窓を開けると雲一つない青空が広がっていた。
丘の上にある城館まで村の教会から朝の鐘の音が聞こえてくる。
まるで今日という日を祝福しているようだ。
十八歳になった伯爵令嬢エレナは王子と正式な婚約を結ぶために、今夜王都に招かれているのだった。
今夜のパーティーに思いを馳せながら、彼女は空へ飛び立つ小鳥を目で追っていた。
「お嬢様、お支度の時間でございます」
侍女に呼ばれて振り向くと、エレナは天蓋付のベッドに勢いよく倒れ込んだ。
「はあ、着替えなんて面倒ね。このままじゃだめかしら」
「寝間着で婚約パーティーなど、とんでもございません」
侍女は呆れながら、エレナが脱ぎ捨てた寝間着を拾いあげた。
「こちらが本日のお召し物でございます」
侍女の差し出すドレスを見て、今度はエレナがため息をついた。
「なんて古くさいドレスなの。こんなの嫌よ」
まるで分厚いカーテンを縫い合わせたような重苦しいデザインだ。
「由緒ある伯爵家に代々伝わる衣装でございます。亡き奥様もお召しになった形見の品でございますよ」
侍女にたしなめられてエレナはうつむきながらドレスを見つめた。
「お母様の……」
それを言われてしまうと、何も言えなくなる。
幼い頃に亡くなった母は、気品にあふれた慈愛の象徴として記憶の中にある。
その母が亡くなって以来、十八になる今まで世話をしてくれた五歳年上のミリアは、侍女とはいえ姉代わりとも言うべき存在であった。
わががまを言いつつも、侍女の言うとおりにしておけば間違いはないのだった。
しかし、様々な思いが去来するとはいえ、防虫ハーブとほこりの臭いにまみれたドレスはやはり好みに合わない。
それに、サイズだって合うかどうかも分からない。
「ご心配なさらなくても大丈夫でございますよ」
察したようにミリアがドレスを広げる。
「胸のあたりも、お嬢様にぴったりなように仕立て直ししておきましたから」
「あら、それは気が利くこと」
エレナは侍女からドレスをひったくると、自分の平らな胸にあてがった。
「ホント、ぴったりだわ」
「余り布は折り込んで縫いつけてございます。あと、少々詰め物で形を整えたと、仕立屋が申しておりました」
「ご苦労様ね」
エレナは空中に放るような勢いでドレスに袖を通した。
「どうかしら?」
「とても優美でございます」と、侍女が姿見を引き寄せる。「今宵一番に輝くのはエレナお嬢様以外には考えられません。満月ですら欠けて見えることでしょう」
「本当にそう思う?」
「もちろんでございます。王子様の視線も釘付けでございましょう」
鏡の中で苦笑を浮かべる自分の姿を眺めながらエレナはためいきをついた。
「でも、やっぱり、古くさいわよね」
「格式というものでございます」と、侍女がドレスにほどこされた装飾をなぞる。「このレースは王室御用達の工房で作成されたものでごさいますし、こちらのプリーツとリボンのコンビネーションは伯爵以上の家系にしか許されない高貴な証でございます。それに……」
「ああ、もういいわよ」と、エレナは手を突き出して話をさえぎった。「それより、肩掛けはどうしたの?」
あたりを見回しながら侍女がつぶやく。
「もうしわけございません。お持ちしたはずなのですが」
「何やってるのよ。はやく探してきなさい」
「はい、ただいま」
まったく困った侍女だこと。
ミリアの背中を見送りながらエレナはため息をついた。
彼女はいつもこんな調子なのだ。
優秀で城内のことはなんでも知っているのに、肝心なところが甘い。
そのせいでいつもエレナはイライラさせられてしまうのだ。
貴族である自分がなぜ庶民の侍女に煩わされなければならないのか。
といっても、エレナにとってミリアは唯一信頼できる侍女であることに変わりはない。
それに、貴族の娘として甘やかされてきたエレナは、ミリアがいないと何もできないことも自覚しているのだった。
