僕は、触れた人の余命が見える。
始めは、触れた時に現われる数字の意味がよくわからなかった。
でも、小さいころの僕は面白がって、たくさんの人に触れて数字を確かめていた。
両親から祖父母、友達や先生、まったく知らない道行く人まで、いろんな人に触れた。
数字は人それぞれ、全員違う。
同じ数字の人も見たことはあったけど、それはたったの一度きり。
とてもめずらしいことだとわかった。
あともうひとつわかったのは、みんな例外なく共通して、毎日必ず1ずつ減っていく。
なんのカウントダウンかはわからないけど、子ども心としてはそれがとてもわくわくした。
そんな中学2年生の夏休み。
田舎の父方の祖父母の家に遊びに来ており、その時も興味本位でいつものように祖父に触れてみた。
初めて見る【1】という数字。
ということは、明日は【0】になる。
カウントダウンが終わる時、なにが起こるのだろうか。
14歳の僕はわくわくして期待に胸を膨らませながら、次の日を待った。
そしてドキドキしながら迎えた次の日の朝。
祖父に会ってすぐに触れてみれば、数字は【0】になっていた。
やっぱりだ!
と、興奮し今日なにかが起こるに違いない、と確信した。
一体、なにが起こるのだろうか。
祖父の近くでわくわくしながらずっと見守っていると、突然祖父が倒れた。
「お義父さん!?」
「親父!!」
焦って駆け寄る両親。
祖父の肩を何度も叩く祖母。
「救急車!」
「じいさん。じいさんや、聞こえるかいっ」
バタバタと慌ただしく動き回る両親。
祖母は目を閉じている祖父に呼びかけ続ける。
いつか見た医療ドラマのワンシーンみたい。
緊迫した空気の中、遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。
そして、家に救急隊が入ってきて祖父を担架で運び、そのまま救急車に乗せられた。
祖母も救急車に乗り、僕は両親と乗用車で病院へ向かった。
――この日、祖父は死んだ。
両親も祖母も、あとから駆け付けた親戚も、祖父の突然の死に涙を流していた。
僕はなにが起こったかわからず、動かなくなった祖父の前で泣き崩れるいくつかの後ろ姿を、ただ眺めることしかできなかった。
そして、このことをきっかけに僕は気づく。
カウントダウンの意味。
【0】になった日、その人は死ぬ。
触れた時に見える数字は、その人の残りの人生。
つまり余命だということに。
中学2年生の夏。
僕は、触れた人の余命を見ることができるのだと気づいた。
僕は極力、他人と関わりをもちたくない。
誰とでも距離を置いている。
だから、人が多いところは地獄だ。
気分が悪くなる。
「ねぇ、なにそれー。ふざけんなよ」
「ふざけてないし。まじめに言ってる……あ、ごめんね」
【63.143】
すれ違った拍子に肩が当たり見えた数字。
「……いえ」
短く返事をしてから、早足でその場を離れる。
見たくもない。
他人の余命なんて知りたくもない。
人が多ければ接触する確率も上がる。
だから学校は憂鬱極まりない。
「お前、昨日彼女とどうだったんだよ」
「は?言わねぇし」
「照れんなよ」
「おい、押すなっ」
横から騒いでる男子が突然目の前に出てきてぶつかる。
【20.221】
また見える数字。
この人はあと20年しか生きられない。
今は高校2年生だから、37歳で死ぬ。
早すぎる運命。
……だから、知りたくないんだよ。
こうしてふざけて笑っているけど、常に“死”がつきまとっている。
カウントダウンは止まらない。
どんな時でも、“死”を突き付けてくる。
僕が自分の能力に気づいた時から、約3年が経った。
あれからわかったことがいくつかある。
最初のコンマ前の数字は年数を表していて、コンマ後の数字は日数を表していること。
数字は絶対で、変わらない。
つまり規則的に毎日1ずつ減っていくこと。
そして、この運命を変えることはできない。
