静かに暮らしたい。そう思っていた。
孤独で、不器用で、人とうまく関わることができない。
自慢できるようなことだって、何一つだってない。
そのくせ失うのが怖くて、自分がいつも一番大事。
欠陥だらけで、歪んでいて、ちっぽけな存在。
それが僕だった。
学校でも、どこでも、人と馴染めない自分に気がついた。
もともと馴染む気もないけど。
今更、他人と深く関わることなんて無い。
不必要な慣れ合いは必ず軋轢を生む。
もう、何一つだって失いたくない。ただそれだけなんだ。
無理して溶け込もうとせず、静かに暮らせればそれでいい。
ただ過ぎ去っていく目の前の光景をぼーっと眺めながら、そんなことを考えていた。
だが、彼女は違った。
そう、日向佳乃だ。
「へー駅前にそんな場所あるんだ! 今度行ってみようかな」
昼休み。
教室で一人静かに教科書を開いてパラパラ捲っていると、日向さんの明るい声が耳に飛び込んできた。
教室の一角に形成された、賑やかな人だかり。
その中心に彼女がいた。
クラスでもひときわ目を引く存在で、親し気に周囲と談笑している。
日向さんはこのクラスでの確かな地位を確立していた。
改めて観察してみると、彼女はいつも笑顔だった。
突然クラスメイトから話しかけられたり、授業中に先生から話題を振られたときでも、まるで百戦錬磨のアイドルのようにサラリと上手に返してみせた。
親しみやすく明るい態度で、そのうえ誰彼も垣根なく平等に接する日向さんの人柄は、クラスメイトたちから喜びと共に受け入れられているようだった。
休み時間になると、クラスメイトたちはまるで習慣づけられた忠犬のように決まって彼女を取り囲んでグループを形成し、プロ野球の試合後のインタビューさながらに大質問会を開催していた。
「......いいな、人気者は」
クラスメイトたちの興味の大半は彼女に向いている。
彼女を取り囲む同級生たちからは、ある種の信頼や憧憬の念さえ感じられる。
例えるなら、そう、まるで彼女は太陽のようだ。
それ自体が圧倒的な輝きを持っている。
他の生徒たちは恒星や衛星のように、その周りをただ回るだけ。
その巨大な重力は見る者を引き付けて離さず、しかし一方でその熱量は誰も直接触れることを許されない。
中庭での一件みたいな偶然こそあれど、僕みたいな暗い人間とは一生縁が無い存在だな。
こんなエネルギッシュなキャラクターの女の子、僕とは正反対の存在だ。
そう、正反対。
光を発することもできずに、暗い宇宙空間でずっと一人で生きてきた、僕とは。
◆
夏休み終わりに行われた実力テストの結果が、職員室前に大々的に張り出されていた。
今どき、個人情報保護の観点からテスト結果の掲示は取り止めているところが多いそうだけど、そういった風潮は我が校にはどこ吹く風らしい。
一度、校長が朝礼で「あえてお互いの立ち位置を知ることで競争心をうんたら〜」と話していたのを覚えている。
どうせなら、人間としての価値のランキングでも貼り出して欲しい。
きっと僕が最下位で、日向さんみたいな人間が一位になるだろう。
べつに誰と比べるわけでもないけど、テストの出来を確認するためにも、なんの気無しにテストの結果を眺めていると、
「染谷君って、頭良いんだね!」
青い空に響く鐘のような、綺麗なソプラノが耳に届く。
声の主は眩しい笑顔を浮かべながら、僕の隣へ並ぶようにやってきた。
「あ、えっと、そうでもないですけど」
「なんで敬語!」
耳をくすぐるような、快活な笑い声。
その眩しいくらいの明るさに、僕はどうにも答えに窮した。
「私もわりと自信あったんだけどなー。ほら、今回は総合十位だ」
彼女が指をさした先には、日向佳乃の名前があった。
「そっか、すごいね」
「もー嫌味? 染谷君の順位は……」
日向さんはつーっと列に沿って指を上下させる。
「二位じゃん! えー、すごい!」
「……たまたまだよ」
何故か自分のことのように騒ぐ日向さんを横目に、なんとか嫌味に聞こえないよう気を遣う。
本当に、たいしたことじゃない。
学校の定期テストなんて、指定された範囲をいかに効率よく覚えるかの暗記ゲームだ。
特に、三年生にもなると大学受験に使う科目を絞って、自分が受験に使わない科目は捨てる人も多いから、学校の定期テストがイコール偏差値には繋がらなくなる。
「私より良いじゃん! なんで授業中とか、もっと発言しないの? 分かってるんでしょ」
「目立つの、嫌いだから」
僕のネガティブな返答に、不思議そうな表情で首を傾げる日向さん。
彼女には、僕みたいな暗い人間の考えは理解できないらしい。
「っていうか、顔覚えるの苦手って言ってたけど、記憶力いいはずでしょ!」
