無事にホテルに到着をしたわたしはチェックインを済ませた。
彼は律儀にもわたしの泊まるホテルまで送ってくれて、夕食を一緒に取らないかと誘ってきた。
「と、そのまえにシムカードをこっちのにしたくて」
空港では彼のペースで全部進んでしまったため、真っ先にしようと思っていたことができずにいた。
駿人さんはわたしの主張を聞いて、あっという間にシムカードを交換してくれた。ホテル近くの携帯ショップへ連れて行ってくれて必要なことを全部してくれた。
店から出て、彼はわたしを見下ろした。
「で、夕食どうする? 腹減ってる?」
「機内食を食べてきたので、そこまでお腹が空いているわけでもないような気がします」
「他人行儀だね。もっと砕けた喋り方でいいのに。昔は普通にため口だったでしょ」
「何年前の話ですか」
「サヤちゃんがまだ学生の頃」
さすがに社会人になった今はそれなりに距離のある相手にいきなりため口で話すことは憚られる。とはいえ、すぐ隣にいる駿人との付き合いはかれこれ十年以上だけれど。
けれど、社会人になってからめっきり会う時間が減ってしまった。
わたしは駿人と昔どんなふうに接していたのか忘れてしまった。同窓会で久しぶりに再会したクラスメイトとぎこちない会話をするような距離感のようでもある。
「まあいいや。俺の夕飯に付き合ってよ。サヤちゃんもこっちの時間に合わせて、何か腹に入れておいた方がいいと思うし。このままホテル帰って寝ても、夜中に腹減るだけだよ」
「それは確かに」
日本時間ではとっくに深夜を超えているけれど、ここはフランクフルト。時差の関係で、これから夕食時を迎える。
それに、本題に入るなら早い方がいいに決まっている。
夕食を食べ終えたあと、さっさと切り出してしまおう。
わたしは肩に下げたトートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめた。中には日本から持ってきた大事な書類が入っている。この日のためにわざわざ用意したのだ。
これまた駿人さん主導で連れてこられたのは、なぜだか日本食レストランだった。
今日フランクフルトに到着したわたしを案内する店が日本食レストラン。なぜに。
「俺、先週までアメリカ人の取引先に付き合って連日ビールとソーセージだったんだよね。今は日本食が食べたい」
疑問が顔に出ていたらしい。
ここはドイツなはずなのに、店内は和風で、寿司カウンターはあるし、レジの横には招き猫。お品書きは日本語とドイツ語が一緒に書かれていて、小さく英語表記もある。
つい見渡すと、お客さんはアジア系とヨーロッパ系が半々くらい。
海外でも日本食が人気だというのは本当らしい。
「わたしは普通にドイツ料理が食べたかったです」
「これからいやってほどドイツ料理食べられるから大丈夫。カルテスエッセンとか一回で十分だし。伝統料理なんて二日で飽きるよ」
「そんなにソーセージに飽きたのなら、日本に帰ってくればいいんじゃないですか」
「あれ、責められてる?」
「いいえ。別に」
わたしは慌ててお品書きに視線を落とした。
思案の果てに選んだのはきつねうどん。駿人さんは生姜焼き定食を選んだ。
ドイツにもあるんだ、生姜焼き。なんて思ったのは内緒だ。
料理を待つ間、わたしたちはぽつぽつと近況報告を兼ねた世間話を始めた。
しかし、会話が続かない。わたしはまだ確信に触れていないし、そのせいで、妙に心臓がばくばくして上手く話せない。
適当に家族の話題に逃げていると、料理が運ばれてきた。
関西風の透き通った出汁は色が薄く、ホウレン草やかまぼこが添えられている。優しい出汁の味がじんわりと胃に染み込んでいく。
「あ。おいしい」
「ここの料理はどれも外れがないんだよね」
駿人さんはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに目を細め、生姜焼きを美味しそうに平らげていく。
それは日本で見かける生姜焼き定食とまるで変わらない。けれど、ここはドイツで、周りから聞こえてくるのはもちろんドイツ語とたまに日本語。
「うどんといえば、冬場はよく鍋焼きうどんを頼むよ」
「はあ……」
「フランクフルトにはほかにも日本食レストランもあるし、デュッセルドルフだともっと多いかな」
「へえ……」
「日本人の医者もいるから風邪をひいても日本語で対応してもらえる」
「はあ……」
わたしは生返事に終始した。
ドイツに日本食レストランが多かろうが日本語対応の医療機関があろうが、わたしには関係ない。
わたしは相槌をやめて無言でうどんをすすった。なんだかんだとお腹が空いていたらしく、完食してしまった。思ったよりも美味しかった。海外の日本食レストランを見くびっていたようだ。
