕はなれないから」
「どうして?」
キョトンとして小首を傾げた彼女は、まるで小動物かのように可愛かった。
さっき、みんなの前で自己紹介をした時は遠目だったせいかよくわからなかったけれど、間近で見ると、髪が黒いせいか、肌が透き通るようなほど色白で綺麗。
メガネをかけていても、顔立ちも目鼻立ちがハッキリとしているのがわかる。
ただ、綺麗だけどどこか切なくて儚い感じに見えるのはなぜだろう。
でも冷たい感じは全くないし、動作のひとつひとつが柔らかくて甘い香りがするから、例えるなら綿菓子のようなふんわりとした雰囲気の女の子。
「悠真君と私、いい友達になれると思うんだけどな」
キラキラと輝く瞳で見つめられたら、心の中をすべて見透かされているみたいで、いたたまれなくなった。
汚れを全く知らない、小さな子どものような顔で僕を見ないで欲しい。
フイッと目を逸らして、先生の方を見ると、ちょうどSHRが終わったところだった。
今日の予定とか全く聞いてなかったけど、特に大きな行事もないからいつも通りだろう。
「白石さん白石さん。俺、織原大貴。よろしく!」
先生が教室を出て行くなり、颯爽とやってきた織原。
笑顔で自己紹介をした織原に、白石さんはニコッと微笑んで会釈をする。
僕を友達第一号に選ぶくらいなら、織原の方がお勧めなんだけどな。
そんな事を考えながら、一生懸命に話しかける織原とうんうんと頷く白石さんを眺めていたら一時間目のチャイムが鳴った。
織原との会話の中で、白石さんから彼に対しての『友達になろう』発言は飛び出してこなかった。
見た目は可愛いのに、僕と友達になりたいとか、かなりの変わり者だなというのが白石琉花に対しての第一印象だった。
転校生が来たという話は一気に広まって、昼休みになると彼女の姿を一目見ようと、うちのクラスに覗きに来る生徒がかなり増えた。
何人か女子が白石さんに話しかけてはいたが、織原への反応同様、聞かれた事に答えるだけで彼女は自分から話そうとする素振りは全く見せなかった。
転校してきた時期も変わってるけど、本人も相当変わっているような気がしてならない。
「悠真君。友達になったんだし、せっかくだから連絡先交換しない?」
昼休みが終わり、五時間目の準備をしていたら白石さんがスマホを片手にそう言った。
「いや、僕、友達になった覚えはないけど」
「前から私が決めてたんだから、決定だよ」
前から決めてた?
ああ、転校して一番最初に話した人と友達になるっていう事か?
せめて、同性相手にやってくれよ。
「白石さんと友達になりたそうな人、たくさん来たじゃん。何で僕じゃなきゃダメなわけ?」
「白石さん、じゃなくて、ルカね。悠真君じゃないと意味がないからだよ」
僕じゃないと意味がないからって言われても、こちらとしてはその意味すらわかんない。
変わり者を通り越して、少しめんどくさくなってきたなとため息をつきたくなったが、さすがにグッとこらえた。
「……スマホ、持ってない」
「そうなの? じゃあ、私の教えておくね。いつか買ったら登録第一号にしてね」
とっさについたウソだけど、何の疑いもせずにカバンから取り出した可愛いウサギのメモ帳にサラサラと電話番号とメールアドレスを書いた白石さん。
書き終わってペリッと破り、それを僕に差し出してくる。
「え……」
「受け取ってよ。もう書いちゃったんだし。買ったら登録してね?」
「……ありがとう」
「捨てないでね? ちゃんと取っておいてよ?」
今さら嘘だとも言えなかったし、断っても断り切れないだろうと踏んで、大人しくメモを受け取っておくことにした。
念を押すように彼女に言われ、僕は頷く事しかできなかった。
受け取ったメモを大事に生徒手帳に挟みながら、彼女のカバンにふと目をやると、キーホルダーが目に入った。
キーホルダーと呼べるのかわからないが、先には小瓶がついている。
