ホールの外に出ると、一斉に人が寄ってきた。
自分の前には人でできた道が開かれており、その道は大通りに出るまで連なっていた。その道の沿道にいる人は何やらチラシを配っているように見える。僕は人の流れに抗うこともなく、そのロードに入っていった。
ラグビー、サッカー、野球、テニスウェアなど、いろいろな格好をした人たちが、大きな声を出しながらビラを僕の懐に押し込んでくる。本来ならばお荷物となるために受け取りを断りたいところであるが、僕の後ろには絶えることを知らない長者の列ができている。仕方なく受け取るとしよう。
このサークルロードとやらも終盤に差し掛かってきた。もうすぐでこの人込みからは解放される。静かな空間でゆったりと過ごしたい僕からすれば、今のこの状況は最悪だ。僕の前の人も、おそらく先輩だろうけど、どこの誰だか分からない人たちに、社交辞令のように頭を下げ続けている。僕はそんなことはせずに、誰とも目を合わせず、真っ直ぐにゴールだけを見つめて歩を進める。
念願のゴールに差し掛かったとき、僕の進行を遮るように前に人が立った。
「よさこい部に入りませんか?」
僕の前に立っていたのは、華やかな赤色を基調とした和風な衣装を着た女性の方であり、渡されたのはビラではなく、数ページにわたる小冊子だった。これまでにもらったビラはどれもモノクロの一枚ビラがほとんどであり、このカラー印刷された小冊子は印象付けられた。
「考えておきます」
そう言って、後ろの長蛇の列に押されるように、サークルロードから抜け出した。
♢
大学の入学式が終わり、本日の催しは終了した。 着慣れないスーツから動きやすいジャージに着替え、届きたてのベッドに横になった。
「双葉はサークルとかは考えているの?」
入学式から帰ってきた母は、缶コーヒーを片手にそう聞いてきた。
「クイズ研究会とかは考えているよ」
僕は昔からクイズが好きで、高校のときにはクイズ研究会を立ち上げた。とはいっても、最後まで部員は僕一人だけであり、個人戦しか経験したことがなかった。
見てわかるように、生まれてこのかたスポーツなるものに力を入れたことがない。世間一般でいうところの典型的なガリ勉と思ってくれればよい。
「あんた本当に勉強が好きね」
「知らなかったことを新しく知ることが楽しいんだよ」
「その気持ちはよくわかるわ」
僕の母は薬剤師をしている。
幼いときから体が弱く、よく病院にお世話になっていたらしい。そのたびに、医療に対する尊敬の念が生まれ、医療関係の職に就きたいと考えるようになったみたいであり、今の薬剤師に至っている。
そのせいもあってか、母も化学や生物といった類の学問には関心を示しており、大学生の頃は、朝から晩まで研究室に籠っていることが多かったらしい。親子そろって勉学熱心という訳である。
「だけど、これからは人と話せる力が求められるわよ」
「人と話すかぁ。正直言って得意ではないなぁ」
「こう見えてもお母さんは人と話すことが苦手だったわよ」
「え?」
僕は驚きから上半身を起こした。僕の母は自他ともに認めるコミュニケーションお化けだ。小学校のときの授業参観など、僕の発言よりも母の発言の方が多いのではないかというくらいには喋り倒していた。そんな母が人と話すことが苦手だったとは想像もつかない。
「人と話すよりも、一人で小さな部屋で籠っている方が楽だし楽しいと思ってたんだけど、人と関わる機会が多くなっていく度に、人と話すことも悪くないって感じたの」
そう言いながら母は荷物を持ち上げながら腰を上げた。そのまま玄関へ向かい、そこまで高くないヒールに足を入れる。
「好きなことを続けるのもいいけど、新しいことにもチャレンジしなさいね」
母はその言葉を残し、扉を閉めた。
扉の開閉によって穏やかな風が入り込み、机の上に置いておいた大量のビラの数枚が舞い上がった。ビラの山の一番上には、カラーの小冊子が「俺を見ろ」と言わんば かりにどっしりと構えていた。
目を閉じて、サークルロードの出来事を思い返す。
僕が目線を合わせようとしない中、唯一目と目を合わせて勧誘をしてくれたあの女性の姿が脳裏に浮かぶ。小冊子の表紙には、先程の女性が躍っているシーンが大きくプリントされており、小冊子の存在に拍車をかけている。
