文芸部の活動が終わり、図書館を出た私たちは、二人連れ立って昇降口へと向かった。同じ部活をしていて、同じ時間に学校を出るのに、あえて別々に帰るのも変な気がして、最近は途中まで一緒に帰っている。
 下駄箱で靴を履き、昇降口を出ると、前庭で吹奏楽部が個人練習をしていた。
 階段のすぐ下からクラリネットの音が聞こえて来たので、そちらを向くと、一年生の男子が、一心不乱に演奏をしていた。
 三組の百瀬篤(ももせあつし)だ。
 顔と名前だけは知っている。何気なく彼を見ていたら、百瀬君がこちらを振り向いた。軽く目を見開いたので、私のことを知っているのだろうかと思っていると、
「百瀬……」
 隣の梶君が、固い声でつぶやいた。よく見ると、百瀬君の視線は私ではなく、梶君の方を向いている。
(クラスが違うけど、二人は友達?)
 小首を傾げていたら、
「行こう。蒼井さん」
 梶君は百瀬君から目を逸らし、さっと歩きだした。足早に階段を下りて行く梶君を追い駆ける。
「梶君、百瀬君と友達だったの?」
 横に並んで問いかけたら、梶君は私の方をちらりと見て、
「中学の同級生。……ただの知り合い」
 ぼそりと答えた。
 校門を出て、通学路を歩きながら、
「梶君は中学校の時も文芸部に入ってたの?」
 と尋ねる。
「いや。中学に文芸部はなかった。帰宅部だったよ」
「そうなんだ」
「蒼井さんは?」
「中学の時は合唱部だった」
「へえ。意外」
 微笑んだ梶君を見て、そわそわとした気持ちになる。梶君の笑顔を見ると、最近、妙に得をした気分になるのは、なぜなのだろう。
「じゃあ、梶君は、いつから小説を書き始めたの?」
 私は梶君のことをもっと知りたくなって、質問を重ねてみた。
 梶君は斜め上に顔を上げると、
「そうだなぁ……中学一年の時かな」
 と答えた。
「何かきっかけはあったの?」
「俺、それまであまり本を読まなかったんだけど、中学の時に仲良かった奴が『面白いから』ってファンタジー小説を貸してくれたんだ。そしたら、ハマっちゃって。読書が好きになって、そのうち、自分でも書いてみようって思うようになった」
「じゃあ、最初はファンタジー小説を書いてたの?」
「ううん。ファンタジー小説は舞台設定が難しくて、青春物を書いたよ」
「どんな?」
「……今日の蒼井さん、グイグイ来るね」
 私が質問を続けるので、梶君が困った顔になった。
「いいじゃない。同じ部活の仲間なんだもん。梶君のこと、色々知りたいよ」
 そう言うと、梶君は照れくさそうに頬をかいた。
「蒼井さんってさ、いい人だよね」
「どういう意味?」
「よく人の掃除当番代わってるじゃん。先生の用事も率先して引き受けてるし。……それに、俺の『文芸部に入ってくれ』っていう頼みも聞いてくれた」
 梶君は小さな声で、
「……感謝してる」
 と続けた。
「えっ……あっ、その……どういたしまして……」
 突然のお礼に戸惑い、私は動揺しながら返事をした。なんだか頬が熱い。
 お互いに気恥ずかしくなってしまい、その後は会話のないまま通学路を歩き、
「じゃあ、俺、こっちだから」
 三叉路まで辿り着くと、梶君が右の道を指さした。
「あ、うん」
 梶君とは、この道でいつも別れる。
「それじゃ、また明日、学校で」
 軽く手を振って背中を向けた梶君を、私はその場に立ったまま見送った。
(明日、学校で……か)
 クラスメイトで、前と後ろの席で、部活が一緒で。いつでも会えるわけだけれど、今、ここで彼と別れる瞬間が、寂しいと思ってしまったのは、なぜなのだろう。