気もそぞろなまま放課後を迎え、私は梶君と一緒に教室を出た。
昇降口で靴を履き替え外に出ると、いつものように、吹奏楽部が個人練習をしていた。トランペットやクラリネットの音が聞こえてくる。階段の下には百瀬君がいて、私たちの姿を目にすると、楽器を吹くのを止めた。
「相変わらず、仲がいいんだな、お前たち」
睨むような視線で声をかけられ、身構える。また何か嫌味でも言うのかと思っていたら、
「……文化祭の時は、悪かった」
百瀬君はぼそっとした声で謝罪をした。
「え……?」
「百瀬?」
まさか謝られるとは思っていなかったので、私と梶君はぽかんと口を開けた。
「い、今更、何を謝ってるんだって思ってるんだろ。仕方ないだろ。文芸部の本読んだの、ついこないだなんだから……」
百瀬君は真っ赤な顔でそっぽを向くと、早口でそう言った。
「悔しかったんだよ。俺より、お前の方が才能あったから。でも、お前の小説読んで、やっぱり面白いって思った。お前、すごい奴だよ」
「妬むの、馬鹿らしくなった」と唇を尖らせた百瀬君を見て、梶君が、ふっと笑った。
「俺が小説を書き始めたのは、百瀬のおかげだよ。俺に、読書の楽しさを教えてくれたのはお前だよ。また、何かおすすめの本があれば貸して欲しい」
そう言った梶君に、百瀬君はそっぽを向いたまま「気が向いたらな」と言った。
「それじゃあ、またな、百瀬」
「おう」
百瀬君と挨拶を交わした後、歩きだした梶君の後を追う。
微笑みを浮かべている梶君は、嬉しそうに見える。
私たちは校門を出ると、いつもの帰り道を歩きだした。
木枯らしがぴゅうっと吹き抜けて、私はぶるっと身震いをした。首に巻いたマフラーを引き上げる。梶君を横目で見たら、先程まで微笑んでいた彼は、考え込むような顔をして前を向いていた。
(梶君、どうしたんだろう……)
真面目な横顔を見つめていると、梶君が、唐突に足を止めた。
そして、私を振り向くと、
「蒼井さん」
と名前を呼んだ。
「小説、ありがとう。すごく面白かったよ」
梶君に褒められ、胸の中があたたかい気持ちでいっぱいになる。
(良かった……。でも、梶君、私のメッセージに気が付いてくれたのかな)
ドキドキしながら、梶君の言葉の続きを待っていたら、
「どう言えばいいのか、迷っていたんだけど……」
梶君は一瞬目を伏せた後、すぐに顔を上げて、私の瞳を真っすぐに見た。
「前に読ませてもらった時と、内容が変わっていたから、びっくりした。まさかヒロインの雛子が、両想いになった斉藤と別れる展開になると思わなかった」
梶君は淡々と感想を述べてくれる。静かなその声が、私をより緊張させた。
「……泣いていた雛子を慰めた加藤のモデルって、もしかして、俺?」
私の胸が、ドキリと鳴る。
「こんなこと言うと、自惚れてるって思われるかな」
梶君は恥ずかしそうに続けると、頬をかいた。自惚れてくれていい。私は勇気を出して、
「――そう。あれは梶君なの」
と小さな声で答えた。
斉藤君に片想いしていた雛子の気持ちは、一旦斉藤君に届き、二人は付き合うことになった。けれど、斉藤君の心変わりで、雛子は結局フラれてしまう。
ショックで泣いていた雛子を慰めたのは、クラスメイトの加藤君。優しい加藤君に雛子は段々と惹かれていって――。
「雛子はラストで加藤に告白するよね。その後の展開は、はっきり書かれてなかったけど、それはどうして?」
「それは……」
私は恥ずかしさのあまりうつむいた。ぎゅっと目をつぶる。
「私、梶君のことが――」
思い切って告白をしようとしたら、
「好きだよ」
梶君が、私の言葉を継ぐようにそう言った。
「えっ……」
驚いて顔を上げる。梶君は優しい目で私のことを見ていた。
「俺は蒼井さんが好きだよ」
「……嘘」
信じられなくて、思わずそう言うと、
「どうしてそこで嘘っていうわけ?」
梶君が困った表情を浮かべた。
「蒼井さんの気持ち、伝わったから。間違ってた? 読解力には自信があるんだけど」
「間違ってない……! 私……私も、梶君のこと……好き、だよ」
照れくささのあまり消え入りそうな声で告白すると、梶君は、ふわりと微笑んで、
「良かった」
と言った。
私が小説に込めたメッセージは、確かに梶君に伝わっていた。そのことが嬉しくて、そして想いが通じたことが信じられなくて、うつむいたまま、何も言えずにいると、梶君が手を差し出した。
「小説の結末のその先へ、一緒に行こうよ」
「……うん!」
私は梶君の手に、自分の手を重ねた。
梶君が私の手を、そっと握る。