「あ、これ?気になる?」
「……別に」
「私のお守り」
僕の視線に気が付き、その先を辿ったみたいで、白石さんはカバンを机の上に置いて、キーホルダーを見せてくれた。
その正体は星の砂が入った小瓶のキーホルダー。
『しあわせを呼ぶ砂』と書かれたラベルが貼られた小瓶の中には、水色の砂と共に星の砂が入り混じっていた。
「ふーん、そうなんだ?」
転校生が来るというビッグニュースを知って興奮気味に話す彼と、たいして興味を示さずにスマホをいじり続ける僕。
傍から見たらかなり温度差があるように見えていると思う。
「おい、反応薄すぎだろ。もっと食いつけよ」
「別に興味ない」
「少しは持てよー。それになんと、転校生は女子! 可愛い子かな?」
「……さあ?」
「お前、本当に健全な男子高生か? ここは喜ぶところだろ!」
素っ気なく答えた僕を説教するかのように彼……織原大貴は拳を作りながら熱く語りかけて来る。
心配されなくてもちゃんと僕は健全な男子高生をやれているし、転校生が女子だからって喜ばしい事でも何でもない。
ただ興味はないと答えたけれど、かなり中途半端な時期に転校して来るのかと若干、気にはなった。
今日は、二月十日。
女子も男子も一年のうちで一大イベントと言えるだろう、バレンタインがすぐそこまで迫っていて、毎日のように校内のどこかで女子が雑誌やスマホを片手に、どんなチョコレートを作るのか楽しそうに話している姿が嫌でも目に入る状態。
今だって、転校生が来ると騒いでいるのは織原だけで、教室内にいる女子はいくつものグループに分かれてバレンタインの話で盛り上がっているようだった。
こんな状態の中、転校して来るなんて、よほどの事情があって早急に転校しなければならなかったのか?
高校一年生ならまだしも、僕らは二年生であり、すでに高校生活の醍醐味と言える修学旅行は終わってしまっているし、残っているのは進路決定の戦いが始まる一年間だけ。
高校生最後の文化祭や体育祭が残っているとはいえ、思い出作りもへったくれもないと思うのだが。
まあ人それぞれ事情はあるのだから、子どもである限り親の決定には従わなければならないけれども。
「転校生が女子とか、めちゃめちゃテンション上がるな~」
「何で?」
「これが運命的な出会いになるかもしれないだろ?」
織原はグッと拳を作って力説する。
運命的な出会いね……。
そんな事言う奴、実際いるのかと思わずフッと鼻で笑ってしまった。
昨日までは、バレンタインに告白してくれる女子が今年はいるかもしれないとか、目を輝かせながら語っていたのに、今日はこれから来る、まだ見ぬ転校生に想いを馳せている織原。
気持ちの切り替えが忙しい奴だなと、小さくため息をついた。
持っていたスマホをブレザーのポケットにしまい、僕は頬杖をついて窓の外に目をやった。
今日もどんよりとした灰色の空が広がっているし、葉のない木々と合わせて見れば、寒さしか感じられない。
暖かくて色づいた春が来るにはまだ遠そう。
「なあ。悠真って、何でそんなに冷めてんだよ?」
「今に始まった事じゃないだろ」
「そうだけど……。冷めてる悠真しか見た事ないから、爆笑させる事が今年の俺の目標だったんだけどな」
しょげたように言う織原。
「初耳。そんなしょうもない目標作るなよ」
「よし。卒業までに絶対、悠真の事を爆笑させるって目標に変えよう」
「勝手に目標にすんなって」
つーか、転校生の話はどこ行ったんだよ。
こんな風に、織原は次から次へと話題を変えていく、僕の唯一の友人と呼べる存在。
織原が言うように、僕は高校に入学した時から冷めているというか、生きる事に無気力になっている状態だった。
僕がこの地球上に存在している理由がよくわからなくて、ただ毎日をぼんやりと過ごしている。
