文化祭当日。私たちは漫画研究部と一緒の教室で、同人誌を配ることになった。
カラフルなイラスト原画がパネル展示されている教室は、華やかな雰囲気を醸し出している。原画は漫画研究部の部員が描いたもので、アニメ風の絵もあれば、少女漫画風、少年漫画風とバラエティに富んでいる。
その教室の一角で、完成した同人誌が入った段ボール箱を開けた私は、
「うわぁ、本当に本になってる……!」
と感動の声を上げた。
梶君が一冊手に取り、パラパラとめくる。
「いい感じにできてるね。俺たちも一冊ずつ貰っておこうか」
「はい」と手渡され、初めて自分たちで作った本を、私は嬉しい気持ちで受け取った。
さっそく、教室の机の上に並べていると、漫画研究部の先輩が三人近づいてきて、
「それが文芸部の本?」
「一冊貰っていい?」
「私にもちょうだい」
と声をかけてくれた。私は気恥ずかしく思いながらも、
「はい、どうぞ」
と、先輩たちに手渡した。
「いいなぁ~。漫研もこんな本、作りたいなぁ」
「本当」
先輩たちが本の中を見ながら羨ましそうに話している。もう一人の先輩が、いいことを思いついたというように目を輝かせ、
「そうだ! 来年は、漫研と文芸部で合同誌を作らない? 私たち、挿絵を描くからさ」
と、私と梶君の方へ身を乗り出した。
「それいい!」
「やりたいやりたい!」
他の二人の先輩も乗り気になり、私たちをキラキラした目で見つめてくる。
(合同誌……挿絵……)
私は自分の小説に挿絵が付いたところを想像してみた。
(挿絵が付くなんて、素敵。漫研と合同誌、私もやりたい!)
期待を込めて梶君を振り向くと、梶君は、ふっと笑って、
「いいんじゃない? 来年はそうしようか」
と言った。
「やった!」
「漫研も大歓迎」
「今からもう来年の文化祭が楽しみになってきた」
「って、今年の文化祭、これからだし」
私と先輩たちは、四人で手と手を取り合って小躍りして喜んだ。
漫画研究部の先輩たちと盛り上がっていると、
「梶、高校でまで、そんなことやってんの?」
ふいに刺々しい声が聞こえ、私は驚いて振り返った。教室の扉のそばにいたのは百瀬君だ。制服のズボンのポケットに手を突っ込み、冷めた目でこちらを見ている。梶君が息を飲んだ。
「どれだけ自己顕示欲が強いわけ? プロ作家だって隠して書いて、自分は他人と違って特別なんだって、心の中で周囲を馬鹿にしてるんだろ? 性格悪いよなぁ」
悪意に満ちた言葉に、梶君は無言のまま、うつむいた。
「梶君……」
私は唇を噛んでいる梶君を見て、百瀬君に対し、ふつふつと怒りが沸き起こってきた。
私は、机の上からバッと一冊、同人誌を手に取ると、百瀬君の前まで歩いて行った。私の突然の行動に、梶君や漫画研究部の先輩たちが驚いている。
「あのねえ! 百瀬君が梶君の才能を妬むのは勝手だけど、馬鹿にするのは許せないよ! 梶君は別に自己顕示欲で小説を書いてるわけじゃない。自分の内面にある世界を表現して、それを人に楽しんでもらいたいって気持ちで書いてるの。小説を書きあげるのって、すごく大変なんだよ。アイデアを絞り出すのに苦労するし、面白いものが書けているのか不安にもなる。途中で、もう書くのをやめようかなって、諦めたい気持ちにもなる。でも、私たちは、気持ちを伝えたくて書くの。真剣な気持ちで、書いてるの! だから、そんな風に言わないでよ!」
私は同人誌を百瀬君の胸に突きつけた。
「これを読んでも梶君がそんな人だって思うなら、もう一度、私のところへ来て。私が梶君と梶君の作品の魅力を、徹底的に叩き込んでやるから!」
啖呵を切ったら、百瀬君は怯んだ様子を見せた。
「分かったら、これを持って出て行ってよ!」
百瀬君は私の手から乱暴に同人誌を奪い取ると、背中を向けた。肩を怒らせながら、教室を出て行く。私は、はぁと息を吐いた。すると、
「蒼井さん、かっこいい!」
「よく言った!」
周囲から手を叩く音が聞こえて来た。振り向いてみると、漫画研究部の先輩たちが、満面の笑顔で私を見ていた。
「あ、あの……」
拍手喝采を受けて、私はすっかり恐縮してしまった。
「そういうつもりで言ったわけじゃ……」
私は「やめて下さい」というように顔の前で両手を振った。こんな風に称賛されると、とても恥ずかしい。
ちらりと梶君に目を向けると、彼は口元に手をあて、うつむいていた。耳が赤くなっている。
「梶君、どうしたの? あっ、私が、あんな風に百瀬君に突っかかったから、怒ってる?」
オロオロとしていたら、梶君が上目づかいで私を見た。
「俺の魅力って、何それ……」
つぶやきが耳に届き、私は、先程、百瀬君に言い放った台詞を思い出した。そういえば、私は、「梶君の作品の魅力」だけでなく「梶君の魅力」まで、力説していた気がする。
口を突いて出た自分の言葉に驚いて、私の頬に血が上った。熱い。きっと今、私は、真っ赤になっている。
「え、ええと……それはね……」
もごもごと口ごもる。私たちの雰囲気に気が付き、漫画研究部の先輩たちが、微笑ましい表情でこちらを見ている。それがまた気恥ずかしくて、私と梶君は少し距離を取ると、
「本、たくさん貰いに来てくれるといいね……」
「そうだな」
ぎくしゃくと会話をした。
カラフルなイラスト原画がパネル展示されている教室は、華やかな雰囲気を醸し出している。原画は漫画研究部の部員が描いたもので、アニメ風の絵もあれば、少女漫画風、少年漫画風とバラエティに富んでいる。
その教室の一角で、完成した同人誌が入った段ボール箱を開けた私は、
「うわぁ、本当に本になってる……!」
と感動の声を上げた。
梶君が一冊手に取り、パラパラとめくる。
「いい感じにできてるね。俺たちも一冊ずつ貰っておこうか」
「はい」と手渡され、初めて自分たちで作った本を、私は嬉しい気持ちで受け取った。
さっそく、教室の机の上に並べていると、漫画研究部の先輩が三人近づいてきて、
「それが文芸部の本?」
「一冊貰っていい?」
「私にもちょうだい」
と声をかけてくれた。私は気恥ずかしく思いながらも、
「はい、どうぞ」
と、先輩たちに手渡した。
「いいなぁ~。漫研もこんな本、作りたいなぁ」
「本当」
先輩たちが本の中を見ながら羨ましそうに話している。もう一人の先輩が、いいことを思いついたというように目を輝かせ、
「そうだ! 来年は、漫研と文芸部で合同誌を作らない? 私たち、挿絵を描くからさ」
と、私と梶君の方へ身を乗り出した。
「それいい!」
「やりたいやりたい!」
他の二人の先輩も乗り気になり、私たちをキラキラした目で見つめてくる。
(合同誌……挿絵……)
私は自分の小説に挿絵が付いたところを想像してみた。
(挿絵が付くなんて、素敵。漫研と合同誌、私もやりたい!)