「勉強とは、違うから」
この言葉に嘘はなかった。
僕は人の顔を覚えることはできない。
ただそれだけなんだ。
「でも、勉強好きなんだ?」
「いや、文字の方が好きなんだ……人間より」
学校の勉強は良い。
ただ、文字や数列を追っていれば答えに辿り着ける。
不確定な要素は排除され、たしかな前提のもとにしか話は進まない。
単語や文法は嘘をつかない。
難易度でいえば、人間の表情を読み取るよりもずっと、僕には優しいことに感じられる。
テストの順位表を眺めながら、友達の名前を見つけては「うわー」とか「えー」とか声を上げている日向さんを眺めていると、僕はあることに気がついた。
「ーーそのリボン」
僕は、日向さんの胸元にぶら下がっている、リボンを指さした。
学校指定の女子の制服には、無地で灰色のリボンの着用が義務付けられている。
しかし、彼女の制服のリボンには、端から中央にかけて青い線が数本走るように縫われていた。
まるで流れ星のようなデザインだ。
「うん? ああ、ほつれちゃったことがあって、ちょっとアレンジして直したの。素敵でしょ?」
ふふんと鼻息を荒くしながら、自慢するようにリボンを見せる日向さん。
「自分でやったの?」
「そう、お母さんに習って、刺繍してみたんだ」
「そっか、すごいね」
僕はその刺繍をじーっと眺めた。
校則違反で彼女が怒られなければいいけど。
でも、日向さんならそんな場面も明るく笑って切り抜けるんだろうな。
「ーーねぇ、今日の放課後ヒマ?」
まるで内緒話をするように、口に手を当てて日向さんが言った。
「べつに、何もないけど……」
何故そんなことを聞くのだろう。
まあ、放課後に用事があった試しなんてないけど。
「この前、言ったでしょ。夢の正体を探すのを手伝って」
彼女はイタズラを企む子供のように、ニヤリと目を細めて笑った。
◆
放課後、教室を出て下駄箱に向かう途中、いきなり誰かに鞄を掴まれた。
一瞬、不良にでも絡まれたかと思って心臓が跳ねそうになったけど、どうやら違った。
振り返ってみると、僕より頭ひとつ背の低い女子生徒が、息を少し切らしながら僕の鞄を掴んでいた。
灰色のリボンに青い流星の刺繍、日向さんだ。
「なんで帰るの」
「えっと……」
「約束したでしょ! さ、行きましょ」
なんと返したものか、返答に困っていると、日向さんはその華奢な手で僕の腕を掴んだ。
直に触れる肌から、こそばゆい感覚が伝わる。
彼女のその手は、九月の息苦しい残暑の季節には不釣り合いなほど冷たく感じた。
「ちょっと……」
これからどこに行くのか、何をするつもりなのか。
質問も弁明をする暇もなく、そのまま引きづられるように歩いていく。
彼女の揺れる後頭部を背後から眺めながら歩き続け、気がつくと、僕たちは図書室へたどり着いた。
「さ、入りましょう」
「いいけどさ……」
放課後の図書室は随分と静かで、人気はほとんどなかった。
教室よりはずっと広い図書室内を見渡しても、一人で座って勉強なり読書をしている生徒が片手に数えられる程度で、閑静な雰囲気が保たれていた。
「それで、これから何をするの」
図書室の窓から校庭が見える。
遠くから聞こえてくる運動部の掛け声が、まるで別の世界の出来事かのように思えた。
「言ったでしょ、夢の正体を探りたいの。手伝って」
「力になれるか、分からないよ」
そのまま日向さんに促されるがまま、二人で席についた。
今まで関わりがなかったから知らなかったけど、彼女は明るい性格であると同時に、かなり強引で積極的な性格でもあるようだ。
「まずは、宇宙ロケットに乗る方法を調べましょう」
「……夢占いじゃなくていいの?」
僕は意味がよく分からず、眉をひそめた。
夢の正体を探ると言われると、まず浮かんだのが夢占いだ。
落ちる夢は吉兆だとか、同じ夢を何度も見るのはトラウマが原因だとか、どこかで聞いたことがある。
もちろん、詳しくは知らないけど。
「占いは嫌いなの、私。運命は自分で切り開くものだから」
「……そうですか」
何故か胸を張って、自信ありげに答える日向さん。
まるで少年漫画の主人公みたいな物言いだ。
彼女くらい自分に自信があれば、そんなセリフも堂々と口にできるのだろう。
「でも、宇宙ロケットに乗る方法なんて、どんな本に書いてあるのかな?」
「……図書館に来ておいてなんだけど、調べるならスマホでいいんじゃない?」
宇宙ロケットや宇宙工学について、本当に詳しいことが知りたいなら書籍の方がいいかもしれないけど、まず手始めに調べるならインターネットの検索機能で事足りるだろう。
