小旅行の日々は穏やかに過ぎていった。普段と違う、野のものが多い食事、素朴な焼き菓子、夜には男性陣はお酒を酌み交わし、一緒に談笑した。
 近くの牧場へ行って動物を見たり、花畑で摘んだ花をドライフラワーにする遊びもした。
 ある日は湖でボートにも乗って、このときばかりはグレイスはとてもはしゃいでしまった。ゆらゆら揺れる水の上で、大人しくしていられるものか。
 あとからはしゃぎすぎたことに恥ずかしくなったのだけど、マリーが言ってくれた。「楽しいときは素直に楽しんだほうがいいのよ」と。
 確かにそういうものだ。グレイスは良かったことにしておこう、と思った。
 そのような日々の中。
 この日はお天気が良くなかった。曇り空で、芳しくない。でもまだ雨は降っていないし、雨雲らしきものも遠くだ。すぐには降らないだろうとグレイスは思った。
 とはいえ、いつ降るかは定かでなかったので、この日は屋敷の中で過ごすことにした。持ってきていた刺しかけの刺繍を見せて、刺すところも少し披露したりして。
 マリーは以前からグレイスのこの趣味を知っているので喜んでくれた。
「私も久しぶりにやってみようかしら」
 たまに付き合ってくれることは以前からあったので、グレイスは嬉しくなった。
「ええ、いいわね! フレン……」
 控えてくれていたフレンを振り返ると、彼もにこっと笑う。
「かしこまりました。用意致しましょう」
 そう言って、準備をするのだろう。部屋を出ていった。
 フレンのことだ、布と糸、あとは針など必要な用具を持ってきてくれるのだろうが、あまり慣れていないマリーにも使いやすいような簡単なものにしてくれるのだろう。そういうひとだ。そしてそんな細やかなところが魅力なのである。
「おや、綺麗だね。こんなに細かく刺せるものなのか」
 隣にやってきたダージルも褒めてくれて、グレイスはちょっと誇らしくなった。
「ええ。得意なのです」
「グレイスは器用なのですよ。作ったものがお部屋にいくつもあるのです」
 マリーも褒めてくれる。ダージルは目を細めて「そうかい」と言ってくれた。