文化祭が終わり、いつもの日々が戻って来た。けれど、文化祭前と後とで、変わったことが少しだけある。梶君がプロ作家であることが、一部の生徒にバレたのだ。文化祭の日、百瀬君とケンカをした私の噂が、漫画研究部の部員から広がってしまったらしい。
「ごめんね、梶君……」
 文化祭後の部活で、私はあらためて梶君に謝った。梶君が霧島悠であるとまではバレていないものの、何らかの本を出版しているプロ作家であるということは、知られてしまった。
 私の謝罪を聞いて、デジタルメモのキーボードを叩いていた梶君が顔を上げた。
「何を謝ってるの? 蒼井さん」
「いや、だって、私のせいで、梶君がプロ作家だってことバレちゃって……」
「あれは蒼井さんのせいというより、百瀬のせいだろ。それに、学校でバレようが、気にしてないし」
 梶君は大したことではないと言うように、軽い口調で言った。 
 意外な言葉に、目を瞬かせる。
「気にして……ないの?」
「梶君はそのことで中学時代に嫌な思いをしたはずなのに」と思って問い返すと、
「なんだか今は、誰に何を言われてもいいや、って気持ちになってる。蒼井さんのおかげかな」
 梶君はにこりと微笑んだ。
(私のおかげ……)
 そう言われるのは、とても嬉しい。
 私が、梶君を見つめていると、
「蒼井さん、恋愛小説、進んでる?」
 梶君は話題を変えて、私の小説の進捗状況を聞いてきた。私は縦に頷くと、
「うん、だいぶ進んだよ。もうすぐクライマックス」
 と答える。
「そう。じゃあ『若葉小説大賞』の締め切りには間に合いそうだね」
「梶君の方も、ファンタジー小説進んでる? 前から思ってたんだけど、今、梶君が書いてる小説って霧島悠の新作だったり……する?」
「うん。そうだよ。来月、締め切り」
 梶君はあっさりと肯定した。私は梶君の方へ身を乗り出すと、
「完成したら読ませて欲しい!」
 と勢い込んで言った。
「霧島悠の新作、読みたい!」
 すると梶君は、
「発売前の小説だからなぁ……。そもそも、新作が出るのも未発表だし」
 と困った顔をした。
「ああ~、やっぱり無理かぁ。それはそうだよね。ごめん」
 私は椅子の背もたれに体を預けると、溜め息をついた。
(あわよくば、真っ先に読ませてもらえたらいいなって思っていたんだけど)
 梶君はがっかりしている私を見て苦笑した。
「そんなに読みたいの?」
「読みたいよ。だって、好きなんだもの」
 そう言ったら、梶君は息を飲んだ後、ふいと横を向いた。
「……好きって……」
 ぼそっと声が聞こえてくる。
「あ、いや、好きって言うのは、霧島悠の小説が好きって意味で……」
 なぜか私は動揺し、両手を激しく振った。
「…………」
「…………」
 お互いに、無言になる。
 最近、私たちは、こんな風にぎくしゃくとした雰囲気になることがある。
「あ、あのさ……」
 気まずくなってしまった雰囲気を壊すように、梶君が口を開いた。
「今週の日曜日、何か予定ある?」
「特にないけど……」
「何だろう」と思いながら答えると、
「俺と一緒に出かけない? ちょっと行きたいイベントがあって。たぶん、蒼井さんも楽しめると思う」
 梶君はそう言って私を誘った。
「イベントって?」
「それは、行ってからのお楽しみってことで」
 梶君は唇に指をあてると、悪戯っぽい表情で微笑んだ。