そして翌日の放課後。
「ここが梶君の家かぁ……」
私は梶君の家を訪れた。
梶君の家はオシャレな外観の一戸建てで、通されたリビングも整頓されていて綺麗だった。
「父さんは仕事でいないから、気兼ねしないで」
ソファーに座る私にコーヒーを出しながら、梶君が言った言葉に、
(梶君、ご両親が離婚してるんだっけ。ということは、お父さんと二人暮らし? ……えっ、もしかして、今、この家にいるのって、私と梶君の二人だけ?)
私はにわかに緊張をしてきた。バクバクと鳴り始めた心臓に戸惑っていると、
「さっそくで悪いけど、お願いできる?」
梶君は、ローテーブルの上に準備してあったノートパソコンを片手で引き寄せた。
「データは移してあるの?」
「いつものデジタルメモじゃないな」と思って問いかけると、梶君は、
「うん、そう。編集さんにはWordのデータをメールで送るから」
と答えてくれる。左手で画面を開け、電源を入れる。
「とりあえず、新規ファイルで入力してもらう。後でチェックして、原稿にくっつけるよ」
「チェックはできそう?」
「それぐらいなら、片手でもできる」
パソコンを私の方へ向けると、梶君は頷いた。
私はソファーから降りてローテーブルの前に正座をすると、パソコン画面に向き合った。キーボードの上に手を添え、準備を整える。
「準備オーケー。いつでもどうぞ」
梶君の顔を見上げて促すと、梶君は一度頷いて、
「じゃあ行くよ。……『ワルキューレは地上に降り立つと、英雄エインヘルヤルの前に立った。魂をヴァルハラに集めて、戦わせるためだ』……」
と語りだした。梶君の言葉を一言たりとも聞き逃さないよう、耳に神経を集中させ、キーボードを叩く。
「『エインヘルヤルはワルキューレに訴えた。地上には家族がいる。彼らを残してヴァルハラには行けないと』……」
梶君は言葉を探すように、時々考え込みながら、ゆっくりと物語を紡いでいく。私はいつの間にか、その物語に引き込まれ、夢中でノートパソコンに文字を打ち込んでいた。
一時間ほど、口述筆記を行った後、梶君が、ふっと息を吐いた。どうやら、疲れて集中が途切れたらしい。
「蒼井さん、大丈夫? 疲れてない?」
梶君がソファーの上から前かがみになり、私の顔をのぞき込んだ。その近さに、ドキッとする。
「ちょっと疲れた……かな」
どぎまぎとしながら正直に答える。
「そうだよね。こんなこと頼んでごめん」
謝った梶君に、私は慌てて首を振った。
「ううん、むしろオイシイよ。だって霧島悠の新作を、いち早く聞けるんだもの。今回は、北欧神話をベースにしたファンタジーだったんだね」
「うん、そう」
梶君は私の顔をのぞき込んだまま、返事をした。
(梶君、だから近いって……)
メガネの奥の瞳がよく見えて、心臓がキュウと痛くなった。
その痛みを感じた途端、私はふいに「あっ……そうか」と気が付いた。
(私は、梶君が好きなんだ)
自覚をした途端、頬がカーッと熱くなった。
梶君の視線を避けるようにうつむく。
梶君は立ち上がると、
「コーヒーのおかわり入れて来るよ」
と言って、空になったカップを持って、キッチンへと歩いて行った。その背中を目で追いながら、胸をぎゅっと押さえる。
(梶君は私のことをどう思っているのかな)
ふと、斎木君に失恋した時のことを思い出した。もし梶君に告白をしてフラれでもしたら、私は、きっと立ち直れない。あの時のように、つらい気持ちを抱くのは、もうイヤだ。
せっかく、仲良くしてくれているのだから、このまままの関係を続けた方がいいのかもしれないと思い、私はせつない気持ちで溜め息をついた。
「ここが梶君の家かぁ……」
私は梶君の家を訪れた。
梶君の家はオシャレな外観の一戸建てで、通されたリビングも整頓されていて綺麗だった。
「父さんは仕事でいないから、気兼ねしないで」
ソファーに座る私にコーヒーを出しながら、梶君が言った言葉に、
(梶君、ご両親が離婚してるんだっけ。ということは、お父さんと二人暮らし? ……えっ、もしかして、今、この家にいるのって、私と梶君の二人だけ?)
私はにわかに緊張をしてきた。バクバクと鳴り始めた心臓に戸惑っていると、
「さっそくで悪いけど、お願いできる?」
梶君は、ローテーブルの上に準備してあったノートパソコンを片手で引き寄せた。
「データは移してあるの?」
「いつものデジタルメモじゃないな」と思って問いかけると、梶君は、
「うん、そう。編集さんにはWordのデータをメールで送るから」
と答えてくれる。左手で画面を開け、電源を入れる。
「とりあえず、新規ファイルで入力してもらう。後でチェックして、原稿にくっつけるよ」
「チェックはできそう?」
「それぐらいなら、片手でもできる」
パソコンを私の方へ向けると、梶君は頷いた。
私はソファーから降りてローテーブルの前に正座をすると、パソコン画面に向き合った。キーボードの上に手を添え、準備を整える。
「準備オーケー。いつでもどうぞ」
梶君の顔を見上げて促すと、梶君は一度頷いて、
「じゃあ行くよ。……『ワルキューレは地上に降り立つと、英雄エインヘルヤルの前に立った。魂をヴァルハラに集めて、戦わせるためだ』……」
と語りだした。梶君の言葉を一言たりとも聞き逃さないよう、耳に神経を集中させ、キーボードを叩く。
「『エインヘルヤルはワルキューレに訴えた。地上には家族がいる。彼らを残してヴァルハラには行けないと』……」
梶君は言葉を探すように、時々考え込みながら、ゆっくりと物語を紡いでいく。私はいつの間にか、その物語に引き込まれ、夢中でノートパソコンに文字を打ち込んでいた。
一時間ほど、口述筆記を行った後、梶君が、ふっと息を吐いた。どうやら、疲れて集中が途切れたらしい。
「蒼井さん、大丈夫? 疲れてない?」
梶君がソファーの上から前かがみになり、私の顔をのぞき込んだ。その近さに、ドキッとする。
「ちょっと疲れた……かな」
どぎまぎとしながら正直に答える。
「そうだよね。こんなこと頼んでごめん」
謝った梶君に、私は慌てて首を振った。
「ううん、むしろオイシイよ。だって霧島悠の新作を、いち早く聞けるんだもの。今回は、北欧神話をベースにしたファンタジーだったんだね」
「うん、そう」
梶君は私の顔をのぞき込んだまま、返事をした。
(梶君、だから近いって……)
メガネの奥の瞳がよく見えて、心臓がキュウと痛くなった。
その痛みを感じた途端、私はふいに「あっ……そうか」と気が付いた。
(私は、梶君が好きなんだ)
自覚をした途端、頬がカーッと熱くなった。
梶君の視線を避けるようにうつむく。
梶君は立ち上がると、
「コーヒーのおかわり入れて来るよ」
と言って、空になったカップを持って、キッチンへと歩いて行った。その背中を目で追いながら、胸をぎゅっと押さえる。
(梶君は私のことをどう思っているのかな)
ふと、斎木君に失恋した時のことを思い出した。もし梶君に告白をしてフラれでもしたら、私は、きっと立ち直れない。あの時のように、つらい気持ちを抱くのは、もうイヤだ。
せっかく、仲良くしてくれているのだから、このまままの関係を続けた方がいいのかもしれないと思い、私はせつない気持ちで溜め息をついた。