期待を込めて梶君を振り向くと、梶君は、ふっと笑って、
「いいんじゃない? 来年はそうしようか」
と言った。
「やった!」
「漫研も大歓迎」
「今からもう来年の文化祭が楽しみになってきた」
「って、今年の文化祭、これからだし」
私と先輩たちは、四人で手と手を取り合って小躍りして喜んだ。
漫画研究部の先輩たちと盛り上がっていると、
「梶、高校でまで、そんなことやってんの?」
ふいに刺々しい声が聞こえ、私は驚いて振り返った。教室の扉のそばにいたのは百瀬君だ。制服のズボンのポケットに手を突っ込み、冷めた目でこちらを見ている。梶君が息を飲んだ。
「どれだけ自己顕示欲が強いわけ? プロ作家だって隠して書いて、自分は他人と違って特別なんだって、心の中で周囲を馬鹿にしてるんだろ? 性格悪いよなぁ」
悪意に満ちた言葉に、梶君は無言のまま、うつむいた。
「梶君……」
私は唇を噛んでいる梶君を見て、百瀬君に対し、ふつふつと怒りが沸き起こってきた。
私は、机の上からバッと一冊、同人誌を手に取ると、百瀬君の前まで歩いて行った。私の突然の行動に、梶君や漫画研究部の先輩たちが驚いている。
「あのねえ! 百瀬君が梶君の才能を妬むのは勝手だけど、馬鹿にするのは許せないよ! 梶君は別に自己顕示欲で小説を書いてるわけじゃない。自分の内面にある世界を表現して、それを人に楽しんでもらいたいって気持ちで書いてるの。小説を書きあげるのって、すごく大変なんだよ。アイデアを絞り出すのに苦労するし、面白いものが書けているのか不安にもなる。途中で、もう書くのをやめようかなって、諦めたい気持ちにもなる。でも、私たちは、気持ちを伝えたくて書くの。真剣な気持ちで、書いてるの! だから、そんな風に言わないでよ!」
私は同人誌を百瀬君の胸に突きつけた。
「これを読んでも梶君がそんな人だって思うなら、もう一度、私のところへ来て。私が梶君と梶君の作品の魅力を、徹底的に叩き込んでやるから!」
啖呵を切ったら、百瀬君は怯んだ様子を見せた。
「分かったら、これを持って出て行ってよ!」
百瀬君は私の手から乱暴に同人誌を奪い取ると、背中を向けた。肩を怒らせながら、教室を出て行く。私は、はぁと息を吐いた。すると、
「蒼井さん、かっこいい!」
「よく言った!」
周囲から手を叩く音が聞こえて来た。振り向いてみると、漫画研究部の先輩たちが、満面の笑顔で私を見ていた。
「あ、あの……」
拍手喝采を受けて、私はすっかり恐縮してしまった。
「そういうつもりで言ったわけじゃ……」
私は「やめて下さい」というように顔の前で両手を振った。こんな風に称賛されると、とても恥ずかしい。
ちらりと梶君に目を向けると、彼は口元に手をあて、うつむいていた。耳が赤くなっている。
「梶君、どうしたの? あっ、私が、あんな風に百瀬君に突っかかったから、怒ってる?」
オロオロとしていたら、梶君が上目づかいで私を見た。
「俺の魅力って、何それ……」
つぶやきが耳に届き、私は、先程、百瀬君に言い放った台詞を思い出した。そういえば、私は、「梶君の作品の魅力」だけでなく「梶君の魅力」まで、力説していた気がする。
口を突いて出た自分の言葉に驚いて、私の頬に血が上った。熱い。きっと今、私は、真っ赤になっている。
「え、ええと……それはね……」
もごもごと口ごもる。私たちの雰囲気に気が付き、漫画研究部の先輩たちが、微笑ましい表情でこちらを見ている。それがまた気恥ずかしくて、私と梶君は少し距離を取ると、
「本、たくさん貰いに来てくれるといいね……」
「そうだな」
ぎくしゃくと会話をした。