「ごめんくださーい。
引っ越しのあいさつですぅ。」

向かいの鉄板焼き屋の暖簾を
上げて、奥に向かって
声を張り上げると、

記憶よりずっと老けた
女将が現役エプロンを着けて
顔を出す。

「はいはいー。ありゃ?あんた
誰?セールスはお断りよって」

が、早々に
女将は手を振って
わたしを追い出そうとした。
全然変わってない!

「違って!向かいの駄菓子屋の
ユカです。イトさんの孫!」

わたしは、追い出される手を
掻い潜って女将に叫んだ。

母方の実家がある集落。
久しぶりに田舎の家に来たのは、
この祖母の家に住む為。

「えー?!ユカ?イトさんの孫」

まじまじと女将は
わたしの顔を覗き込む。
未だ結婚もしていないから、
そんなに変わっていないと、
自負して、
ドヤ顔で女将に告げる。

「婆ちゃんとこに、住む事に
したんで、挨拶にきたんよ!」

極めつけ!
女将の鼻先に
街で買った、お洒落なマカロンを
差し出して、

小学生の頃、夏だけ遊んだ
相手の名前を出す。

「良かったらキョウカちゃんと」

これで思い出して
もらえなかったら凹むわ!!

「あー!あんた!ユカちゃんかい
な?えらい、顔変わってよ。」

女将の目が真ん丸になって
すぐに、嬉しそうになる。

良かった。
ちゃんと、祖母が亡くなる前に
頻繁に電話で話をしていた
甲斐があった。
に、しても!!

「え?それどーゆー意味よ、
女将は相変わらずやね。あ、
キョウカちゃん、どしてる?」

女将は、わたしの肩をバンバン
叩いてガハガハと笑う。
そーゆー感じ、変わってないな。

毎年
夏休みになると、
忙しい母は、わたしを祖母に
預けた。
内向的な性格で、夏休みしか
居ない存在の
わたしに、なかなか友達は
出来なくて
祖母が営む駄菓子屋で留守番を
しているだけだった。

「まだ、寝てるんやわ。もう
ちょいしたら、起きるやろ。
ほんまユカちゃん、ここに
移るんか?ほんなら、嬉しい
わー。イトさん、急に亡くな
りはったから、寂びしゅう、
しとってんよ。ほな店もか?」

女将はいそいそと、わたしが
手土産したマカロンを
受け取ると、
店の台所にある神棚に
お祀りする。

駄菓子屋の向かいにある、
小さな鉄板焼き屋で、
お昼ごはんを食べて

キョウカちゃんと
駄菓子屋の留守番をしがてら
おしゃべりする。

それが、
わたしの小学生の夏休みだった。

「うん、一応ね。店開けるから、
車に駄菓子仕入れて、持ってき
たんよ。さっそく掃除する。」

そう、女将に答えて
わたしは腕まくりをして見せた。

祖母はホームに入った先で、
今年他界した。

祖母が住んでいた、母の実家を
どうするかとなった時、
わたしは迷わず移住を決めた。
どうせ、気楽な独り身で
仕事もデザインの下請け。

このご時世、
何処ででもリモートで働ける。
小学生の頃みたいに
駄菓子屋の番台で店番をして
デザイン仕事をすればいい。

「そーかー!ほんなら、夜は
うちで食べるか。何でもええ」

「ほなら、焼きうどんがいい!
女将の焼きうどん、スジと蒟蒻
入ってるやん?あれ美味しい」

わたしは、女将に
子供の頃と同じリクエストを
して、早速鉄板焼き屋の引戸を
開ける。
そうすれば、すぐに
祖母の駄菓子屋がある。

「よっしゃ!やっといたる!」

女将が張り切って、今度は自分の
胸をドンと叩いた。

「じゃ、後でね!」

そのまま、わたしは
目の前でシャッターを閉めた
駄菓子屋に足を向けた。

少子化が顕著な集落で、
今更駄菓子屋なんてとわ
思うけど、
駄菓子屋は
わたしとキョウカちゃんの
居場所だから
外せない!!