ただ、他の生徒がいる教室で二人きりで話していれば、周囲から好奇の目で見られること間違いなしだ。
その点、静かな図書館に来れたのは僕としては有難いけど。余計な気を使わなくて済む。
「……たしかに!」
僕の指摘に、日向さんはポンと手を鳴らす。
一見、彼女は溌剌として聡明そうに見えるけど、少し抜けたところもあるみたいだ。
「やっぱり頭良いね!」
「そんなことないよ」
日向さんはやたら僕を持ち上げようとしてくるが、本当に過大評価だ。むしろこちらが萎縮してしまう。
こうして相手に自信を持たせるような会話が、誰とでも仲良くするコツなのだろうか。
「調べてみようか」
「どれどれ」
僕がスマホを取り出して検索画面を開くと、彼女はずいっと体を近づけて覗き込んできた。顔が近い。
手を伸ばせば簡単に触れられそうな距離に、クラス一の美少女が座っている。
それは地味な男子高校生の冷静さを奪うには、十分過ぎる非日常感だった。
僕は物理的距離の近さにどぎまぎとしながら、その内心を悟られないように必死で気持ちを落ち着かせる。
「……そもそもの確認だけど、宇宙ロケットに乗って地球を見下ろす夢を見たから、日向さんは宇宙に行って同じ景色を見たいってこと?」
「うーん、それもあるかな? もしパイロットになって宇宙に行けたら、それは予知夢ってことになるよね」
「なるのかな……」
よく分からない理屈だ。
彼女はいったいどこまで本気で考えているのだろう。
検索サイトで「宇宙」と打った段階で、まず「行き方」と検索候補が出てきた。
日向さん以外にも宇宙へ行こうとする酔狂な人間が一定数はいるらしい。
適当なホームページを開いて、画面を読み進めていく。
厳しい選考と、長い訓練を経て、宇宙飛行士になる、という項目が目に入った。
しかし、日向さんはお気に召さないようで、即座に却下された。
理由は、
「私は今すぐ行きたいの!」
とのことだった。
一瞬、ある種の天才感がある日向さんなら、将来あるいは宇宙飛行士にさえもなってしまうかもしれないと思ったが、今すぐとなると流石に時間が足りなさそうだ。
幾つか候補があるようだったが、調べる限り最も現実的な方法はジェット機で大気圏まで上昇し、数秒間の無情力を味わえるという旅行プランだった。
だけど、馬鹿みたいに値段が高い。
一瞬無情力を感じるだけでも数千万円のお金がかかるらしい。世知辛い世の中だ。
どれだけの成功を収めれば、そんな贅沢な娯楽を体験する余裕が生まれるのだろうか。
一通り調べ終わった後、思わずため息をつく。
現実的な方法はほとんどなかった。それはそうか。
宇宙に行くなんて、選ばれた人間の、選ばれた機会でしかあり得ないことなんだから。
「お金さえあれば、この無重力体験はできそうだけどね」
「じゃあそれに連れてって!」
「無理ですね……」
放課後の図書館に、日向さんの明朗な声が響く。
期待に満ちた笑顔を浮かべているところ悪いけど、僕にはそんな経済的余裕はない。
「じゃあ、宇宙ロケットの発射直前に忍び込むっていうのは?」
「ルパンですらそんなことは出来ないよ」
その非現実的な提案に、僕は呆れた表情で日向さんの顔を見る。
でも、彼女はまるで意に介していないように、うんうんと頭を捻っている様子だった。
しばらく二人で考えた後、日向さんは大きく伸びをしながら、「あーあ」と息を漏らした。
「なにか宇宙に行く手っ取り早い方法はないかなー」
「......分からないよ」
僕はため息を吐くように、ポツリと呟いた。
分からないことだらけだ。僕には。
「頑張って将来宇宙飛行士にでもなればいい。日本人飛行士が宇宙に行ったとか、たまにニュースでやってるじゃないか」
「ーーそんな時間は私にはないよ」
彼女は机に肘を乗せて身体を持たれかけながら笑った。
宇宙に行けないって話をしてるのに、なんで嬉しそうに笑うんだ。
まるで彼女は、僕と会話をしているこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
きっと、僕の勘違いだけど。
「時間がないっていうけど、時間ならあるでしょ。そりゃ宇宙飛行士を目指そうと思ったら、十年二十年は掛かるだろうけど、本気なら……」
「うーんそういう意味じゃないんだけど……」
日向さんは頬を指で掻きながら、困ったように笑う。
将来は他にやりたい仕事や目標でも決まっているのだろうか。
「見るだけじゃダメなの? ほら、映像を探したりとか、天体観測するとか......」
僕は半ば投げやりになって提案する。
見るだけ、それが一番手っ取り早くて楽だ。それにそこそこ楽しめる。
実際、僕は天体観測が好きだった。