丘の上にある城館まで村の教会から朝の鐘の音が聞こえてくる。
まるで今日という日を祝福しているようだ。
十八歳になった伯爵令嬢エレナは王子と正式な婚約を結ぶために、今夜王都に招かれているのだった。
今夜のパーティーに思いを馳せながら、彼女は空へ飛び立つ小鳥を目で追っていた。
「お嬢様、お支度の時間でございます」
侍女に呼ばれて振り向くと、エレナは天蓋付のベッドに勢いよく倒れ込んだ。
「はあ、着替えなんて面倒ね。このままじゃだめかしら」
「寝間着で婚約パーティーなど、とんでもございません」
侍女は呆れながら、エレナが脱ぎ捨てた寝間着を拾いあげた。
「こちらが本日のお召し物でございます」
侍女の差し出すドレスを見て、今度はエレナがため息をついた。
「なんて古くさいドレスなの。こんなの嫌よ」
まるで分厚いカーテンを縫い合わせたような重苦しいデザインだ。
「由緒ある伯爵家に代々伝わる衣装でございます。亡き奥様もお召しになった形見の品でございますよ」
侍女にたしなめられてエレナはうつむきながらドレスを見つめた。
「お母様の……」
それを言われてしまうと、何も言えなくなる。
幼い頃に亡くなった母は、気品にあふれた慈愛の象徴として記憶の中にある。
その母が亡くなって以来、十八になる今まで世話をしてくれた五歳年上のミリアは、侍女とはいえ姉代わりとも言うべき存在であった。
わががまを言いつつも、侍女の言うとおりにしておけば間違いはないのだった。
しかし、様々な思いが去来するとはいえ、防虫ハーブとほこりの臭いにまみれたドレスはやはり好みに合わない。
それに、サイズだって合うかどうかも分からない。
「ご心配なさらなくても大丈夫でございますよ」
察したようにミリアがドレスを広げる。
「胸のあたりも、お嬢様にぴったりなように仕立て直ししておきましたから」
「あら、それは気が利くこと」
エレナは侍女からドレスをひったくると、自分の平らな胸にあてがった。
「ホント、ぴったりだわ」
「余り布は折り込んで縫いつけてございます。あと、少々詰め物で形を整えたと、仕立屋が申しておりました」
「ご苦労様ね」
エレナは空中に放るような勢いでドレスに袖を通した。
「どうかしら?」
「とても優美でございます」と、侍女が姿見を引き寄せる。「今宵一番に輝くのはエレナお嬢様以外には考えられません。満月ですら欠けて見えることでしょう」
「本当にそう思う?」
「もちろんでございます。王子様の視線も釘付けでございましょう」
鏡の中で苦笑を浮かべる自分の姿を眺めながらエレナはためいきをついた。
「でも、やっぱり、古くさいわよね」
「格式というものでございます」と、侍女がドレスにほどこされた装飾をなぞる。「このレースは王室御用達の工房で作成されたものでごさいますし、こちらのプリーツとリボンのコンビネーションは伯爵以上の家系にしか許されない高貴な証でございます。それに……」
「ああ、もういいわよ」と、エレナは手を突き出して話をさえぎった。「それより、肩掛けはどうしたの?」
あたりを見回しながら侍女がつぶやく。
「もうしわけございません。お持ちしたはずなのですが」
「何やってるのよ。はやく探してきなさい」
「はい、ただいま」
まったく困った侍女だこと。
ミリアの背中を見送りながらエレナはため息をついた。
彼女はいつもこんな調子なのだ。
優秀で城内のことはなんでも知っているのに、肝心なところが甘い。
そのせいでいつもエレナはイライラさせられてしまうのだ。
貴族である自分がなぜ庶民の侍女に煩わされなければならないのか。
といっても、エレナにとってミリアは唯一信頼できる侍女であることに変わりはない。
それに、貴族の娘として甘やかされてきたエレナは、ミリアがいないと何もできないことも自覚しているのだった。