よさこいというのはよくわからないが、表紙の弾けるような笑顔は、素直にかっこいいと思った。気が付けば、手に取ってページを捲っていた。
♢
入学式から数日が経った。
学科内でのオリエンテーションも終わり、大学での友達もできた。
勉学に関しては良いスタートは切れたが、肝心の部活動に関しては決め切れていない。お目当てのクイズ研究会には顔を出したのだが、何と言うかお楽しみ会という雰囲気がしたので入部は遠慮しておいた。
食堂の前の広場では、毎日のように新歓用のバーベキューが開かれている。学科の友達からは、とにかく行ってみればいいのにと言われているが、未知の世界に飛び込むのはやはり勇気が必要でなかなか入り込めずにいた。そんな学科の友達はというと、大学の時に続けていた部活動に入る人もいれば、新しいサークルに入る人もいる。
実を言うと、よさこいには興味が湧いていた。
小冊子に目を通したあの日の夜、よさこいについて調べてみた。どうやら鳴子という鳴り物を鳴らしながら踊るというものだと認識をしている。説明だけを見てもわからなかったので、載せられていたリンクから、実際に踊っている動画を拝見した。
和風な衣装を着ていたため、ゆったりとした曲調に合わせて踊るのかと思っていたのだが、バチバチなハイテンポで踊る場面もあれば、滑らかな動きが主になる場面もあったりなどしていた。僕の想像していたよさこいの概念は壊された。
なにより驚いたのが、観客の皆様とハイタッチなどしている場面があったことだ。 ステージでの演技ともなれば、何かコンテストでも開催しているのではないかと考えていたのだが、それは間違った考えなのだろうか。踊ることは苦手だが、観客の皆様と笑顔で触れ合えるというのは何よりの魅力だと感じていた。強豪校ならではのピリピリとした雰囲気はなさそうだ。
新歓の資料を見るに、今日の夕方からよさこい部の体験練習会があるらしい。こればっかりは、体験をしてみないことには始まらない。
自分の前には人でできた道が開かれており、その道は大通りに出るまで連なっていた。その道の沿道にいる人は何やらチラシを配っているように見える。僕は人の流れに抗うこともなく、そのロードに入っていった。
ラグビー、サッカー、野球、テニスウェアなど、いろいろな格好をした人たちが、大きな声を出しながらビラを僕の懐に押し込んでくる。本来ならばお荷物となるために受け取りを断りたいところであるが、僕の後ろには絶えることを知らない長者の列ができている。仕方なく受け取るとしよう。
このサークルロードとやらも終盤に差し掛かってきた。もうすぐでこの人込みからは解放される。静かな空間でゆったりと過ごしたい僕からすれば、今のこの状況は最悪だ。僕の前の人も、おそらく先輩だろうけど、どこの誰だか分からない人たちに、社交辞令のように頭を下げ続けている。僕はそんなことはせずに、誰とも目を合わせず、真っ直ぐにゴールだけを見つめて歩を進める。
念願のゴールに差し掛かったとき、僕の進行を遮るように前に人が立った。
「よさこい部に入りませんか?」
僕の前に立っていたのは、華やかな赤色を基調とした和風な衣装を着た女性の方であり、渡されたのはビラではなく、数ページにわたる小冊子だった。これまでにもらったビラはどれもモノクロの一枚ビラがほとんどであり、このカラー印刷された小冊子は印象付けられた。
「考えておきます」
そう言って、後ろの長蛇の列に押されるように、サークルロードから抜け出した。
♢
大学の入学式が終わり、本日の催しは終了した。 着慣れないスーツから動きやすいジャージに着替え、届きたてのベッドに横になった。
「双葉はサークルとかは考えているの?」
入学式から帰ってきた母は、缶コーヒーを片手にそう聞いてきた。
「クイズ研究会とかは考えているよ」
僕は昔からクイズが好きで、高校のときにはクイズ研究会を立ち上げた。とはいっても、最後まで部員は僕一人だけであり、個人戦しか経験したことがなかった。