子供の時に天文台に初めて行った以来、宇宙や夜空に浮かぶ星に興味を持つようになった。
僕が小さい頃の、両親と一緒に出掛けた数少ない記憶。
彼女は僕の提案に、口をへの字にしてこちらを眺めた後、やれやれとため息をつきながら首を振った。
あからさまな態度に少し腹が立つ。
「あのね、見るだけならいつでもできるでしょ? 行くことに意義があるんだよ。それともあれかい、君は星空を眺めて満足するロマン チストに成り下がってしまったのかい」
「......」
なんだその喋り方は。
こちらこそ、ため息をつきたくなる気分だが、確かに彼女の言うことも一理ある。
ただ星空を見るだけなら、彼女はわざわざ僕のような関わりのない人間を巻き込むことはしなかっただろう。
「星空を眺めることがロマンチックだって言うなら、それこそ男前な奴を選んで連れていけばいい。君なら引く手は数多だろ」
彼女の周りには、自分に自信のある堂々とした人間が沢山いるはずだ。
そういう人種は得てして容姿も優れていることが多い。
僕の発言に、彼女は不機嫌そうに口をすぼめた。
「......君はなんでそんなことを言うかな」
あれ、名案だと思ったんだけど。
彼女が機嫌を損ねた理由はよく分からないが、僕は失礼なことを口にしていたらしい。
たしかに、少し無遠慮な物言いだったかもしれない。反省。
その後、日向さんはしばらく不機嫌なままだった。
年頃の女子の気分というのは、春の天気のように変わりやすいものらしい。そう思った。
◆
図書館を出た僕らは、何故か帰途を共にすることになった。
僕は全力で遠慮しようとしたが、日向さんが不思議なほど熱心に一緒に帰りたがったので、渋々受け入れた。
まだ話すようになってから一日しか経っていないというのに、彼女の考えは謎そのものだった。
こんなつまらない地味な人間と帰り道を共にしたって、そんな時間は退屈そのものだろう。
図書館で過ごしているうちに、気がつけば陽も傾き始めていた。
僕らの歩くアスファルトには、夕焼け空に照らされた二人分の影がゆらりと伸びていた。
「塾とかは行ってないの?」
「うん、行ってないよ」
「行ってないのにあんなに順位高いんだねー」
日向さんは感心したように声を漏らす。
「部活は?」
「……中高ずっと帰宅部だよ」
「そっかー珍しいね」
「君こそ、部活はいいの?」
「もう夏の大会で引退したからねー」
たしか、日向さんは陸上部だった気がする。
全校集会で、県大会に出場する生徒の壮行会みたいなよく分からない催しがあって、その時に名前を呼ばれていた気がする。
県大会に出場するくらいなのだから、選手としても結構すごいのだろう。知らないけど。
「部活も、勉強も、今はいいんだ」
「……」
日向さんは、夕焼け空を見上げながら、眩しそうに目を細めた。
僕のような厭世的な人間が言うならまだしも、彼女のようなクラスの主役みたいな人間が口にするには、似合わないセリフだ。
部活も勉強も、一般的な学生からしたら超重要事項だろう。
「ーー今は夢の正体が知りたい。それだけなの」
彼女は両手で筒のような形を作って、望遠鏡のように目に当てて夕焼け空を眺めた。
僕は隣を歩きながら、足元に伸びた影を見つめていた。
「いくら目を凝らしたところで、宇宙にはいけないよ」
「あら、分からないよ。UFOがやってきて連れ去ってくれるかもしれないじゃない」
「随分と電波なことを言うんだね」
「もし宇宙ロケットがダメだったら、最悪UFOでも良しとする」
「宇宙人に連れ去られて、呑気に宇宙旅行を楽しませてくれるとは思わないけど......改造手術されたりしちゃうかもよ」
「どんとこいよ」
日向さんは、何故か嬉しそうに胸を軽く叩く。
「......ありえない話は止めよう」
「ロマンがあっていいじゃない。夢があるわ」
「そういう都市伝説みたいなの好きなんだ、意外だな」
「ワクワクすることは好きなの。ただ常識に流されるのはつまらないから」
流されるがまま、まったく自分の足で歩むことを辞めてしまった僕からすれば、眩しいようなセリフだ。
「......僕は常識の枠から外れない方がいいと思うけど」
「いくら常識を守っても、常識は君を守ってはくれないよ」
嫌な格言だ。
でも、わりと正鵠を得ているといえなくもない。
僕はどうにも胸が掻き立てられるような不安を感じて、気を紛らわせるためにテキトーな話題を探す。
「そ、そうだ。宇宙ロケットは無理でも、ペットボトルロケットなら作れるんじゃない?」
「......なにそれ」
僕のその場しのぎのいい加減な提案に、彼女は驚いたように目を丸くした。
