放課後に梶君の家に行き、口述筆記を続けて数日後。梶君は無事に原稿を編集さんに提出できたらしい。
 文芸部の時間、梶君は図書室で私に向き合い、
「今度は、蒼井さんの原稿を完成させる番だね」
 と言った。
『若葉小説大賞』の締め切りまで、あと十五日。
「斉藤が雛子のことを好きになる過程が急すぎるから、もう一つエピソードを加えた方がいいと思うんだけど……」
 私の小説の主人公・雛子と、雛子が片想いする斉藤君の関係について、アドバイスをしてくれる梶君の顔を、ぼーっと見つめる。真剣な表情がかっこいい。
「……蒼井さん? 聞いてる?」
 梶君に名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
(いけない。梶君に見惚れてた)
 慌てて、
「ご、ごめん」
 と謝る。梶君は、ふうっと息を吐いた後、
「最近の蒼井さん、なんだかぼんやりしてない?」
 と小首を傾げた。
「あっ、えっと……そうかな」
 梶君のことばかり考えていて、ぼんやりしているだなんて、とても言えない。
 慌てて笑ってごまかすと、梶君は怪訝な表情で私を見た。
「本当に、何でもないよ」
「何か悩みごとがあるなら聞くよ」
 優しい言葉をかけられて、じーんとする。
(ああ、私、梶君のこういう優しいところが好きだ)
 頬が熱くなり、とっさにうつむいた。そんな私を見て、梶君はもう一度、小首を傾げた後、
「元気のない蒼井さんに、元気が出るものを渡すよ」
 と言って、隣の椅子に置いてあったカバンを手に取った。
「元気が出るもの?」
「――なんて、大きく出てみたけど、本当に蒼井さんが喜んでくれるかどうか、分からないけど」
 梶君はカバンの中から、分厚い紙の束を取り出した。A4用紙の束は二百枚以上ありそうだ。右端を大きなクリップで止めてある。「はい」と差し出された紙の束を受け取り、一枚目を見て、私は目を見開いた。大きく小説のタイトルが書かれている。
「これ、もしかして……霧島悠の新作?」
「うん、そう。蒼井さん、読みたいって言っていたから。口述筆記もしてくれたし、お礼」
「うわっ、嬉しい……!」
 私は嬉しさのあまり、震える手で原稿を抱き締めた。こんな貴重なもの、手に取れるなんて奇跡みたいだ。
「内容は、誰にも秘密にしてくれる?」
「もちろん! 大事に読むね」
 胸に原稿を抱いたまま、「うん」と頷く。満面の笑みを浮かべている私を見て、
「喜んでくれて良かった」
 梶君も笑った。その笑顔が眩しくて、私の胸がトクンと鳴った。