「動画を撮らないと殺すって言われたのか?」
俺は返答を聞くのが怖くて、震えながらその言葉を言った。
「……ああ。卒業までに動画を撮らないと殺すって言われた。それがあったから、俺はお前のことを助けた後、あんな意味深な言葉を言って、お前の自殺を止めたりしたんだよ。――お前が自分を大切にすればするほど、酷い虐待の動画を撮れる可能性が高まると思ったんだ」
心臓をわしづかみされたかのような衝撃に襲われる。
「……じゃあ、零次は俺を騙してたのか?」
冷や汗が頬を伝い、俺は震えながらその言葉を口にした。
「ああ。俺はお前が命のありがたみが分かればわかるほど、酷い虐待の動画が撮れるんじゃないかと想ったんだ。だからお前に、自分の命を大切にしろっていった。
……カメラを渡すところまでは、計画は一応順調だった。お前を助けてしまったのはイレギュラーな事だったけど、それ以外は順調だった。ものすごい虐待の映像が撮れたしな。問題はその後だった。……お前が、自殺を考えたのが問題だった。……映像を観て自殺をしようとしてると気付いた俺は、録画をやめるのと、お前の自殺を止めさせるのが目的で江の島に行った。……そして、同居をしようってお前に言った」
「それの何が問題なんだよ?」
「わからないか? 俺がやるべきことは録画を止めることと、自殺をやめさせること。その二つだけで良かったんだよ。……同居なんて、提案すべきじゃなかったんだ。だって同居をして仲良くなったら、お前を救いたいと思ってしまうだろ。……映像を警察に提出して、お前の父親に裁きを受けさせてやりたいって思ってしまうだろ。それじゃあダメだったんだ。……俺は自分が殺されないために親父に動画を渡さなきゃいけなかった。そうしなきゃいけなかったんだよ!!」
零次は声が枯れる勢いで泣き叫んだ。
「れっ、零次……」
俺の右腕の包帯に、零次の涙が何度も何度も落ちる。
落ちるたびに腕がズキズキと痛んで、俺は顔をしかめた。
その痛みはまるで、零次の辛さを体現しているかのように痛かった。
「なぁ海里、なんで人の心ってのはこんなに複雑なんだ?
……俺は、ずっと自由が欲しかった。
それなのに俺は親父を裏切って、お前を助けちまったんだよ! そんなことをしたら殺されるとわかっていたのに。俺は親父に殺されないために、お前を救いたいって気持ちを押し殺して動画を渡しに行こうとしたのに、途中でお前の虐待を見て……っ!」
言葉にならない声を上げて、零次は泣き崩れる。
「……俺はお前を素通りしようと思った。虐待なんて見ぬふりして、親父に動画を渡しに行こうと思った。それなのに!!」
俺の両腕をつかんで、零次は叫んだ。
「れっ、零次」
「俺はずっと牢獄の中にいた。大好きだった母さんを殺されて、大嫌いな父親の車の中に、足を縄で縛られて閉じ込められて。
……風呂には三日に一回しか入れてもらえなくて、ビニール袋に用をたすのを強要されて。……言葉なんかじゃとても現わしきれないような苦痛を何度も味わった。
でもその環境は、突然壊された!
お前の父親が金を返さなかったおかげで、俺はつかの間の自由を手にすることができたんだ。だから俺は、その自由を守らなきゃいけないと思った。虐待の動画を撮って、それを父親に渡すだけでその自由を永遠に手にすることができるといわれてるなら、ちゃんとそうするべきだったんだ!
それなのに俺は、お前にほだされた! お前を見て、助けてやりたいと思っちまったんだよ!
つかの間でも自由を手に入れた俺と違って、お前はずっと牢獄の中にいたから! しかもその環境から、逃げようともしていなかったから!
そんなお前を見ているのが嫌になって、俺はお前を本気で助けようとしたんだ!