「おもしろそう」
孤独で、不器用で、人とうまく関わることができない。
自慢できるようなことだって、何一つだってない。
そのくせ失うのが怖くて、自分がいつも一番大事。
欠陥だらけで、歪んでいて、ちっぽけな存在。
それが僕だった。
学校でも、どこでも、人と馴染めない自分に気がついた。
もともと馴染む気もないけど。
今更、他人と深く関わることなんて無い。
不必要な慣れ合いは必ず軋轢を生む。
もう、何一つだって失いたくない。ただそれだけなんだ。
無理して溶け込もうとせず、静かに暮らせればそれでいい。
ただ過ぎ去っていく目の前の光景をぼーっと眺めながら、そんなことを考えていた。
だが、彼女は違った。
そう、日向佳乃だ。
「へー駅前にそんな場所あるんだ! 今度行ってみようかな」
昼休み。
教室で一人静かに教科書を開いてパラパラ捲っていると、日向さんの明るい声が耳に飛び込んできた。
教室の一角に形成された、賑やかな人だかり。
その中心に彼女がいた。
クラスでもひときわ目を引く存在で、親し気に周囲と談笑している。
日向さんはこのクラスでの確かな地位を確立していた。
改めて観察してみると、彼女はいつも笑顔だった。
突然クラスメイトから話しかけられたり、授業中に先生から話題を振られたときでも、まるで百戦錬磨のアイドルのようにサラリと上手に返してみせた。
親しみやすく明るい態度で、そのうえ誰彼も垣根なく平等に接する日向さんの人柄は、クラスメイトたちから喜びと共に受け入れられているようだった。
休み時間になると、クラスメイトたちはまるで習慣づけられた忠犬のように決まって彼女を取り囲んでグループを形成し、プロ野球の試合後のインタビューさながらに大質問会を開催していた。
「......いいな、人気者は」
クラスメイトたちの興味の大半は彼女に向いている。
彼女を取り囲む同級生たちからは、ある種の信頼や憧憬の念さえ感じられる。
例えるなら、そう、まるで彼女は太陽のようだ。
それ自体が圧倒的な輝きを持っている。
他の生徒たちは恒星や衛星のように、その周りをただ回るだけ。
その巨大な重力は見る者を引き付けて離さず、しかし一方でその熱量は誰も直接触れることを許されない。
中庭での一件みたいな偶然こそあれど、僕みたいな暗い人間とは一生縁が無い存在だな。
こんなエネルギッシュなキャラクターの女の子、僕とは正反対の存在だ。
そう、正反対。
光を発することもできずに、暗い宇宙空間でずっと一人で生きてきた、僕とは。
◆
夏休み終わりに行われた実力テストの結果が、職員室前に大々的に張り出されていた。
今どき、個人情報保護の観点からテスト結果の掲示は取り止めているところが多いそうだけど、そういった風潮は我が校にはどこ吹く風らしい。
一度、校長が朝礼で「あえてお互いの立ち位置を知ることで競争心をうんたら〜」と話していたのを覚えている。
どうせなら、人間としての価値のランキングでも貼り出して欲しい。
きっと僕が最下位で、日向さんみたいな人間が一位になるだろう。
べつに誰と比べるわけでもないけど、テストの出来を確認するためにも、なんの気無しにテストの結果を眺めていると、
「染谷君って、頭良いんだね!」
青い空に響く鐘のような、綺麗なソプラノが耳に届く。
声の主は眩しい笑顔を浮かべながら、僕の隣へ並ぶようにやってきた。
「あ、えっと、そうでもないですけど」
「なんで敬語!」
耳をくすぐるような、快活な笑い声。
その眩しいくらいの明るさに、僕はどうにも答えに窮した。
「私もわりと自信あったんだけどなー。ほら、今回は総合十位だ」
彼女が指をさした先には、日向佳乃の名前があった。
「そっか、すごいね」
「もー嫌味? 染谷君の順位は……」
日向さんはつーっと列に沿って指を上下させる。
「二位じゃん! えー、すごい!」
「……たまたまだよ」
何故か自分のことのように騒ぐ日向さんを横目に、なんとか嫌味に聞こえないよう気を遣う。
本当に、たいしたことじゃない。
学校の定期テストなんて、指定された範囲をいかに効率よく覚えるかの暗記ゲームだ。
特に、三年生にもなると大学受験に使う科目を絞って、自分が受験に使わない科目は捨てる人も多いから、学校の定期テストがイコール偏差値には繋がらなくなる。
「私より良いじゃん! なんで授業中とか、もっと発言しないの? 分かってるんでしょ」
「目立つの、嫌いだから」
僕のネガティブな返答に、不思議そうな表情で首を傾げる日向さん。
彼女には、僕みたいな暗い人間の考えは理解できないらしい。
「っていうか、顔覚えるの苦手って言ってたけど、記憶力いいはずでしょ!」
