梶君と文芸部で活動を始めてから一ヶ月が経った十月の上旬。
 いつものように図書室で小説を書いていた私は、行き詰って、顔を上げた。
 梶君は、デジタルメモというノートパソコンに似た機械を使って、小説を書いている。ネットには繋がっておらず、文章を書くことだけに特化した機械なのだそうだ。タイピングの手を止めた梶君は、吐息をした私を見て、
「蒼井さん、詰まったの?」
 と聞いてきた。
「うん。それに、集中力も切れてきたし、手書きだから疲れてきた」
「じゃあ、俺も休憩しよう。――ああ、そうだ」
 デジタルメモを横に置くと、梶君は思い出したという顔をして、カバンを手に取った。中をごそごそと漁り、一冊の雑誌を取り出す。表紙には、
「『公募ガイド』?」
 と書かれている。
「うん。文芸とかアートとか写真とか、いろんな公募が載ってるんだ。この本のここに……見て」
 梶君は付箋を貼っていたページを開けると、机の上に置いて、私の方へ差し出した。蛍光ペンでマークされている箇所に目を向ける。
「『若葉小説大賞』?」
「概要を読んで」
「ええと……『青春・恋愛小説を募集。応募資格、学生であること。次世代を担う若い才能をお待ちしています』」
 梶君の顔を見上げ、
「これがどうかしたの?」
 と尋ねると、梶君は、
「蒼井さん、これに応募しなよ」
 唇の端を上げてニヤリと笑った。
「えっ? 応募?」
「うん。大賞を取れば、出版社の編集がつくって」
「ええ~っ、小説大賞に応募なんて、無理だよ」
 困惑すると、梶君は、
「目標がある方が、書くのに気合いが入るだろ」
 と笑った。
「それに、運が良ければ書籍化されるかも」
「書籍化って、私の小説が本になるってこと?」
「そう」
 私は自分が書いた小説が本になって、本屋に並べられている様子を想像してみた。
(もしそんなことになったら、すごすぎる)
 元々、読書が好きな私。好きな作家――例えば霧島悠の本と同じ棚に並べられでもしたら、嬉しくて死んでしまうかもしれない。
 夢を妄想している私を見ていた梶君が、
「はい、決定。蒼井さんは、今、書いている小説を『若葉小説大賞』に出すこと」
 と勝手に決めてしまった。
「締め切りは十二月二十五日だよ。忘れないように。その雑誌はあげるよ」
 私は「イヤ」と言えなくなり、複雑な表情で、雑誌を手に取った。
「公募かぁ……。梶君は出してみたことある?」
 ふと興味が出て梶君に聞いてみると、梶君はしばらく間を空けて、
「……ある」
 と答えた。
「へえ~! どんな公募? 結果はどうだった?」
「大した公募じゃないよ。それに一次選考で落ちた」
 梶君は肩をすくめた。
「そうなんだ。やっぱり、選考に残るのって難しいんだね」
「何百作品と送られてくるみたいだからね」
「その中で一番にならなきゃいけないんでしょ?」
「うん」
 私は「ふぇぇ」と間抜けな声を上げた。そんなの、私が公募に出しても、絶対に無理に決まっている。
 怖じ気づいていると、
「出してみないと分からないだろ」
 と励まされた。私が、
「まあ無理だろうけど、記念受験だと思って出してみるよ」
 頼りなくそう言うと、
「そうしなよ」
 梶君は、ふっと笑った。