……そんなことをしたら、自分の人生が終わってしまうと分かっていたのに」
零次が言ったその言葉は、切実さに溢れていた。
俺の瞳から、涙が零れ落ちる。
「……は? 何でお前が泣くんだよ」
涙を流した俺を見て、零次は信じられないといった顔をした。
「だって俺、知らなくて。……全部知らないで、お前と仲良くしてたからっ!」
声を上げて叫んだその言葉は、本心だった。
――俺は全部知らなかった。
こいつが何を想って父親に反抗して俺を助けてくれたのかとか、こいつがどれだけ複雑な環境にいたのかとか、そういうのを全く知らなかった。そういうのを全部知らないで仲良くしていた。その事実がもの凄い心を締め付けてきて、涙が流れた。
「……そんな泣くほどのことじゃないだろ」
「泣くほどのことだよ! 俺、辛い。……そばにいたのにずっとお前の辛さに気づいてやれなかったんだと思うと、辛くて、悔しくてたまらない」
本当に悔しい。こいつのSOSにずっと気づいてやれなかったのかと思うと、辛くてたまらない。
「……海里」
俺の涙を拭って、零次は目尻を下げて、悲しそうに笑った。
「……ありがとう、零次。本当にありがとう。助けてくれて」
俺が泣きながらそう言うと、零次はぎゅっと拳を握り締めた。
「……俺は助けたくなかった。助けちゃダメだったんだ。……助けなければ、こんなことにならずに済んだんだんだよ! ……本当は俺、お前と普通の友達になりたかった! 親父の命令でお前に近づくんじゃなくて! ただの同級生として遊びたかった!」
零次が口にしたその言葉は、叶うハズもない願望だった。
きっと零次が闇金の子供として生まれて、俺があのクソみたいな父親の子供として生まれた時点で俺らの出会い方は決まっていた。――ただの偶然じゃなくて、どちらかの親の作為で出会うことになると。
俺達が偶然出会うなんてはっきりいって奇跡に等しい。とてもありえないことだった。
「……俺もだよ。俺も、零次とただの友達になりたかった」
それでも俺は、零次の言葉に同意した。
裏があるかもと思いながら、零次の手を取ったあの日の自分のことを思い出して。
「うっ。俺、本当はお前と離れんの嫌だった! すげぇ嫌で、他に方法はないのかってめっちゃ思った。脅されてたのに! 地獄に戻るハメになるわかってたのに、お前とずっと一緒にいたいっと思ってた ……俺、お前とずっと一緒にいたい!」
俺の服を握り締めて、零次は叫んだ。
「うん。俺もずっと一緒にいたい! お前が死んだら、生きていけない!!」
俺は左手を零次の腰にやって叫んだ。
――神様は残酷だ。
神様はきっと、俺達の結末にハッピーエンドを残していない。
「……じゃあ二人で心中でもするか? 俺の父親がここに来る前に」
「えっ」
俺は思わず零次の腰から手を離した。
「ハッ。嘘だよ嘘。そんなことしねぇよ。俺だけ生き残ったりしたら、絶対嫌だし」
焦った俺を小馬鹿にするみたいに、零次は笑う。
その笑顔は痛々しくて、とても辛そうな顔だった。
「零次……俺は本当にお前と一緒にいたいよ」
俺は零次を見ながら、泣きながら言った。零次は俺を見て、作り笑いをした。
「ああ、俺も。でも無理だ。俺達は一緒にいても幸せになれない。一緒にいたら、多分どちらかが死ぬか、あるいは両方死ぬハメになる。そういう運命なんだよ。俺達が一緒にいても、バッドエンドにしかならない」
その言葉は、俺が想った言葉と殆ど同じ意味だった。
「れっ、零次」
「……海里、ここまで来てくれて本当にありがとな」
「え?」
「じゃあな」
零次は立ち上がると、海に向かって走った。
俺は慌てて立ち上がって、零次の後を追い、海の中に入ろうとする零次の手を掴んだ。
「ふざけんな!! 何で人の自殺は止めたくせに、死のうとすんだよ!」
俺は声が枯れる勢いで叫んだ。
「……だって父親に殺されて死ぬくらいなら自分で死んだ方がいいじゃん」
零次が言ったのは、絶望していた俺が想っていたのと同じ言葉だった。
「それ言われたら確かに否定できねぇけどさ……俺は嫌だよ。お前が死んだら」
「はぁー、じゃあ一緒に逃げるか。海外でも。居場所バレそうになったら逃げるのをひたすら繰り返して、俺の父親から逃げまくるか」