彼の手は熱を持っていて、とてもあたたかかった。
昇降口で靴を履き替え外に出ると、いつものように、吹奏楽部が個人練習をしていた。トランペットやクラリネットの音が聞こえてくる。階段の下には百瀬君がいて、私たちの姿を目にすると、楽器を吹くのを止めた。
「相変わらず、仲がいいんだな、お前たち」
睨むような視線で声をかけられ、身構える。また何か嫌味でも言うのかと思っていたら、
「……文化祭の時は、悪かった」
百瀬君はぼそっとした声で謝罪をした。
「え……?」
「百瀬?」
まさか謝られるとは思っていなかったので、私と梶君はぽかんと口を開けた。
「い、今更、何を謝ってるんだって思ってるんだろ。仕方ないだろ。文芸部の本読んだの、ついこないだなんだから……」
百瀬君は真っ赤な顔でそっぽを向くと、早口でそう言った。
「悔しかったんだよ。俺より、お前の方が才能あったから。でも、お前の小説読んで、やっぱり面白いって思った。お前、すごい奴だよ」
「妬むの、馬鹿らしくなった」と唇を尖らせた百瀬君を見て、梶君が、ふっと笑った。
「俺が小説を書き始めたのは、百瀬のおかげだよ。俺に、読書の楽しさを教えてくれたのはお前だよ。また、何かおすすめの本があれば貸して欲しい」
そう言った梶君に、百瀬君はそっぽを向いたまま「気が向いたらな」と言った。
「それじゃあ、またな、百瀬」
「おう」
百瀬君と挨拶を交わした後、歩きだした梶君の後を追う。
微笑みを浮かべている梶君は、嬉しそうに見える。
私たちは校門を出ると、いつもの帰り道を歩きだした。
木枯らしがぴゅうっと吹き抜けて、私はぶるっと身震いをした。首に巻いたマフラーを引き上げる。梶君を横目で見たら、先程まで微笑んでいた彼は、考え込むような顔をして前を向いていた。
(梶君、どうしたんだろう……)
真面目な横顔を見つめていると、梶君が、唐突に足を止めた。
そして、私を振り向くと、
「蒼井さん」
と名前を呼んだ。
「小説、ありがとう。すごく面白かったよ」
梶君に褒められ、胸の中があたたかい気持ちでいっぱいになる。
(良かった……。でも、梶君、私のメッセージに気が付いてくれたのかな)
ドキドキしながら、梶君の言葉の続きを待っていたら、
「どう言えばいいのか、迷っていたんだけど……」
梶君は一瞬目を伏せた後、すぐに顔を上げて、私の瞳を真っすぐに見た。
「前に読ませてもらった時と、内容が変わっていたから、びっくりした。まさかヒロインの雛子が、両想いになった斉藤と別れる展開になると思わなかった」
梶君は淡々と感想を述べてくれる。静かなその声が、私をより緊張させた。
「……泣いていた雛子を慰めた加藤のモデルって、もしかして、俺?」
私の胸が、ドキリと鳴る。
「こんなこと言うと、自惚れてるって思われるかな」
梶君は恥ずかしそうに続けると、頬をかいた。自惚れてくれていい。私は勇気を出して、
「――そう。あれは梶君なの」
と小さな声で答えた。
斉藤君に片想いしていた雛子の気持ちは、一旦斉藤君に届き、二人は付き合うことになった。けれど、斉藤君の心変わりで、雛子は結局フラれてしまう。
ショックで泣いていた雛子を慰めたのは、クラスメイトの加藤君。優しい加藤君に雛子は段々と惹かれていって――。
「雛子はラストで加藤に告白するよね。その後の展開は、はっきり書かれてなかったけど、それはどうして?」
「それは……」
私は恥ずかしさのあまりうつむいた。ぎゅっと目をつぶる。
「私、梶君のことが――」
思い切って告白をしようとしたら、
「好きだよ」
梶君が、私の言葉を継ぐようにそう言った。
「えっ……」
驚いて顔を上げる。梶君は優しい目で私のことを見ていた。
「俺は蒼井さんが好きだよ」
「……嘘」
信じられなくて、思わずそう言うと、
「どうしてそこで嘘っていうわけ?」
梶君が困った表情を浮かべた。
「蒼井さんの気持ち、伝わったから。間違ってた? 読解力には自信があるんだけど」
「間違ってない……! 私……私も、梶君のこと……好き、だよ」
照れくささのあまり消え入りそうな声で告白すると、梶君は、ふわりと微笑んで、
「良かった」
と言った。
私が小説に込めたメッセージは、確かに梶君に伝わっていた。そのことが嬉しくて、そして想いが通じたことが信じられなくて、うつむいたまま、何も言えずにいると、梶君が手を差し出した。
「小説の結末のその先へ、一緒に行こうよ」
「……うん!」
私は梶君の手に、自分の手を重ねた。
梶君が私の手を、そっと握る。
彼の手は熱を持っていて、とてもあたたかかった。