盆明けの送り火を焚いた頃には、真昼の太陽もようやく傾き始めていた。
いつの間にかうとうとと眠っていて、目を覚ますと日はすっかり暮れている。
慌てて土間に駆け込むと、食事の用意はあらかた終わっていた。
「すみません、遅くなりました!」
「いいわよ別に。そんな時だってあるわよ」
義母は出来上がった膳を手渡す。
「皆を呼んできてちょうだい」
奥の部屋をのぞき込んだ。晋太郎さんは書物を片手に広げ、碁盤の前でなにやら考え込んでいる。
「夕餉の支度ができました」
返事がない。
聞こえてはいるのだろうから、静かにそこを後にする。
お義父さまとお祖母さまにも声をかけてから、食事をする部屋に戻った。
晋太郎さんは少し遅れてやってくる。
「支度が出来ていたのなら、声をかけてくださればよかったのに」
ご飯を盛った茶碗を渡すと、その人は言った。
「言いに行きました」
「聞いていませんよ」
「囲碁の本を読んでいらっしゃいました」
ムッとしたような顔でにらまれても、言ったのは事実なんだから平気。
私は味噌汁をすする。
「今度からはちゃんと、返事をするまでお願いします」
「分かりました」
そんなの、聞いてないのが悪いんじゃない。
食欲は止まらない。
一番に食べ終わると、さっさと席を立った。
「ごちそうさまでした」
夜になって、寝支度を調える。
いつものように離して敷いた布団の間に、衝立を立てた。
しばらくしてからやってきたその人は、眉をしかめる。
「一体、この衝立はいつまで立てておくものなのでしょうね」
「え? これは初めに、晋太郎さんが立てたものではなかったのですか?」
ふいにこの人は間に立てた衝立のギリギリにまで、自分の布団を寄せた。
「なにをしているのです?」
「別に。あなたの領域は侵していませんよ」
そこへごろりと横になる。
大きな一枚板の衝立だ。
襖絵をはめ込んだ木の枠に足が付いていて、絵の下には唐草模様の透かし彫りが入っている。
床からは五寸ほど浮いていた。
「こうすれば、お顔は見られますね」
「……。そうですね」
居心地の悪さに背を向ける。
これでは衝立を立てる意味がない。
見られながら寝るなんて、そんなのは絶対に無理だ。
ごそごそという衣ずれが、背中の向こうで聞こえる。
「……この家には、もう慣れたようですが、いかがですか?」
背を向けたままそれに答える。
「はい。慣れました」
「私には?」
振り返った。
晋太郎さんはまだこちらに背を向けていた。
「……。それなりに……」
「それはよかった。ずっと、嫌われているのだろうと思っていました」
その人は衝立の向こう側で、背を向けたまま話し出す。
「嫁入りの相手を自分で選べない以上、あなたには出来るだけ、不快な思いはさせまいと思っておりました。私が相手を選べないように、あなたも誰かを選ぶことができないからです」
秋口の夜はじっとりと暑くて、締めきったままの部屋には熱が籠もる。
「婚儀の席をめちゃくちゃにしたことも、まだ謝れていません。ですがあなたに、許してもらおうと思うてはいない自分も、一方でいるのです」
私は寝巻きの袖を、ぎゅっと握りしめる。
あの日のことは、ここではなかったことになっている。
いつの間にかうとうとと眠っていて、目を覚ますと日はすっかり暮れている。
慌てて土間に駆け込むと、食事の用意はあらかた終わっていた。
「すみません、遅くなりました!」
「いいわよ別に。そんな時だってあるわよ」
義母は出来上がった膳を手渡す。
「皆を呼んできてちょうだい」
奥の部屋をのぞき込んだ。晋太郎さんは書物を片手に広げ、碁盤の前でなにやら考え込んでいる。
「夕餉の支度ができました」
返事がない。
聞こえてはいるのだろうから、静かにそこを後にする。
お義父さまとお祖母さまにも声をかけてから、食事をする部屋に戻った。
晋太郎さんは少し遅れてやってくる。
「支度が出来ていたのなら、声をかけてくださればよかったのに」
ご飯を盛った茶碗を渡すと、その人は言った。
「言いに行きました」
「聞いていませんよ」
「囲碁の本を読んでいらっしゃいました」
ムッとしたような顔でにらまれても、言ったのは事実なんだから平気。
私は味噌汁をすする。
「今度からはちゃんと、返事をするまでお願いします」
「分かりました」
そんなの、聞いてないのが悪いんじゃない。
食欲は止まらない。
一番に食べ終わると、さっさと席を立った。
「ごちそうさまでした」
夜になって、寝支度を調える。
いつものように離して敷いた布団の間に、衝立を立てた。
しばらくしてからやってきたその人は、眉をしかめる。
「一体、この衝立はいつまで立てておくものなのでしょうね」
「え? これは初めに、晋太郎さんが立てたものではなかったのですか?」
ふいにこの人は間に立てた衝立のギリギリにまで、自分の布団を寄せた。
「なにをしているのです?」
「別に。あなたの領域は侵していませんよ」
そこへごろりと横になる。
大きな一枚板の衝立だ。
襖絵をはめ込んだ木の枠に足が付いていて、絵の下には唐草模様の透かし彫りが入っている。
床からは五寸ほど浮いていた。
「こうすれば、お顔は見られますね」
「……。そうですね」
居心地の悪さに背を向ける。
これでは衝立を立てる意味がない。
見られながら寝るなんて、そんなのは絶対に無理だ。
ごそごそという衣ずれが、背中の向こうで聞こえる。
「……この家には、もう慣れたようですが、いかがですか?」
背を向けたままそれに答える。
「はい。慣れました」
「私には?」
振り返った。
晋太郎さんはまだこちらに背を向けていた。
「……。それなりに……」
「それはよかった。ずっと、嫌われているのだろうと思っていました」
その人は衝立の向こう側で、背を向けたまま話し出す。
「嫁入りの相手を自分で選べない以上、あなたには出来るだけ、不快な思いはさせまいと思っておりました。私が相手を選べないように、あなたも誰かを選ぶことができないからです」
秋口の夜はじっとりと暑くて、締めきったままの部屋には熱が籠もる。
「婚儀の席をめちゃくちゃにしたことも、まだ謝れていません。ですがあなたに、許してもらおうと思うてはいない自分も、一方でいるのです」
私は寝巻きの袖を、ぎゅっと握りしめる。
あの日のことは、ここではなかったことになっている。