誰に声をかけられても適当にしか返事をしなかったし、誰かとつるんでワイワイやる気分でもなくて、ヘッドホンを装着してぼんやりと過ごしていた一年の時。
誰かの顔色をうかがう事もしなくていいし、一人でいるのがすごく楽だったから。
二年になって織原と同じクラスになり、出席番号が僕の前だから始業式当日からめちゃくちゃ話しかけられた。
淡白な反応しかしない僕に対して、何とか興味を引こうと、毎日のように、突撃して来る。
そんな無謀なチャレンジャーなんて一年の時はいなかったのに。
織原は楽しい事が大好きな奴だから、クラスでも部活でもムードメーカーで、常に盛り上がるネタを仕込んでいるし、友達も多い。
でもこんな性格が災いして、女子から友達としか見られなくなったとか、よく嘆いている。
「高校生活もあと一年しかないんだから、せめて残り一年くらい楽しく過ごそうぜー?」
「僕はじゅうぶん楽しいけど」
「いやいや、青さが全くない。人生一度きりなんだから、楽しまなきゃ損だろ?」
出た、織原の口ぐせ。
彼から見れば僕の人生つまらなそうに見えるかもしれないが、はしゃぐ事だけが楽しいわけじゃない。
僕は僕なりに楽しんでるんだから、別に青さが全くなくったっていいんだよ。
そう言い返そうと口を開きかけたら、朝のSHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「俺じゃなくて、悠真の運命的な出会いになった方が面白そうだな」
「は?」
織原はそう言ってニッと笑い、自分の席へと戻って行く。
何が運命的な出会いだ。
そんなものはドラマとか小説のような、作り物の世界だけでいいんだよ。
ガラッとドアが開き、担任である深澤先生が入って来た。
日直の号令で起立し、朝の挨拶をする。
「はい、おはようー」
着席した後、出席簿を手にしながら言う先生。
色白で細身のせいか、覇気が全くないしいつも眠そうな顔。
趣味がオンラインゲームで、夜遅くまでやっているとか。
もうすぐ三十になるというのに、高校生のまま年だけ取ってしまったような人だし、こう見えてバスケ部の顧問というのがまた信じられない話。
バスケ部に所属する織原が言うには、放課後になると覚醒するらしく、朝のこの時間とは全然違って生き生きとした表情になるらしい。
部活の事はもちろん、進路の相談や色々と悩んでいる事も真面目に聞いてくれるらしく、割と人気があるとか。
けれど、怠いオーラが出ている事がほとんどだから、話を聞いただけじゃ全く想像できないとは思う。
「えー、じゃあ、今日は、転校生を紹介するー」
転校生というワードが出た途端、教室中がざわつき始める。
先生、転校生来てるんだから、少しは覚醒しろよ。
心の中で毒づいていると、深澤先生が廊下にいた転校生を招き入れた。
スッと教室に入ってきたのは、織原が待ち望んでいた女子生徒。
長い黒髪をフワッとなびかせて入って来たメガネをかけた彼女は、クラス中の視線を浴びて少し俯き加減で教卓の前に立つ。
「白石琉花です。よろしくお願いします」
緊張気味に自分の名を口にした彼女の声は、儚げで可愛らしかったけれど、よく通った。
織原が真っ先に手を叩くと、つられてクラス中が彼女を歓迎する拍手を送る。
「席は、風見の隣な。おーい、風見悠真~」
「……はい」
ダルそうに僕の名を呼んだ深澤先生。
人の名前を呼ぶ時くらい、覚醒しろよ。
そう思いながら、僕はスッと手を挙げて返事をすると、転校生の彼女と目が合った。
「風見。しばらく教科書とか見せてやってなー」
「はい……わかりました」
「よろしく~。白石、困った事があれば、風見が何でも答えてくれるから。じゃんじゃん聞いちゃって。風見も白石の事よろしくな」
じゃんじゃん聞いちゃってって……それって、学級委員の仕事じゃないのか?
何で隣の席の僕が面倒見る事になってるんだ?
