駅に着いてあたりを見回すと忠之が手を振っているのが見えた。そちらに向かって歩いていくと忠之は不思議そうに俺のことを見つめていた。
「夏休みなのに制服?学校行ってたんだ?」
「岡ちゃんの手伝いだよ」
「それはご苦労さん。じゃ、行くか」
そんなやり取りをして、俺たちは近くのファミレスに入った。
案内された席でメニューを広げるとどの料理も魅力的に思えた。岡ちゃんが酔っぱらってしまったから午前中は俺がずっと働いていたから腹が減ってしょうがなかった。
忠之はパスタを頼み、俺はハンバーグセットでライスを大盛り、そしてフライドポテトを頼んだ。
「がっつりいくね」
その攻めの注文に忠之はそう言った。
「やることが多くて忙しかったからな」
岡ちゃんが酔っぱらって仕事にならなかったから俺がその分多く働く羽目になったためだけれども、ここは岡ちゃんの名誉のためにも社会科準備室で缶ビールを飲んでいたことはここでは言わないでおこう。
「大変だったね。そういえば、最近会えなかったけど元気?」
忠之がそう聞いたときの様子はいつも通りと変わらないようだったけれど、どこか少し伺うような感じが見受けられた。夏休み前、俺が「死」の恐怖に押し潰されそうになっていたことをどこかで感じていたのだろうか。
「元気に過ごしているよ」
「それは良かった」
忠之は安堵したようにそう言った。
「そういえばさ、僕たちが初めて仲良くなった日のこと覚えてる?」
「覚えてるさ」
二人でトイレ掃除をサボってあんなに激しくSF小説について語ったことを忘れるわけがない。
「あのときはすごかったね。お互い一歩も引かずにあそこまで熱くなれるなんて」
「担任に怒られるのは勘弁してほしいけどな」
そう言うと俺たちは笑っていた。あのときは長い時間怒られて中々辛い思いをしたが今となってはお互いに笑える思い出だ。
「最近は何か読んでるの?」
「いや、最近は全く」
中学のときは本をそれなりには読んでいたけれど高校に入ってからはほとんど読まなくなってしまっていた。何となく読む気が起きなかったのだ。最後に読んだのはあのトイレ掃除のときに忠之から借りた本で、もう一年近く本から離れていることになる。
「もしよければ、おすすめの本を持って来たんだけどどうかな?」
「どんな本だ?」
忠之はカバンの中から一冊の本を取り出して俺に渡した。タイトルを見ると『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』と書かれていた。
「読んだことある?」
「タイトルは聞いたことあるけど、実際に読んだことはないな。どんな内容かもわからない」
「結構有名な作品だから聞いたことはあるか。僕は結構好きな本でね。内容は文系的な面が意外とあるよ」
「文系的?」
忠之が自然と口に出した謎の概念に思わず聞き返した。
「僕の中でSFって理系的な要素か文系的な要素かって分けられると思うんだよね。科学技術を前面に押し出したような作品は理系的に思えるし、SFという枠組みを使って現実世界を反映させているようなものは文系的かなって」
自分自身SFガチ勢ってほどたくさんの作品に触れていたわけではなかったが忠之のこの説はわかる気がした。
「何だかすごい気になってきたわ。この休みの間に読んでみる。ありがとう」
そう言って受け取った本を俺はカバンにしまった。一年以上活字に触れてこなかったが、どこかに置いてきてしまった新しい作品を読むワクワク感が沸き起こって来た。最期の一冊にふさわしい作品であることを信じて。
「何だかさ、飛鳥って前と比べて変わったよね」
唐突に忠之は俺のことをまじまじと見つめてそう言った。意外過ぎる友人の言葉に顔を上げた。
「最近色々あったけど、そんなに変わったっていうほどか?」
「何だろうね。変わったというよりもっと飛鳥っぽくなったって感じかな」
