そのあとはランチをいただいた。ダージルと、そのご両親とだ。
 グレイスは勿論、気を張ってしまっていて、正直料理の味などよくわからなかった。家で食べているものもそれなりに上質なのだが、それよりもっと豪華であり、またおいしい食事だっただろうに。
 午後も同じようにダージルやご両親との交流で過ごし、夕方やっと帰路につくことになった。ご挨拶をして馬車に乗る。
 馬車に乗るときはフレンが手を差し伸べてくれた。彼はグレイスの傍についているとき以外は使用人室かどこかで待機していてくれたらしい。
 差し出してくれた、その手。ほわっとあたたかかった。グレイスはその手を取った瞬間、安堵が溢れてしまった。お招き中、ずっと張っていた気持ちがするするとほどけていったのだ。
 不思議なことだと思う。ただ、手に触れただけなのに。
 今日触れられたダージルの手とはまるで違っていた。グレイスに安心を与えてくれる手だ。
 馬車の席に落ちつき、やがて馬車は発車した。がらがらと車輪が音を立てて道をゆく。上等な馬車なので振動は最小限だけれど。
 やっと家路につけて、グレイスははぁ、とはっきりため息をついてしまった。
 隣に腰掛けているフレンがちょっと顔を覗き込むような様子を見せる。
「お疲れ様でした。お気を使われたでしょう」
 その顔には微笑が浮かんでいて、グレイスを安心させようとしてくれているのが伝わってきた。グレイスはそのフレンの笑みにもほっとしてしまう。
「ええ……やはり大変だったわ」
「そうでしょう。お屋敷に帰ったらお茶を淹れますね」
「ありがとう。ロイヤルミルクティーがいいわ」
「かしこまりました」
 そんなやりとり。日常のやりとり。
 今まで当たり前のようにあったもの、そしてそれが世界のすべてだったもの。
 でもこれからは違うのだ。
 ダージルの屋敷にはこれからもちょくちょく訪ねることになるだろうし、あの家にお嫁入りとはならないけれど、ダージルがグレイスの元へ入り婿にやってくるのである。
 今までと同じように、好き勝手に奔放に、は、きっとできなくなる。それをカケラだけでも感じてしまって、既に憂鬱だった。
 でも今、そんなことを言うわけにはいかない。言わなくてもフレンはよくわかってくれているだろうし。
「あのね、ちょっと困ったことがあって」
 グレイスは今日あったことで一番の問題を話題に出した。
 これは言って構わないだろう。今、言わなくてもきっといつか知られてしまうだろうし。