『わたしは駿人のこと、ちょっとすかした年上男くらいにしか思っていなかったけど。サーヤは小さいころから結構懐いていたじゃない。ほら、高校生の時だって』

「リリー」

 わたしは彼女の言葉を遮って少しだけ低い声を出した。

『あはは。ごめんごめん』

 リリーはあっさりと謝った。わたしの声の調子から、この先厳禁だと悟ってくれたらしい。

『まあいいじゃん。荷物持ちがいるって思えば。トイレ行くのも誰か一緒だと便利だよ~。あと、やっぱりいろんな料理とお酒をシェアできるのがいいところだよね。駿人高給取りなんでしょ。おごってもらいなよ』

「あいつに貸しをつくりたくない」

『こじらせてるねぇ~』
「こじらせてない!」
『まあ頑張れ。わたしはイギリスでサーヤのこと待っているよ~』

 だめだ。これは完全に外野から楽しむことに決めたらしい。
 結局わたしがほぼ、駿人さんへの愚痴を吐いてリリーがそれをからかいつつも慰めるという構図で通話は終わった。

 アプリを落としたあと、わたしはベッドにぱたりと倒れ込む。
 まあ、確かに食事をシェアできたのはありがたかったけど。

 さすがはヨーロッパというべきか、確かに肉料理の量が半端ない。一人では食べきれないほどの骨つき豚肉のローストは、駿人さんがいたから完食できた。

 でも、だからといって素直に嬉しく思うのも何か、違う。
 昨日から、ううん、フランクフルトに到着をしてからずっと駿人さんが色々なことを主導している気がする。

 今日の観光だってそれは同じで。
 なんだかんだで、駿人さんが観光プランを決めてしまうし、わたしはそれについていくだけ。一応、わたしに行きたいところを聞いてくるけれど、小さい町の見どころってそう多くも無くて。

 わたしの意見を聞かなくてもいいのでは、という定番街歩きコースが駿人さんによって組み立てられてしまう。
 というか、わたしは目的もなく可愛い街並みを適当にふらふらしたかったのに。

 丁寧についてこられると、なんとなく気分のまま歩くこともためらわれるし。

 心の底からワクワクドキドキを楽しめないというか。
 中世に迷い込んだかのような町並みに感動して、写真を撮っていると「次行くよ」とか言われてしまう。

 そうするとわたしが駿人さんを追いかけることになる。
 結局彼の中でわたしはいつまでたっても子供なんだ。
 駿人さんの方が年上だから仕方が無いとしても、なにか面白くない。

 こうやって反発したくなるところが子供だと言われても仕方ないのだろうけれど、わたしだってもう二十五歳。次の誕生日で二十六歳になるわけだし。

 まるで砂時計の砂のように、わたしの心の中に不満という名の砂がゆっくりと落ちていくような感覚。
 わたしはごろりと寝返りを打った。

 * * *

 翌日、わたしは早起きをして早朝のネルトリンゲンの町歩きを楽しんだ。
 昼間はあれだけ観光客でにぎわっていたのに、朝は人通りもまだらで、本当に中世の世界に迷い込んだかのようだった。

 駿人さんの心配も杞憂なくらい平和で、やっぱり彼は苦労性で心配性なのだと考えた。もっとおおらかに生きればいいのに。

 彼には内緒の早朝散歩で気をよくしたわたしは駿人さんと待ち合わせをしてチェーン系のカフェで朝食をとった。
 今日は移動日で、ここからは列車での移動になる。
 次の目的地はミュンヘン。

「ええと、こっちのホームか」

 一応わたしだって、昨日時刻表検索をして予習してきた。利用予定のホームを覚えていたのに、駿人さんは違うホームへ向かう。

「え、ちょっと」
「ホーム番号が変わることなんてざらだから」

 といって彼はスマホの画面を見せてくれた。念のために駅の電光掲示板とも見比べて頷いていた。
 そのあいだわたしはというと、大人しく駿人さんの後ろをついて歩くだけだった。

 ホームに入ってきた列車に乗って、乗換駅でも駿人さんがわたしを主導した。
 まあ、たしかに楽といえば楽だけれど。本当だったらこれを全部わたし一人でしていたわけで。

 そういうのが一人旅の醍醐味ってものじゃないの、と思ってしまう。
 なんてことを考えつつ、ミュンヘン行きの列車を待っているのだけれど、予定時刻になっても一向にやってくる気配はない。

 そわそわして、視線をきょろきょろさせていると、隣から「ドイツの列車はしょっちゅう遅れる」という声が降ってきた。

「ええっ。ドイツってヨーロッパの中でも時間にきっちりしているって聞いたことありますけど」
「迷信だよ」

 笑顔で言い切られた。どうやら色々恨みが溜まっているらしい。
 駿人さん曰く、数年ほど前にドイツ列車への不満を手編みのマフラーで表現した女性が話題になったそうだ。毎日の列車の遅れを編む毛糸の色を変えることで記録したとのこと。