忠之はニヤニヤしながらそう言うが、俺は忠之が一体何を言っているのかよくわからなかった。けれども、これが悪い意味ではないということは直感的に理解できた。そして、そう言われるようになった原因も。そのとき何だか自分が可笑しく思えてきて軽く吹き出してしていた。
「あいつのせいだな」
美咲のおかげで自分の中では変化はあったとは感じていたけれど他の人間からはこんな風に思われていたとは。俺は自分が本当の意味で変わったわけではなかったと思うと何だか少しだけ安心感のようなものさえ覚えていた。
「前も聞いたかもしれないけど君らはどういう関係なんだい?」
美咲とカフェに入ったのが目撃されて話題となった日、階段の踊り場のときと同じ質問だった。
「わかんねえな」
この俺の答えも踊り場のときとほとんど同じだった。けれども、あのときとは違ってどこか胸を張ってこの答えを出しているような気がした。
「そうか。わかったよ」
忠之はこんな答えでもなぜか納得のいったような表情を浮かべてそう言った。
それからは、再びSF作品の話で盛り上がったり、お互いの初めての印象について談笑していた。忠之の俺に対する最初の印象は最悪過ぎたらしくて、それを聞いた俺は腹を抱えて笑ってしまった。お互いによく友人になれたものだとに笑って手を握り合った。
そうして時間を忘れて夢中になって話していると気づけば二時間近く経っていた。スマホの時計を見た忠之は驚いた声を上げた。何でもこの後、中学の友達との旅行の計画についての話し合いの約束があり、その時間が差し迫っているらしく俺たちは店を出た。
「今日は久々に飛鳥と話せて楽しかったよ」
「俺も楽しかった。本、貸してくれてありがとな。それじゃあ」
「きっと飛鳥は気に入ると思うよ。またね」
そうして俺たちは店の前で別れた。家路に着こうと歩き出したとき、先ほどのファミレスの賑わいがついさっきのことじゃなくて遠い昔の思い出のような気がしてきた。
ふと、後ろを振り返るともう忠之はいなくなっていた。何となく今日が忠之と会える最後の日のような気がした。きっとこの借りた本も忠之に返すということは叶わないのだろう。最期の一冊として大切に胸に刻んで読もうと誓った。
「夏休みなのに制服?学校行ってたんだ?」
「岡ちゃんの手伝いだよ」
「それはご苦労さん。じゃ、行くか」
そんなやり取りをして、俺たちは近くのファミレスに入った。
案内された席でメニューを広げるとどの料理も魅力的に思えた。岡ちゃんが酔っぱらってしまったから午前中は俺がずっと働いていたから腹が減ってしょうがなかった。
忠之はパスタを頼み、俺はハンバーグセットでライスを大盛り、そしてフライドポテトを頼んだ。
「がっつりいくね」
その攻めの注文に忠之はそう言った。
「やることが多くて忙しかったからな」
岡ちゃんが酔っぱらって仕事にならなかったから俺がその分多く働く羽目になったためだけれども、ここは岡ちゃんの名誉のためにも社会科準備室で缶ビールを飲んでいたことはここでは言わないでおこう。
「大変だったね。そういえば、最近会えなかったけど元気?」
忠之がそう聞いたときの様子はいつも通りと変わらないようだったけれど、どこか少し伺うような感じが見受けられた。夏休み前、俺が「死」の恐怖に押し潰されそうになっていたことをどこかで感じていたのだろうか。
「元気に過ごしているよ」
「それは良かった」
忠之は安堵したようにそう言った。
「そういえばさ、僕たちが初めて仲良くなった日のこと覚えてる?」
「覚えてるさ」
二人でトイレ掃除をサボってあんなに激しくSF小説について語ったことを忘れるわけがない。
「あのときはすごかったね。お互い一歩も引かずにあそこまで熱くなれるなんて」
「担任に怒られるのは勘弁してほしいけどな」
そう言うと俺たちは笑っていた。あのときは長い時間怒られて中々辛い思いをしたが今となってはお互いに笑える思い出だ。
「最近は何か読んでるの?」
「いや、最近は全く」
中学のときは本をそれなりには読んでいたけれど高校に入ってからはほとんど読まなくなってしまっていた。何となく読む気が起きなかったのだ。最後に読んだのはあのトイレ掃除のときに忠之から借りた本で、もう一年近く本から離れていることになる。