見てわかるように、生まれてこのかたスポーツなるものに力を入れたことがない。世間一般でいうところの典型的なガリ勉と思ってくれればよい。
「あんた本当に勉強が好きね」
「知らなかったことを新しく知ることが楽しいんだよ」
「その気持ちはよくわかるわ」
僕の母は薬剤師をしている。
幼いときから体が弱く、よく病院にお世話になっていたらしい。そのたびに、医療に対する尊敬の念が生まれ、医療関係の職に就きたいと考えるようになったみたいであり、今の薬剤師に至っている。
そのせいもあってか、母も化学や生物といった類の学問には関心を示しており、大学生の頃は、朝から晩まで研究室に籠っていることが多かったらしい。親子そろって勉学熱心という訳である。
「だけど、これからは人と話せる力が求められるわよ」
「人と話すかぁ。正直言って得意ではないなぁ」
「こう見えてもお母さんは人と話すことが苦手だったわよ」
「え?」
僕は驚きから上半身を起こした。僕の母は自他ともに認めるコミュニケーションお化けだ。小学校のときの授業参観など、僕の発言よりも母の発言の方が多いのではないかというくらいには喋り倒していた。そんな母が人と話すことが苦手だったとは想像もつかない。
「人と話すよりも、一人で小さな部屋で籠っている方が楽だし楽しいと思ってたんだけど、人と関わる機会が多くなっていく度に、人と話すことも悪くないって感じたの」
そう言いながら母は荷物を持ち上げながら腰を上げた。そのまま玄関へ向かい、そこまで高くないヒールに足を入れる。
「好きなことを続けるのもいいけど、新しいことにもチャレンジしなさいね」
母はその言葉を残し、扉を閉めた。
扉の開閉によって穏やかな風が入り込み、机の上に置いておいた大量のビラの数枚が舞い上がった。ビラの山の一番上には、カラーの小冊子が「俺を見ろ」と言わんば かりにどっしりと構えていた。
目を閉じて、サークルロードの出来事を思い返す。
僕が目線を合わせようとしない中、唯一目と目を合わせて勧誘をしてくれたあの女性の姿が脳裏に浮かぶ。小冊子の表紙には、先程の女性が躍っているシーンが大きくプリントされており、小冊子の存在に拍車をかけている。
よさこいというのはよくわからないが、表紙の弾けるような笑顔は、素直にかっこいいと思った。気が付けば、手に取ってページを捲っていた。
♢
入学式から数日が経った。
学科内でのオリエンテーションも終わり、大学での友達もできた。
勉学に関しては良いスタートは切れたが、肝心の部活動に関しては決め切れていない。お目当てのクイズ研究会には顔を出したのだが、何と言うかお楽しみ会という雰囲気がしたので入部は遠慮しておいた。
食堂の前の広場では、毎日のように新歓用のバーベキューが開かれている。学科の友達からは、とにかく行ってみればいいのにと言われているが、未知の世界に飛び込むのはやはり勇気が必要でなかなか入り込めずにいた。そんな学科の友達はというと、大学の時に続けていた部活動に入る人もいれば、新しいサークルに入る人もいる。
実を言うと、よさこいには興味が湧いていた。
小冊子に目を通したあの日の夜、よさこいについて調べてみた。どうやら鳴子という鳴り物を鳴らしながら踊るというものだと認識をしている。説明だけを見てもわからなかったので、載せられていたリンクから、実際に踊っている動画を拝見した。
和風な衣装を着ていたため、ゆったりとした曲調に合わせて踊るのかと思っていたのだが、バチバチなハイテンポで踊る場面もあれば、滑らかな動きが主になる場面もあったりなどしていた。僕の想像していたよさこいの概念は壊された。
なにより驚いたのが、観客の皆様とハイタッチなどしている場面があったことだ。 ステージでの演技ともなれば、何かコンテストでも開催しているのではないかと考えていたのだが、それは間違った考えなのだろうか。踊ることは苦手だが、観客の皆様と笑顔で触れ合えるというのは何よりの魅力だと感じていた。強豪校ならではのピリピリとした雰囲気はなさそうだ。
新歓の資料を見るに、今日の夕方からよさこい部の体験練習会があるらしい。こればっかりは、体験をしてみないことには始まらない。