「勉強とは、違うから」
この言葉に嘘はなかった。
僕は人の顔を覚えることはできない。
ただそれだけなんだ。
「でも、勉強好きなんだ?」
「いや、文字の方が好きなんだ……人間より」
学校の勉強は良い。
ただ、文字や数列を追っていれば答えに辿り着ける。
不確定な要素は排除され、たしかな前提のもとにしか話は進まない。
単語や文法は嘘をつかない。
難易度でいえば、人間の表情を読み取るよりもずっと、僕には優しいことに感じられる。
テストの順位表を眺めながら、友達の名前を見つけては「うわー」とか「えー」とか声を上げている日向さんを眺めていると、僕はあることに気がついた。
「ーーそのリボン」
僕は、日向さんの胸元にぶら下がっている、リボンを指さした。
学校指定の女子の制服には、無地で灰色のリボンの着用が義務付けられている。
しかし、彼女の制服のリボンには、端から中央にかけて青い線が数本走るように縫われていた。
まるで流れ星のようなデザインだ。
「うん? ああ、ほつれちゃったことがあって、ちょっとアレンジして直したの。素敵でしょ?」
ふふんと鼻息を荒くしながら、自慢するようにリボンを見せる日向さん。
「自分でやったの?」
「そう、お母さんに習って、刺繍してみたんだ」
「そっか、すごいね」
僕はその刺繍をじーっと眺めた。
校則違反で彼女が怒られなければいいけど。
でも、日向さんならそんな場面も明るく笑って切り抜けるんだろうな。
「ーーねぇ、今日の放課後ヒマ?」
まるで内緒話をするように、口に手を当てて日向さんが言った。
「べつに、何もないけど……」
何故そんなことを聞くのだろう。
まあ、放課後に用事があった試しなんてないけど。
「この前、言ったでしょ。夢の正体を探すのを手伝って」
彼女はイタズラを企む子供のように、ニヤリと目を細めて笑った。
◆
放課後、教室を出て下駄箱に向かう途中、いきなり誰かに鞄を掴まれた。
一瞬、不良にでも絡まれたかと思って心臓が跳ねそうになったけど、どうやら違った。
振り返ってみると、僕より頭ひとつ背の低い女子生徒が、息を少し切らしながら僕の鞄を掴んでいた。
灰色のリボンに青い流星の刺繍、日向さんだ。
「なんで帰るの」
「えっと……」
「約束したでしょ! さ、行きましょ」
なんと返したものか、返答に困っていると、日向さんはその華奢な手で僕の腕を掴んだ。
直に触れる肌から、こそばゆい感覚が伝わる。
彼女のその手は、九月の息苦しい残暑の季節には不釣り合いなほど冷たく感じた。
「ちょっと……」
これからどこに行くのか、何をするつもりなのか。
質問も弁明をする暇もなく、そのまま引きづられるように歩いていく。
彼女の揺れる後頭部を背後から眺めながら歩き続け、気がつくと、僕たちは図書室へたどり着いた。
「さ、入りましょう」
「いいけどさ……」
放課後の図書室は随分と静かで、人気はほとんどなかった。
教室よりはずっと広い図書室内を見渡しても、一人で座って勉強なり読書をしている生徒が片手に数えられる程度で、閑静な雰囲気が保たれていた。
「それで、これから何をするの」
図書室の窓から校庭が見える。
遠くから聞こえてくる運動部の掛け声が、まるで別の世界の出来事かのように思えた。
「言ったでしょ、夢の正体を探りたいの。手伝って」
「力になれるか、分からないよ」
そのまま日向さんに促されるがまま、二人で席についた。
今まで関わりがなかったから知らなかったけど、彼女は明るい性格であると同時に、かなり強引で積極的な性格でもあるようだ。
「まずは、宇宙ロケットに乗る方法を調べましょう」
「……夢占いじゃなくていいの?」
僕は意味がよく分からず、眉をひそめた。
夢の正体を探ると言われると、まず浮かんだのが夢占いだ。
落ちる夢は吉兆だとか、同じ夢を何度も見るのはトラウマが原因だとか、どこかで聞いたことがある。
もちろん、詳しくは知らないけど。
「占いは嫌いなの、私。運命は自分で切り開くものだから」
「……そうですか」
何故か胸を張って、自信ありげに答える日向さん。
まるで少年漫画の主人公みたいな物言いだ。
彼女くらい自分に自信があれば、そんなセリフも堂々と口にできるのだろう。
「でも、宇宙ロケットに乗る方法なんて、どんな本に書いてあるのかな?」
「……図書館に来ておいてなんだけど、調べるならスマホでいいんじゃない?」
宇宙ロケットや宇宙工学について、本当に詳しいことが知りたいなら書籍の方がいいかもしれないけど、まず手始めに調べるならインターネットの検索機能で事足りるだろう。
