『海里!』 『かーいり!』
零次が俺を呼ぶ声が何度も頭に過る。
俺がどんなに邪険にしても笑って近寄ってきたアイツの姿が、頭に過っては消えていく。
あの声をもう聞けないのか?
あの姿をもう二度と見れないのか?
そんなことってないだろ……。
「はぁっ、はぁ……」
荒い息を整えてから、俺はダメもとで零次と初めて会った路地裏に行った。
だがやはり、そこにも零次はいなかった。
――一体何処にいったんだよ?
「かーいーりー!」
絶望に暮れていたら、誰かに後ろから火傷した鎖骨を触られた。
神様ってのはつくづく残酷で。俺の背後にいたのは零次じゃなくて、父さんだった。
「痛っ!! とっ、父さんなんでいんの?」
触られただけで襲ってくるどうしようもない痛みに耐えながら、俺は尋ねる。
「お前それ、ここがどこかわかっていってるのか? だとしたら相当の馬鹿だぞ?」
ここが何処?
父さんの言っている意味が分からない。
「あっ!」
しまった。
零次と初めて会った場所は、俺が虐待を受けた場所でもあるじゃないか。
俺、何でここに行けば父さんに会うって考えなかったんだ。零次がいないことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかったのか?
「ぐっ!?」
状況を分析していたら、背中を思いっきり殴られた。
余りの痛みに俺は鞄を地面に落として猫背になる。
「お前、何で俺の金盗んだ? 復讐のつもりか?」
鎖骨を爪で引っ掻いて、父さんは囁く。
「いっ! ……そうだったら、なんなんだよ」
ガリガリっと、立て続けに鎖骨を引っ掻かれる。
俺は肩を回して父さんの手を無理矢理振りほどいて、後ろに振り向いた。
「へぇ……。火傷してても動かせるんだな」
俺の目の前にいる父さんは、感心するかのようにわざとらしく手を叩きながら、とても嫌そうに顔をゆがめた。
言葉と態度が合っていない。
怖い。
余りに怖くて、思わず冷や汗が出た。
――逃げろ。
零次の声が俺の頭を過る。
反抗しろ。――自分を大切にしろ、海里。
俺は父さんの腹を殴ろうとして、右手の拳を前に出した。
突き出した拳を、父さんは渾身の力をこめて掴んだ。
「いっ!!」
手が痛んで、俺は苦悶の声を上げた。
「クククッ。痛いか?」
父さんは、喉を鳴らして楽しそうに笑った。それはまるで零次みたいに。
悲しくなって、涙が零れてくる。
――何で零次じゃないんだよ。
脇腹を、勢いよく蹴られる。
泣いているせいで力が出なくて、俺は受け身も取れずに道路に倒れこんだ。