その日の夜、私は、自分の部屋で、梶君の小説を読みふけっていた。
 北欧神話の神々の物語は胸が躍り、読み終わった後は、ただ感嘆の吐息ばかりが漏れた。
「面白かった! やっぱり梶君はすごいなぁ」
 小説を読んでいる間、まるで見ているように、私の頭の中には、神々の世界が広がっていた。まさに、私は、小説の世界に没頭していたのだ。
 梶君は、中学校時代に荒れていた時、小説に救われたと言っていた。この梶君の小説は、きっと、心が弱っている誰かを救うに違いない。
 私は、自分の小説のことを思った。
 私の小説はつたなくて、今は誰も救えないだろう。けれど、思いを伝えたい。梶君だけには「面白かった」と言ってもらいたい。
 私はしばらく考え込んだ後、梶君の原稿を大切に勉強机の引き出しの中にしまい、ノートを取り出した。ペン立てからシャープペンシルを手に取り、
「――よし」
 私は決心すると、文字を書き始めた。
 梶君と、この小説を推敲するうち、私は新しいエピソードを思いついていた。それを書こうかどうしようかと、ずっと迷っていたのだ。
 けれど、梶君の小説で決心がついた。
 この物語が、梶君の胸に響くといい。
 そう願いながら、私は、シャープペンシルを動かし続けた。