ただ、他の生徒がいる教室で二人きりで話していれば、周囲から好奇の目で見られること間違いなしだ。
その点、静かな図書館に来れたのは僕としては有難いけど。余計な気を使わなくて済む。
「……たしかに!」
僕の指摘に、日向さんはポンと手を鳴らす。
一見、彼女は溌剌として聡明そうに見えるけど、少し抜けたところもあるみたいだ。
「やっぱり頭良いね!」
「そんなことないよ」
日向さんはやたら僕を持ち上げようとしてくるが、本当に過大評価だ。むしろこちらが萎縮してしまう。
こうして相手に自信を持たせるような会話が、誰とでも仲良くするコツなのだろうか。
「調べてみようか」
「どれどれ」
僕がスマホを取り出して検索画面を開くと、彼女はずいっと体を近づけて覗き込んできた。顔が近い。
手を伸ばせば簡単に触れられそうな距離に、クラス一の美少女が座っている。
それは地味な男子高校生の冷静さを奪うには、十分過ぎる非日常感だった。
僕は物理的距離の近さにどぎまぎとしながら、その内心を悟られないように必死で気持ちを落ち着かせる。
「……そもそもの確認だけど、宇宙ロケットに乗って地球を見下ろす夢を見たから、日向さんは宇宙に行って同じ景色を見たいってこと?」
「うーん、それもあるかな? もしパイロットになって宇宙に行けたら、それは予知夢ってことになるよね」
「なるのかな……」
よく分からない理屈だ。
彼女はいったいどこまで本気で考えているのだろう。
検索サイトで「宇宙」と打った段階で、まず「行き方」と検索候補が出てきた。
日向さん以外にも宇宙へ行こうとする酔狂な人間が一定数はいるらしい。
適当なホームページを開いて、画面を読み進めていく。
厳しい選考と、長い訓練を経て、宇宙飛行士になる、という項目が目に入った。
しかし、日向さんはお気に召さないようで、即座に却下された。
理由は、
「私は今すぐ行きたいの!」
とのことだった。
一瞬、ある種の天才感がある日向さんなら、将来あるいは宇宙飛行士にさえもなってしまうかもしれないと思ったが、今すぐとなると流石に時間が足りなさそうだ。
幾つか候補があるようだったが、調べる限り最も現実的な方法はジェット機で大気圏まで上昇し、数秒間の無情力を味わえるという旅行プランだった。
だけど、馬鹿みたいに値段が高い。
一瞬無情力を感じるだけでも数千万円のお金がかかるらしい。世知辛い世の中だ。
どれだけの成功を収めれば、そんな贅沢な娯楽を体験する余裕が生まれるのだろうか。
一通り調べ終わった後、思わずため息をつく。
現実的な方法はほとんどなかった。それはそうか。
宇宙に行くなんて、選ばれた人間の、選ばれた機会でしかあり得ないことなんだから。
「お金さえあれば、この無重力体験はできそうだけどね」
「じゃあそれに連れてって!」
「無理ですね……」
放課後の図書館に、日向さんの明朗な声が響く。
期待に満ちた笑顔を浮かべているところ悪いけど、僕にはそんな経済的余裕はない。
「じゃあ、宇宙ロケットの発射直前に忍び込むっていうのは?」
「ルパンですらそんなことは出来ないよ」
その非現実的な提案に、僕は呆れた表情で日向さんの顔を見る。
でも、彼女はまるで意に介していないように、うんうんと頭を捻っている様子だった。
しばらく二人で考えた後、日向さんは大きく伸びをしながら、「あーあ」と息を漏らした。
「なにか宇宙に行く手っ取り早い方法はないかなー」
「......分からないよ」
僕はため息を吐くように、ポツリと呟いた。
分からないことだらけだ。僕には。
「頑張って将来宇宙飛行士にでもなればいい。日本人飛行士が宇宙に行ったとか、たまにニュースでやってるじゃないか」
「ーーそんな時間は私にはないよ」
彼女は机に肘を乗せて身体を持たれかけながら笑った。
宇宙に行けないって話をしてるのに、なんで嬉しそうに笑うんだ。
まるで彼女は、僕と会話をしているこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
きっと、僕の勘違いだけど。
「時間がないっていうけど、時間ならあるでしょ。そりゃ宇宙飛行士を目指そうと思ったら、十年二十年は掛かるだろうけど、本気なら……」
「うーんそういう意味じゃないんだけど……」
日向さんは頬を指で掻きながら、困ったように笑う。
将来は他にやりたい仕事や目標でも決まっているのだろうか。
「見るだけじゃダメなの? ほら、映像を探したりとか、天体観測するとか......」
僕は半ば投げやりになって提案する。
見るだけ、それが一番手っ取り早くて楽だ。それにそこそこ楽しめる。
実際、僕は天体観測が好きだった。