深澤先生に心の中でツッコんだけど、さすがに先生の言う通りに彼女が僕にじゃんじゃん質問してくるとも思えない。
面倒だから何も言わずに黙っていると、空いていた僕の左隣である窓側の一番後ろの席に白石さんが座った。
「よろしくね、悠真君」
「え? ……あ、はあ」
いきなり下の名前で呼んでくるとは思わなかったし、今まで女子から下の名前で呼ばれた事がなかったから、驚いて反応が少し遅れた。
僕自身、女子の事を下の名前で呼んだ事もないから。
そんな僕の様子が可笑しかったのか、彼女はクスっと口に手を当てて笑う。
さっきまで緊張した顔つきをしていたはずなのに、今はそれが全くない。
逆に僕の方が転校生かのように、少し構えてしまう。
「私の事もルカでいいよ。悠真君が私の友達第一号だから」
友達第一号って、不思議な事を言う人だな。
普通なら、友達って同性のほうにいくものだと思うのだが。
いくら隣の席になったからって、僕を第一号に選ばなくても。
それに……。
「友達なら他を当たった方がいい。そんなものに僕はなれないから」
「どうして?」
キョトンとして小首を傾げた彼女は、まるで小動物かのように可愛かった。
さっき、みんなの前で自己紹介をした時は遠目だったせいかよくわからなかったけれど、間近で見ると、髪が黒いせいか、肌が透き通るようなほど色白で綺麗。
メガネをかけていても、顔立ちも目鼻立ちがハッキリとしているのがわかる。
ただ、綺麗だけどどこか切なくて儚い感じに見えるのはなぜだろう。
でも冷たい感じは全くないし、動作のひとつひとつが柔らかくて甘い香りがするから、例えるなら綿菓子のようなふんわりとした雰囲気の女の子。
「悠真君と私、いい友達になれると思うんだけどな」
キラキラと輝く瞳で見つめられたら、心の中をすべて見透かされているみたいで、いたたまれなくなった。
汚れを全く知らない、小さな子どものような顔で僕を見ないで欲しい。
フイッと目を逸らして、先生の方を見ると、ちょうどSHRが終わったところだった。
今日の予定とか全く聞いてなかったけど、特に大きな行事もないからいつも通りだろう。
「白石さん白石さん。俺、織原大貴。よろしく!」
先生が教室を出て行くなり、颯爽とやってきた織原。
笑顔で自己紹介をした織原に、白石さんはニコッと微笑んで会釈をする。
僕を友達第一号に選ぶくらいなら、織原の方がお勧めなんだけどな。
そんな事を考えながら、一生懸命に話しかける織原とうんうんと頷く白石さんを眺めていたら一時間目のチャイムが鳴った。
織原との会話の中で、白石さんから彼に対しての『友達になろう』発言は飛び出してこなかった。
見た目は可愛いのに、僕と友達になりたいとか、かなりの変わり者だなというのが白石琉花に対しての第一印象だった。
転校生が来たという話は一気に広まって、昼休みになると彼女の姿を一目見ようと、うちのクラスに覗きに来る生徒がかなり増えた。
何人か女子が白石さんに話しかけてはいたが、織原への反応同様、聞かれた事に答えるだけで彼女は自分から話そうとする素振りは全く見せなかった。
転校してきた時期も変わってるけど、本人も相当変わっているような気がしてならない。
「悠真君。友達になったんだし、せっかくだから連絡先交換しない?」
昼休みが終わり、五時間目の準備をしていたら白石さんがスマホを片手にそう言った。
「いや、僕、友達になった覚えはないけど」
「前から私が決めてたんだから、決定だよ」
前から決めてた?
ああ、転校して一番最初に話した人と友達になるっていう事か?
せめて、同性相手にやってくれよ。
「白石さんと友達になりたそうな人、たくさん来たじゃん。何で僕じゃなきゃダメなわけ?」
「白石さん、じゃなくて、ルカね。悠真君じゃないと意味がないからだよ」
僕じゃないと意味がないからって言われても、こちらとしてはその意味すらわかんない。
変わり者を通り越して、少しめんどくさくなってきたなとため息をつきたくなったが、さすがにグッとこらえた。
「……スマホ、持ってない」
「そうなの? じゃあ、私の教えておくね。いつか買ったら登録第一号にしてね」
とっさについたウソだけど、何の疑いもせずにカバンから取り出した可愛いウサギのメモ帳にサラサラと電話番号とメールアドレスを書いた白石さん。
書き終わってペリッと破り、それを僕に差し出してくる。
「え……」
「受け取ってよ。もう書いちゃったんだし。買ったら登録してね?」
「……ありがとう」
「捨てないでね? ちゃんと取っておいてよ?」
今さら嘘だとも言えなかったし、断っても断り切れないだろうと踏んで、大人しくメモを受け取っておくことにした。
念を押すように彼女に言われ、僕は頷く事しかできなかった。
受け取ったメモを大事に生徒手帳に挟みながら、彼女のカバンにふと目をやると、キーホルダーが目に入った。
キーホルダーと呼べるのかわからないが、先には小瓶がついている。
「あ、これ?気になる?」
「……別に」
「私のお守り」
僕の視線に気が付き、その先を辿ったみたいで、白石さんはカバンを机の上に置いて、キーホルダーを見せてくれた。
その正体は星の砂が入った小瓶のキーホルダー。
『しあわせを呼ぶ砂』と書かれたラベルが貼られた小瓶の中には、水色の砂と共に星の砂が入り混じっていた。