これらが、僕がわかっている自分の能力の全て。
これ以上は、知りたくもない。
知ったところで、ただ死を待つだけに変わりはないのだから。
教室に入り自分の席に座ると、影を潜める。
この能力の意味に気づいてからは、人と関わることを避けるようになった。
僕は学校で孤独だ。
でも、それがいい。それでいいんだ。
これ以上、人の余命を知りたくない。
もし仲良くなった友達の数字があと数年、数日、とかだったらつらいから。
余命を知ったところで助けられるわけじゃない。
寿命は神が決めた運命。
絶対に変わることはないし、抗うこともできない。
だから僕は、自分が傷つかないために、自分を守るために、誰とも深く関わらない。
何をするわけでもなく、今日も死の恐怖にとらわれながら時間は進んでいく。
「はい、席つけー」
チャイムと同時に入ってきた担任の声で、バラバラだったクラスメイトが席につく。
全員座ったところで、号令に合わせて挨拶をして再び座る。
「今日は席替えするか」
「よっしゃ!」
「先生ありがとう!」
席替えだけでこんなに喜ぶことができるなんて幸せだよな。
騒がしくなる教室の中、いつも僕一人だけ浮いている。
「じゃあ、四つ角の席のやつ、じゃんけんして順番決めて」
「ぜってぇ勝つ」
「勝ってね」
「ずるすんなよ」
席替えだけで、どうしてこんなに盛り上がれるんだろうか。
僕もこの能力に気づくまでは、しょうもないことでも無邪気にはしゃげていたんだろうか。
そんなような記憶もあった気はしなくもない。
気づかないほうが幸せなこともあるって聞いたことがあるけど、本当にその通りだ。
この世界は気づかないほうが幸せになれる。
謎は謎のままがいい。
世界の理は知らないほうがいい。
「やった!勝った!!」
教室に響いた明るい歓喜の声にハッとして、反射的にそちらを見た。
じゃんけんで勝ったらしい女子が笑顔でピースをしている。
「さすが花純!」
「いい席当てなね」
席替えだけにどんだけ必死なんだよ。
「じゃあ、成田から順番に引きに来て」
「はーい」
じゃんけんで勝った彼女は、肩くらいまでの黒髪を揺らしながら席を立ち、教卓まで行く。
一度両手を合わせてお祈りするようにしてから、箱に手を入れてくじを引いた。
彼女に続きどんどん教卓へ行きくじを引いていく。
前の席の人が立ち上がってすぐに僕も立ち上がり教卓へ向かう。
極力クラスメイトにぶつからないように、細心の注意を払うけど、くじを引き終わった人とすれ違う時に当たってしまった。
……気が滅入る。
誰にも気づかれないようにため息をこぼしてから、くじを引きすぐに自分の席へ戻る。
引いている間に担任がホワイトボードに描いていた座席と番号を確認する。
僕が引いた数字は、窓側のいちばん後ろの席と一致した。
よし。
机の下で拳を握る。
僕にも、席替えで喜ぶくらいの気持ちは持っていたらしい。
「みんな引いたな。では、移動!」
その声に合わせて、カバンを持って新しい席へ移動する。
僕はもちろん誰にぶつからないよう細心の注意を払いながら、身を細めて窓側のいちばん後ろの席へ行く。
ここならあまり人も来ない。
ぼっちの僕にこそ相応しい席だ。
「えー!花純と離れた最悪!」
「ちゃんといい席当てなって言ったじゃん」
「行かないでよ」
「ぜったい嫌」
「薄情者ー!」
大きな声で叫んだ女子はクラス中の視線を浴びることに慣れているのか、まったく気にしていない。
その友達も気にせず鼻で笑って、席を移動し始めた。
「美玲はいちばん前でがんばってね」
「変わって~」
「おい、木下には先生がいるだろ」
「無理っ!!」
先生も間に入り、みんな笑いながら口々に言い合いに参加してより騒がしくなる。
僕は笑うこともなく、横目でそれを見てから外へと視線を移す。
窓側でよかった。
外を見れば、人を見なければ、気持ちが落ち着く。
僕はこれからも、こうしてひとりでいる。