彼は律儀にもわたしの泊まるホテルまで送ってくれて、夕食を一緒に取らないかと誘ってきた。
「と、そのまえにシムカードをこっちのにしたくて」
空港では彼のペースで全部進んでしまったため、真っ先にしようと思っていたことができずにいた。
駿人さんはわたしの主張を聞いて、あっという間にシムカードを交換してくれた。ホテル近くの携帯ショップへ連れて行ってくれて必要なことを全部してくれた。
店から出て、彼はわたしを見下ろした。
「で、夕食どうする? 腹減ってる?」
「機内食を食べてきたので、そこまでお腹が空いているわけでもないような気がします」
「他人行儀だね。もっと砕けた喋り方でいいのに。昔は普通にため口だったでしょ」
「何年前の話ですか」
「サヤちゃんがまだ学生の頃」
さすがに社会人になった今はそれなりに距離のある相手にいきなりため口で話すことは憚られる。とはいえ、すぐ隣にいる駿人との付き合いはかれこれ十年以上だけれど。
けれど、社会人になってからめっきり会う時間が減ってしまった。
わたしは駿人と昔どんなふうに接していたのか忘れてしまった。同窓会で久しぶりに再会したクラスメイトとぎこちない会話をするような距離感のようでもある。
「まあいいや。俺の夕飯に付き合ってよ。サヤちゃんもこっちの時間に合わせて、何か腹に入れておいた方がいいと思うし。このままホテル帰って寝ても、夜中に腹減るだけだよ」
「それは確かに」
日本時間ではとっくに深夜を超えているけれど、ここはフランクフルト。時差の関係で、これから夕食時を迎える。
それに、本題に入るなら早い方がいいに決まっている。
夕食を食べ終えたあと、さっさと切り出してしまおう。
わたしは肩に下げたトートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめた。中には日本から持ってきた大事な書類が入っている。この日のためにわざわざ用意したのだ。
これまた駿人さん主導で連れてこられたのは、なぜだか日本食レストランだった。
今日フランクフルトに到着したわたしを案内する店が日本食レストラン。なぜに。
「俺、先週までアメリカ人の取引先に付き合って連日ビールとソーセージだったんだよね。今は日本食が食べたい」
疑問が顔に出ていたらしい。
ここはドイツなはずなのに、店内は和風で、寿司カウンターはあるし、レジの横には招き猫。お品書きは日本語とドイツ語が一緒に書かれていて、小さく英語表記もある。
つい見渡すと、お客さんはアジア系とヨーロッパ系が半々くらい。
海外でも日本食が人気だというのは本当らしい。
「わたしは普通にドイツ料理が食べたかったです」
「これからいやってほどドイツ料理食べられるから大丈夫。カルテスエッセンとか一回で十分だし。伝統料理なんて二日で飽きるよ」
「そんなにソーセージに飽きたのなら、日本に帰ってくればいいんじゃないですか」
「あれ、責められてる?」
「いいえ。別に」
わたしは慌ててお品書きに視線を落とした。
思案の果てに選んだのはきつねうどん。駿人さんは生姜焼き定食を選んだ。
ドイツにもあるんだ、生姜焼き。なんて思ったのは内緒だ。
料理を待つ間、わたしたちはぽつぽつと近況報告を兼ねた世間話を始めた。
しかし、会話が続かない。わたしはまだ確信に触れていないし、そのせいで、妙に心臓がばくばくして上手く話せない。
適当に家族の話題に逃げていると、料理が運ばれてきた。
関西風の透き通った出汁は色が薄く、ホウレン草やかまぼこが添えられている。優しい出汁の味がじんわりと胃に染み込んでいく。
「あ。おいしい」
「ここの料理はどれも外れがないんだよね」
駿人さんはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに目を細め、生姜焼きを美味しそうに平らげていく。
それは日本で見かける生姜焼き定食とまるで変わらない。けれど、ここはドイツで、周りから聞こえてくるのはもちろんドイツ語とたまに日本語。
「うどんといえば、冬場はよく鍋焼きうどんを頼むよ」
「はあ……」
「フランクフルトにはほかにも日本食レストランもあるし、デュッセルドルフだともっと多いかな」
「へえ……」
「日本人の医者もいるから風邪をひいても日本語で対応してもらえる」
「はあ……」
わたしは生返事に終始した。
ドイツに日本食レストランが多かろうが日本語対応の医療機関があろうが、わたしには関係ない。
わたしは相槌をやめて無言でうどんをすすった。なんだかんだとお腹が空いていたらしく、完食してしまった。思ったよりも美味しかった。海外の日本食レストランを見くびっていたようだ。