「もう着いていらっしゃるかしらね。私たちのほうが早く着いていたほうが良いのだけれど」
「そうね、そちらのほうがいいわね」
 お迎えする立場で、おまけに向こうは伯爵家なのだ。家として身分が下の自分たちが先に着いてお出迎えするのが理想的。でもなにしろ同時に出発するのではないのだ。タイミングがずれてしまっても、仕方がないことではある。
 二時間も馬車に乗っていただろうか。ようやく別荘に辿り着いた。
 近くには湖と小さな森があり、両方から涼しさを得ることができる。普段住んでいるアフレイド領とてそれほど暑い地域ではないのだが、それでも夏になれば蒸す。
 それに涼しさを得るためというのはあるが、遊びの面であるのが大きいのだし。
「ああ、窮屈だったわ! 爽快ね。それにとっても涼しいわ」
 馬車から降りて、マリーは豪快に伸びをした。グレイスも伸びこそしなかったものの、まったく同じ気持ちだった。
 気温が既に二、三度は違うだろう。まるで初夏の頃のようないい陽気だった。おまけに森からの風が心地良く、街中の蒸した空気とは比べ物にならない。
「こんにちは。グレイスさん」
 ひとつの馬車から若い男性が降りてきた。マリーの夫のロンである。マリーの夫であるので、当然のように彼も同行してきていたのだ。
 ロンは茶色の髪を持ち上げていて、中肉中背。だが涼し気な目元のおかげでじゅうぶんに見た目が良かった。グレイスは誕生日パーティーのとき以来の邂逅である。
「こんにちは、ロン様。お世話になります」
 去年はマリーが結婚して間もなかったので、ロンと旅行を共にするのは初めてであった。
 グレイスは丁寧に挨拶をする。スカートを持って、軽くお辞儀をした。
「いやいや、お世話になるのはこちらだからね。それにしても素敵なところだ。とても涼しい」
「お褒めに預かり、光栄です」
 ロンは手をかざしてあたりを見回した。避暑地の小さな屋敷は湖のほとりに建っている。中に入って窓を開ければ、湖を通ってきた風が涼しく感じられるだろう。
 グレイスたちは屋敷に入り、使用人たちが荷物を運んでくれる。まずはお茶でも、ということになったが、そこでベルが鳴った。ダージルの一行がやってきたらしい。