そういって、零次は演技にしか見えないような呑気な顔をして笑った。
「……でも、そんなことしたら」
「ああ。たぶんいつか見つかって、俺が親父に殺される」
目じりを下げて、零次は悲しそうに顔を伏せる。
「そんなの嫌だよ。俺、零次とずっと一緒にいたいし」
「ああ、俺もずっと一緒にいたい。でも無理なんだよなぁ……」
零次の涙が、また俺の包帯に落ちた。
「……零次、無理じゃないかも」
「は?」
「零次の父親を、児童虐待の容疑で逮捕すればいいんだよ」
俺の提案に、零次は作り笑いをして首を振る。
「……無理だよ。俺が殺されそうになってる動画を撮んのは。父親は絶対部下を連れてくる。俺達が二人でいるのを見越してな。だから絶対無理だ」
「じゃあどうすんだよ! 父親に殺されるのを黙って受け入れんのかっ!?」
零次の胸倉を掴んで、俺は叫んだ。
「……海里が自殺するのを許してくれないなら、そうするしかないかもな」
「ふざけんな! 人が死ぬのは散々止めたくせに、そんなこと言ってんじゃねぇよ!」
そうするしかないなんて言わないで欲しかった。どうしようもない状況だからって何もかも諦めないで欲しかった。俺の人生をどうしようもない状況から必死で救ってくれたくせに、そんな風に言わないでほしかった。
俺が生きたいと思ってるのを見破って自殺を止めてくれたのは零次なのに、零次自身は自殺にためらいがないのすごい嫌だと思った。
さんざん考えて出した結論でも、それだけは嫌だと思った。
「……ごめんな、海里。でももうダメだ。ゲームオーバーだ。俺達は」
「は?なんでだよ」
「……お前が俺の場所を父親に教えたからだよ。せっかくハッキングされてるスマフォを壊してから海に行ったのに、お前が俺の居場所を父さんに教えちまった。……父さん、きっとお前を尾行してる。もうすぐ、ここに着くよ」
「なっ!?」
思わず言葉を失う。
俺は唇を噛んだ。
――何かないのか。俺ら二人とも助かる方法。
「海里、もういい。もう二人で生きようとしなくていい。全部俺の自業自得だから」
「嫌だ! 絶対嫌だ! お前がいない世界で生きるのなんて!」
零次の胸倉をさらに強い力で握りしめて、俺は叫んだ。
「駄々っ子か」
俺を馬鹿にするみたいに、零次は笑った。
「駄々もこねたくなるよ! だって俺、お前がいなかったら……死んで……っ」
力が抜けて、零次の胸から手が滑り落ちる。
零次は俺の頬に手をやって、涙を拭った。
「ごめんな、助けて」
「え……?」
涙を拭いながら、俺は聞き返す。
「こんな酷い結末になるくらいだったら、出会わない方が良かったかもな俺達」
俺は零次を砂浜に押し倒した。
「ふざけんな! そんなこと言うなよ!!」
零次の胸を何度も何度も俺は叩いた。
零次は笑って、俺の頭を撫でた。
「……ありがとな、そんな風に言ってくれて」
その言葉は、俺がかつて零次に向けて言った言葉だった。
思わず俺は言葉を失う。
俺達は本当にここで終わりなのか?
俺達が一緒に生きる方法は、本当に一つも残されていないのか?
いや、違う。
そんなことないハズだ。
考えろ。――考えろ、二人で幸せをつかみ取る方法を。
警察を呼んでも、零次の父親がそれより先に来たら意味ないよな。
じゃあ誰かに助けを求めるのは?
母さんに電話をかけてもしょうがないよな。一体、誰にかければいいんだ?
――ダメだ。思いつかない。
零次の父親から逃げる方法が、全く思いつかない。
本当に方法は一つもないのか……?
いや、ある。一つだけ。
「零次、服屋に行こう」
「え? ……まさか海里、変装でもする気か?」
「うん。女装して逃げる」
俺がそう言うと、零次は鼻で笑った。
「ハッ、アホか。女装なんてしても顔でバレるに決まってるだろ」
「ああもう! うるさいな! やってみなきゃわかんないだろ! ……頼むから、少しは自分のために動いてくれよ!!」
俺の言葉を聞いて、零次はほんの少しだけ目を大きく開けた。
「……俺、監禁をされる前に、お前に会いたかったよ。そうなってたら、自分のために動けたのかもしれないな」
そういうと、零次は俺の肩をどんと押してから、立ち上がった。
「うわっ」
咄嗟のことでまともに反応できなかった俺はバランスを崩して、砂浜にしりもちをついた。
――バシャンッ!
