「全く、困った子でごめんなさいねぇ」

ここは義母の部屋だ。

私のより少し広いくらいのお部屋で、比較的様々な道具がごちゃごちゃと置かれている。

その畳の中央に、山と盛られたまんじゅうの大皿があった。

その一つを義母は手に取る。

「ほら、あんたも遠慮無く食べなさい」

白い薄皮のあんまんじゅう。

芋と南瓜と栗、柏餅と草餅まである。

どこでこんなにたくさん買い込んできたのだろう。

「本当に、いつまで引きずってんのかしらねぇ~。まぁそりゃ、気持ちは分かりますよ。だけどねぇ。甘ったれてるだけなのよ。ホントはね」

一口かじったつぶあんの皮が、いつまでも口の中に残る。

もごもごとしたそれをゆっくりと飲み込んだ。

義母は火鉢の上にかけてあったやかんから、急須に移すことなく直接湯飲みに茶を注ぐ。

少しお行儀の悪いその行為にも、お祖母さまは平気な顔だ。

「あの子は珠代さんのことが、好きだったからねぇ」

「ちょっとお義母さん、志乃さんの前でそんなこと言わないでよ」

「珠代さまは、どのようなお方だったのですか?」

義母は次のまんじゅうに手を伸ばした。

「えぇ? いいわよ、そんなこと知らなくったって」

二つに割ったその片方を口に放り込むと、義母はずずっと音を立てて茶をあおった。

「なにせ初恋の人だったからねぇ」

「お義母さん!」

近所でも名高い恋の噂だった。

年上の女性に恋をして、熱心に通う晋太郎さんの話は、その頃まだ幼かった私の耳にも入ってきた。

「晋太郎さんはどのようなお方なのかと、兄に聞いたのです。この家に嫁ぐことが決まってから。兄は笑って、とてもお優しい、よいお方だと申しておりました」

晋太郎さんは勤め先で、兄の上役だ。

何度か話をしたこともあると言っていた。

嫁入りの話しとはまだ無縁だった頃の私は、見たことも話したこともない、その熱烈な恋物語の二人に憧れた。

「珠代さまは幼い頃から他に決まったお相手がいてねぇ……」

本人同士の意思で、結婚が決まることはない。

家の都合が全てだ。

「晋太郎は姉のように慕っていました。一緒になることは難しいと、本人も分かっていたはずなのに……」

珠代さまは嫁がれてすぐに、子供を産んで亡くなられた。

「嫁ぎ先のお産が元で亡くなるなんて、ご本人はさぞ悔しい思いをしたことだろうと……」

義母はため息をつくと、私の手に草餅をぽんとのせた。

「だからようやく、志乃さんが決まったときには、本当にありがたくって。感謝したのですよ」

その草餅を一口かじる。

それは微かにほろ苦い味がした。

「やめろというのに聞きゃあしない。嫁入り前の珠代さん家に押しかけてあーだこーだと。珠代さんも晋太郎には甘くってねぇ。あの子も頑固なところがあんのよ。全てが自分の思うがままにならなきゃ気に入らないとか。もうねぇ! なんだってあの人の……」

私はそんな話しを聞きながら、苦い草餅をかじる。

義母はコホンと咳払いをした。

「あの子にはね、前を向いてほしいの。悲しい気持ちは十分に分かるけど、いつまでもああやって塞ぎ込んでいるべきじゃない。でしょ? 本人も分かってはいるのよ。ただ意地になっているだけでね。実際あの子も……」

お義母さまの勢いは止まらない。

山盛りのまんじゅうは、もう半分になっていた。