「話したことないね」
誰かの声が聞こえたけど、学校にいる時の声は雑音に過ぎない。
いつもひとりで誰かと話すことがない僕には関係のないことだから。
「ねぇ、聞いてる?」
やけに近くで聞こえる声に、気にしなくてもいい雑音とは言え、気になる域に入ってくる。
「日野瑞季くん!」
「え……僕?」
窓から顔を前に向ければ、わざとらしく怒ったように頬に空気を入れて膨らませている女子。
じゃんけんで勝ち、さっきは大きな声で話してクラス中の視線を浴びていたうちのひとり、成田花純。
「日野瑞季って君以外に誰がいるの?」
確かに、日野瑞季は僕のフルネーム。
このクラスに同姓同名の人はいないから、その名前は僕のことを指すのだけど。
そういう意味ではなくて、クラスメイトに話しかけられたことに戸惑っているんだ。
僕はクラスメイトとも距離を置いて深く関わらないようにしている。
それを察してか、ただ地味で暗いぼっちのクラスメイトに関わりたくないだけか。
どちらにしろ、必要最低限話しかけられることはないというのに。
目の前にいる成田花純は僕を真っ直ぐに見て、僕の名前を呼んでいる。
「……いない、ですね」
「でしょ?」
成田花純はニコッと微笑むと、右手を出す。
「席近くなったことだし、これを機に仲良くしてね」
正直、仲良くなるつもりはない。
僕は誰とも仲良くならない。
距離感は大切だ。
だからこそ、
「……うん」
素直に頷いた。
これは持論だけど、距離をとりたい時ほど、余計な否定も肯定もしないほうがいい。
軽く流すくらいがいちばんちょうどいい。
そうすれば、だいたいの人は反応の薄いつまんない人間だと思ってくれる。
この世代なんて特にそうだ。
一緒にいて楽しい人を求める。
自分にとって都合のいい、得のある人との関係を築きたがる。
少なくとも、僕が今まで出会ってきた人間はそうだった。
「ほら」
「え?」
「え、じゃなくて。手を出したら握手でしょ」
……握手なんて、普通しないだろ。
席替えで席が近くなってよろしくの握手なんて。
余計な否定も肯定もしないほうがいい、と思っても触れるとなると話は別だ。
「それは……」
「照れてるの?」
首を傾げながら僕の顔を覗き込むように見てくる。
よくそんな恥ずかし気もなく、ストレートに聞けるな。
僕たち、初めて話すんだよ?
しかも僕は、クラスでも目立たないし、友達もいない地味で暗いクラスメイトだろ?
「こんだけで照れるなんて日野瑞季くん、かわいいね」
勝手に照れていることにされているけど、そういうことにしたほうがこの場合は都合がいい。
「そうだね。ごめん、恥ずかしい」
言葉にするほうが恥ずかしいな。
僕の言葉を聞いた成田花純は満足したように口角を上げて笑った。
わかってくれた、か?
「はい、握手」
「いやいやいや!何でそうなるの?」
僕の話を聞いてなかったのか。
恥ずかしいところを無理して言葉にした僕の努力は何?
「もう、日野瑞季くんしつこいよ」
それはこっちのセリフなんだけど。
不可抗力で触れてしまうことは仕方ないとしても、自ら触れるなんて自殺行為みたいなものだ。
傷つきにいくようなものだ。
知りたくないのに……。
「はい」
左手が僕の右手を掴み無理やり手を握られる。
けど握手する前の触れた瞬間から見えていた。
【22.105】
こんなに元気なのに、あと22年しか生きられない。
笑顔で僕の手を握っている成田花純。
今は温かい手だけど、あと22年後には冷たくなって動かなくなる。
早い。早すぎる。
ほらやっぱり、人の余命なんて知ったっていいことない。
ゆっくりと手が離される。
離れた時に見えなくなった数字。
だけど、僕の脳内にはこびりついて離れなくなってしまった。
「日野瑞季くんの手、冷たいね」
こんな能力があるんだ。
常に緊張して冷たくなってしまっても不思議ではないだろう。
まぁ、僕の場合はただの冷え性でもあるのだけど。