俺が身体を起き上がらせた瞬間、零次が海に飛び込んだ。
「れっ、零次!!」
俺は慌てて零次の後を追って、海に潜った。
でも俺は怪我のせいでまともに泳ぐことも出来なくて、すぐに意識を失ってしまった。
「それじゃあ、成人を祝しまして、カンパーイ!」
奈緒が笑って、美和のグラスに自分のグラスを近づける。
「かんぱーい」
美和はそういって、奈緒のグラスに自分のグラスを近づけた。
二人ともテンションが高すぎる。
「……」
帰りたい。
俺はテーブルを挟んで向かいにいる奈緒と美和を見ながら、そんなことを想った。
一月八日、夜。
成人式を終えた俺は、奈緒と美和と一緒に、居酒屋に飲みにきていた。
「海里君、ちゃんと食べてる? 細いんだからガツガツ食べなよ?」
成人したくせにジンジャーエールを飲んでいる俺の顔を覗きこんで、奈緒は笑う。
成人した奈緒は、相変わらず茶髪で身長が低くて、整った顔をしていた。
「……食べてるよ」
俺は奈緒から目を逸らして、食事が取り分けられている自分の皿に目をやった。
滑稽なくらい量が減っていない。
「嘘! ご飯全然減ってないじゃん! お酒も飲んでないし! 海里君、私が朝連絡しなかったら、今日来ない気だったでしょ! だから乗り気じゃないんじゃない?」
手に持っているビールをごくっと飲み干して、不満げに奈緒は言う。
見てて気持ちいいくらい飲みっぷりがいい。俺とは正反対だ。
「……そうだな」
俺は奈緒の言葉に適当に返事をした。
食欲どころか、俺には物欲も性欲もない。
あるのはもの凄い喪失感だけだ。四年前からずっと。
もう零次がいなくなってから、四年が過ぎてしまった。
「はぁー」
「あのさーテンションただ下がりするからため息つくのやめてくんない? まぁ海里はあいつがいないせいで、常時テンションが低いんだろうけど」
奈緒の隣にいる美和が、呆れたようにいう。
返す言葉も思いつかず、俺は机に顔を突っ伏した。
「美和、それ禁句。海里君、さらにテンション下がってるよ」
「ごめん。そんなに気を落とさないで、元気だしなさいよ。海里はよくやったじゃない」
「……そんなことない」
だって俺は、零次を見つけられてないんだから。
俺はあの日以来、零次に会えていない。
あいつの遺体は闇金会社の奴らが専門家に頼んで一年という時間をかけて探しても見つからなかった。
そのせいで金を返してもらえなかった零次の父親は荒れに荒れて、闇金の仕事をやめてニートとして生活するようになった。
要はあの父親は息子が死亡している可能性が高いとわかってから、かなり堕落した生活を送るようになったんだ。
必ず見つけ出すと言っていた割に、一年でそいつは諦めた。
意外と諦めが早かった。俺と違って。
俺は零次が海で身投げをしてから四年がたった今でも、奴のことを探し続けている。奈緒と美和に何度もう諦めようって言われても、探し続けている。
四年も見つからなければ死んでる可能性がかなり高いとわかっているのに、ずっと探し続けている。そんなことをしても意味がないというのに。
「……そんなに零次君が大事?」
俺の頭を撫でて、奈緒は首を傾げる。
「……アイツがいなきゃ、生きてる意味がないんだよ」
本気でそう思っている。
アイツが隣にいてくれることが俺の生きる意味で。
アイツと一緒に過ごした日々が、くそったれだった俺の人生があった意味で。
アイツがいなきゃ、俺の人生には何もない。だって俺は死ぬハズだった。
本当ならこんなに生かされたりしないで、とっくに殺されるハズだったんだ。
零次はそんな俺を、生かしてくれた。
理不尽な世界に反抗する気もなくして、自分の人生が崩れていく様をただ眺めていた俺を、必死で助けてくれた。
――自分も地獄みたいな世界にいたハズなのに。本当は俺を助けたいなんて思ってはいけない環境にいたのに、俺を助けてくれた。
神様みたいに、俺のことを救ってくれた。
地獄だった世界を、本当に天国に変えてくれた。
そんな風にしてくれた零次といることが、いつの間にか俺の生きる意味になった。
……アイツがいなきゃ笑えない。
