今から一年半ほど前の去年の四月頃、父さんは俺を殺して、保険会社から『死亡保険金』をもらえば、借金を返済できるのではないかと考えた。
たぶん、契約をしていた保険会社の人に『家族で死亡保険に入らないか』って言われて、説明を聞いている時にそう考えついたんだと思う。
でもその保険金をもらうには、ある決まりがあった。それは、俺が自殺したり、親に殺されたりした場合には保険金をもらうことができなくて、俺が他殺か事故か、あるいは病気とかで死なないと保険金をもらうことができないというものだった。
保険金がどうしても欲しかった父さんは、そこで、えげつないくらいの虐待をして、俺を一切抵抗できなくなるまで弱らせてから、死因を事故に偽装して殺そうと考えた。
抵抗する力が残っていたら、死ぬ前に逃げてしまう可能性があるから。
それからだ。
虐待のやり方が目に見えて悪化して、飯を平気で三食とも抜かれたり、家の物置やガレージに何時間も閉じ込められたりするようになったのは。
俺は制服のブレザーを脱ぎ捨てると、ネクタイを取って、鞄の中に入れた。
額から流れる汗を、Yシャツの袖で拭う。
今は十月の初旬だけれど、今日は夏みたいに暑くて、最高気温は二十七度だ。
俺の家のガレージはエアコンも窓もないから、今日みたいな日はドアを開けて喚起をしないと、すぐにうだるような暑さになる。
それなのに、俺は閉じ込められた。
本当に最悪だ。こんなの熱中症になれと言われているようなもんだ。
俺は肩に掛けていた鞄を床に置くと、スマフォの電源を付け直して、ホーム画面に映っている俺と母さんのツーショット写真を見た。
俺が小学五年生くらいの時に撮った虐待をされる前の写真だ。
二人とも、目を細くして笑っている。
母さん、助けに来てくれないかなぁ……。
「……来るわけないか」
小さな声で言って、自虐するみたいに笑う。
母さんは、俺が虐待を受けている時は必ず仕事に行っている。俺の虐待を見て見ぬふりして、朝の八時から夜の八時までスーパーで働いて、夜中の二十四時からは水商売の仕事をして働いている。
一年半前から俺を苦しめるのに熱中していて、金を稼ぎもしないニートの父さんの代わりに働いている。
そうしないと、生活が苦しくなってしまうから。