部屋から出られなくて、ずっと引きこもっていた。

夕餉も食べに行けなかった。

後からこっそりお義母さまが食事を運んできてくれて、それはちゃんと食べたけど、膳はそのまま廊下に出しておいた。

夜になるのが怖かった。

この襖の向こうから現れるのが、もう今までと同じ人だとは思えない。

晋太郎さんの布団は普通に敷いて、私のはうんと遠くに離した隅っこに敷いた。

衝立は自分のすぐ脇に立てる。

布団に潜って震えながら時間を過ごしていても、その夜晋太郎さんが部屋に来ることはなかった。

あの人はまた、奥の部屋に閉じ籠もるようになってしまった。

夜も寝所へやってこない。

食事にも来ない。

お祖母さまが食事を運び、勤めに出る時は下男を伴い支度をさせ、さっさと出て行ってしまう。

いつ帰ってきたのかも気づかないくらい静かに戻ってきて、夜は独り奥の部屋で休む。

お義母さまに呼ばれた。

「晋太郎のことで、話があります」

義母の部屋で向かい合って座ると、お義母さまは深くため息をついた。

「晋太郎の噂は、ご存じですよね」

「……。はい」

「あの子はまだ、珠代さんのことを忘れられないでいるのです」

子供のいない坂本家には、跡取りが必要だ。

晋太郎さんは一人子。

健康で若い嫁をというのが、この家の望みだった。

父親同士が知り合いだった縁もあり、私はこの家に嫁ぐことになった。

「晋太郎のことで困ったことがあれば、すぐに相談してください。どんなことでも話は聞きます。ですがあなたも、努力は怠らぬようお願いします」

「はい……」

望まれて嫁に来た、望まれない妻だという覚悟はしてきた。

だから大丈夫。

こんな事情でもなければ、私がこれほど格上の家に嫁げることなんてありえない。

誰の目からみても、破格の良縁だった。

反対だなんて、出来るわけがない。

分かってる。

私がしっかりしないといけないってこと。

義母に言われて、盆に載せた茶菓子とともに奥へ向かう。

話はつけてきたから、仲直りをしてこいとの仰せだ。

「失礼します」

北の間の引き戸を開ける。

返事はない。

見るとその人は、静かに庭を眺めていた。

この部屋は晋太郎さんの中にある珠代さまとの思い出を、大切に守っている場所だったのだ。

私の抜いた草は、その大切な思い出の花の芽だったのだ。

その芽は今やびっしりと顔を出し、細く柔らかな茎と葉を、懸命に空へ向かい伸ばしている。

「ずいぶんと芽が伸びましたね」

「このままにしておいてください」

盆を置き差し出す。

湯気だけがゆっくりと立ち上った。

「庭の世話に関しては、全て私がやります」

「申し訳ございませんでした」

両手の指先をきっちりとそろえて前につき、丁寧に頭を下げる。

額を床につけたまま、じっとその人の言葉を待った。

「……飲んだら、自分で運んでおきます。あなたはもう戻りなさい」

恐る恐る頭を上げても、まだじっと庭を向いたままだった。

その横顔を見つめる。

ピクリとも動かないその姿に、私は立ち上がった。

日の当たる、暖かな廊下を戻る。

ふわりと舞い込んだそよ風は、確実に春の空気を運んでいるのに、床板の冷たさだけは変わらない。

足は鉛のように重かった。

「ちょっと志乃さん。こっちにいらっしゃい」

障子が開いて、お義母さまが手招きをしている。

部屋に入ると、お祖母さまも一緒に座っていた。