アイツがいなきゃ、好きな食べ物を食べてもおいしいと思えない。
アイツがいなきゃ、何か嬉しいことがあっても気分が上がらない。
アイツがいなきゃ、生きているのを楽しいと思えない。
たかが一か月半。されど一か月半なんだ。
あいつは俺の人生を一か月間半でもの凄い違うものにして、俺の価値観を百八十度くらい変えて、ものすごい勝手に消えた。
そんなことをされて忘れることができたら、それこそ奇跡というヤツなんだ。
「……ちょっと、星でも見てくる」
「そのまま帰んないでよー?」
俺は奈緒の言葉に何も答えず、席を立った。
「うっ……寒」
飲み屋を出ると、冷たい風が肌に当たって、俺は思わずぶるぶると身体を震わせた。
「瀬戸じゃん! 久しぶり! 元気だったか?」
飲み屋の隣にあるコンビニの前にいくと、入り口の前で煙草を吸っていた男が、俺に声をかけてきた。
男は金髪で、少し垂れた優しそうな瞳をしていた。
「悪い。……誰だっけ?」
誰か分からなくて、俺は思わず首を傾げた。
「御影雷だよ! 高校の時、お前の隣のクラスだった。改めてよろしく! 井島も煙草吸うか?」
煙草の箱とライターを取り出して、御影は言う。
「……いや、俺はいい。……俺、火見るの嫌いだし」
首を振って、俺は顔を伏せた。
「へぇ……。それは鎖骨を炙られたことがあるからか?」
耳を疑った。
――なんで。どうして。
俺は顔を上げて、男を見た。金髪に、垂れ目。……やっぱり違う、別人だ。
「……何でお前が、それを知ってるんだよ」
俺は男の服の袖を掴んで、問い詰めた。
「そんなの聞かなくても、わかってんじゃねぇの?」
その言葉を聞いただけで、鳥肌が立った。
目の前にいる男は零次とはとても似つかない顔をしていた。
似ていなかったんだ、本当に。
似ていなかったけれど、そのことを知っているのは零次しかいなかった。
涙が出た。
「れっ、零次……? でも、なんで……?」
胸が締め付けられて、掠れた悲鳴のような声が出た。
「……整形したんだよ。成人してすぐに。だからこの顔になった」
確かに未成年じゃなければ、親の同意がなくても整形できるな。
「なっ、なんで……! 生きてたなら、何で今まで会いに来なかった!」
「……会う勇気がなかったんだよ。それに、死にかけてたからな。俺、目覚めたの去年の十二月なんだぜ? それまではずっと眠ってた。生と死の淵を彷徨ってたんだよ」
「……えっ」
「……ごめん、今の嘘。本当は四年前の十二月の初めくらいに目が覚めた」
「はっ、はぁっ??」
思わず大声をあげる。
四年前の十二月の初めだと?
じゃあ、身投げしてから一週間くらいで目を覚ましたのか?
「懐かしいなぁ……そのオーバーリアクション。何も変わってねぇな、海里」
零次は俺を見て目尻を下げて笑った。
「……変わってないんじゃない。変われなかったんだよ、お前に時間を止められたせいで。お前は俺の時間を止めた。勝手に進ませて、勝手に止めたんだ」
涙を拭いながら、俺はそう不満気にぼやいた。
「そうだな。……ごめんな、海里」
「ごめんじゃねぇよ……今まで何してたんだよ」
「……死のうとしてた。飛び降り自殺でも何でもして、死んでやろうと思ってた。死ぬつもりで身投げしたのに助かったのに腹が立って、本気で死のうとしてた。一生良くならない自分の人生に、本気で飽き飽きしてたんだ。でも死のうとするたびにお前を思い出して、死ぬ気になれなかった。どんなにこんな身体で再会しても仕方がないって言い聞かせても死ねなかった。だから整形して会いに来たんだよ」
「……こんな身体?」
思わず首を傾げる。
一体どういう意味だ?
零次は何も言わず、ズボンの右足の方をまくった。
「えっ……」
右足の膝から下が銀色の義足になっていた。
予想外の出来事に驚いて、言葉に詰まる。
「……そこだけじゃねぇよ」
零次は俺の手を掴むと、自分の右足の付け根のとこまで移動させた。
ザラザラした、機械の感触。
……膝から下だけじゃない、右足全体が義足だ。
なんてことだ。まさかこんな風になっているなんて……。
義足の足は、見てるだけで痛々しかった。