「もしよければ、おすすめの本を持って来たんだけどどうかな?」
「どんな本だ?」
忠之はカバンの中から一冊の本を取り出して俺に渡した。タイトルを見ると『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』と書かれていた。
「読んだことある?」
「タイトルは聞いたことあるけど、実際に読んだことはないな。どんな内容かもわからない」
「結構有名な作品だから聞いたことはあるか。僕は結構好きな本でね。内容は文系的な面が意外とあるよ」
「文系的?」
忠之が自然と口に出した謎の概念に思わず聞き返した。
「僕の中でSFって理系的な要素か文系的な要素かって分けられると思うんだよね。科学技術を前面に押し出したような作品は理系的に思えるし、SFという枠組みを使って現実世界を反映させているようなものは文系的かなって」
自分自身SFガチ勢ってほどたくさんの作品に触れていたわけではなかったが忠之のこの説はわかる気がした。
「何だかすごい気になってきたわ。この休みの間に読んでみる。ありがとう」
そう言って受け取った本を俺はカバンにしまった。一年以上活字に触れてこなかったが、どこかに置いてきてしまった新しい作品を読むワクワク感が沸き起こって来た。最期の一冊にふさわしい作品であることを信じて。
「何だかさ、飛鳥って前と比べて変わったよね」
唐突に忠之は俺のことをまじまじと見つめてそう言った。意外過ぎる友人の言葉に顔を上げた。
「最近色々あったけど、そんなに変わったっていうほどか?」
「何だろうね。変わったというよりもっと飛鳥っぽくなったって感じかな」
忠之はニヤニヤしながらそう言うが、俺は忠之が一体何を言っているのかよくわからなかった。けれども、これが悪い意味ではないということは直感的に理解できた。そして、そう言われるようになった原因も。そのとき何だか自分が可笑しく思えてきて軽く吹き出してしていた。
「あいつのせいだな」
美咲のおかげで自分の中では変化はあったとは感じていたけれど他の人間からはこんな風に思われていたとは。俺は自分が本当の意味で変わったわけではなかったと思うと何だか少しだけ安心感のようなものさえ覚えていた。
「前も聞いたかもしれないけど君らはどういう関係なんだい?」
美咲とカフェに入ったのが目撃されて話題となった日、階段の踊り場のときと同じ質問だった。
「わかんねえな」
この俺の答えも踊り場のときとほとんど同じだった。けれども、あのときとは違ってどこか胸を張ってこの答えを出しているような気がした。
「そうか。わかったよ」
忠之はこんな答えでもなぜか納得のいったような表情を浮かべてそう言った。
それからは、再びSF作品の話で盛り上がったり、お互いの初めての印象について談笑していた。忠之の俺に対する最初の印象は最悪過ぎたらしくて、それを聞いた俺は腹を抱えて笑ってしまった。お互いによく友人になれたものだとに笑って手を握り合った。
そうして時間を忘れて夢中になって話していると気づけば二時間近く経っていた。スマホの時計を見た忠之は驚いた声を上げた。何でもこの後、中学の友達との旅行の計画についての話し合いの約束があり、その時間が差し迫っているらしく俺たちは店を出た。
「今日は久々に飛鳥と話せて楽しかったよ」
「俺も楽しかった。本、貸してくれてありがとな。それじゃあ」
「きっと飛鳥は気に入ると思うよ。またね」
そうして俺たちは店の前で別れた。家路に着こうと歩き出したとき、先ほどのファミレスの賑わいがついさっきのことじゃなくて遠い昔の思い出のような気がしてきた。
ふと、後ろを振り返るともう忠之はいなくなっていた。何となく今日が忠之と会える最後の日のような気がした。きっとこの借りた本も忠之に返すということは叶わないのだろう。最期の一冊として大切に胸に刻んで読もうと誓った。