子供の時に天文台に初めて行った以来、宇宙や夜空に浮かぶ星に興味を持つようになった。
僕が小さい頃の、両親と一緒に出掛けた数少ない記憶。
彼女は僕の提案に、口をへの字にしてこちらを眺めた後、やれやれとため息をつきながら首を振った。
あからさまな態度に少し腹が立つ。
「あのね、見るだけならいつでもできるでしょ? 行くことに意義があるんだよ。それともあれかい、君は星空を眺めて満足するロマン チストに成り下がってしまったのかい」
「......」
なんだその喋り方は。
こちらこそ、ため息をつきたくなる気分だが、確かに彼女の言うことも一理ある。
ただ星空を見るだけなら、彼女はわざわざ僕のような関わりのない人間を巻き込むことはしなかっただろう。
「星空を眺めることがロマンチックだって言うなら、それこそ男前な奴を選んで連れていけばいい。君なら引く手は数多だろ」
彼女の周りには、自分に自信のある堂々とした人間が沢山いるはずだ。
そういう人種は得てして容姿も優れていることが多い。
僕の発言に、彼女は不機嫌そうに口をすぼめた。
「......君はなんでそんなことを言うかな」
あれ、名案だと思ったんだけど。
彼女が機嫌を損ねた理由はよく分からないが、僕は失礼なことを口にしていたらしい。
たしかに、少し無遠慮な物言いだったかもしれない。反省。
その後、日向さんはしばらく不機嫌なままだった。
年頃の女子の気分というのは、春の天気のように変わりやすいものらしい。そう思った。
◆
図書館を出た僕らは、何故か帰途を共にすることになった。
僕は全力で遠慮しようとしたが、日向さんが不思議なほど熱心に一緒に帰りたがったので、渋々受け入れた。
まだ話すようになってから一日しか経っていないというのに、彼女の考えは謎そのものだった。
こんなつまらない地味な人間と帰り道を共にしたって、そんな時間は退屈そのものだろう。
図書館で過ごしているうちに、気がつけば陽も傾き始めていた。
僕らの歩くアスファルトには、夕焼け空に照らされた二人分の影がゆらりと伸びていた。
「塾とかは行ってないの?」
「うん、行ってないよ」
「行ってないのにあんなに順位高いんだねー」
日向さんは感心したように声を漏らす。
「部活は?」
「……中高ずっと帰宅部だよ」
「そっかー珍しいね」
「君こそ、部活はいいの?」
「もう夏の大会で引退したからねー」
たしか、日向さんは陸上部だった気がする。
全校集会で、県大会に出場する生徒の壮行会みたいなよく分からない催しがあって、その時に名前を呼ばれていた気がする。
県大会に出場するくらいなのだから、選手としても結構すごいのだろう。知らないけど。
「部活も、勉強も、今はいいんだ」
「……」
日向さんは、夕焼け空を見上げながら、眩しそうに目を細めた。
僕のような厭世的な人間が言うならまだしも、彼女のようなクラスの主役みたいな人間が口にするには、似合わないセリフだ。
部活も勉強も、一般的な学生からしたら超重要事項だろう。
「ーー今は夢の正体が知りたい。それだけなの」
彼女は両手で筒のような形を作って、望遠鏡のように目に当てて夕焼け空を眺めた。
僕は隣を歩きながら、足元に伸びた影を見つめていた。
「いくら目を凝らしたところで、宇宙にはいけないよ」
「あら、分からないよ。UFOがやってきて連れ去ってくれるかもしれないじゃない」
「随分と電波なことを言うんだね」
「もし宇宙ロケットがダメだったら、最悪UFOでも良しとする」
「宇宙人に連れ去られて、呑気に宇宙旅行を楽しませてくれるとは思わないけど......改造手術されたりしちゃうかもよ」
「どんとこいよ」
日向さんは、何故か嬉しそうに胸を軽く叩く。
「......ありえない話は止めよう」
「ロマンがあっていいじゃない。夢があるわ」
「そういう都市伝説みたいなの好きなんだ、意外だな」
「ワクワクすることは好きなの。ただ常識に流されるのはつまらないから」
流されるがまま、まったく自分の足で歩むことを辞めてしまった僕からすれば、眩しいようなセリフだ。
「......僕は常識の枠から外れない方がいいと思うけど」
「いくら常識を守っても、常識は君を守ってはくれないよ」
嫌な格言だ。
でも、わりと正鵠を得ているといえなくもない。
僕はどうにも胸が掻き立てられるような不安を感じて、気を紛らわせるためにテキトーな話題を探す。
「そ、そうだ。宇宙ロケットは無理でも、ペットボトルロケットなら作れるんじゃない?」
「......なにそれ」
僕のその場しのぎのいい加減な提案に、彼女は驚いたように目を丸くした。
「おもしろそう」