「最近は薔薇が見頃なのだよ。赤や白などたくさん植えさせている」
「そうなのですね。とても美しいです」
連れ立って庭を歩く。確かに庭はとても美しかった。グレイスの家の庭とは比べ物にならないほど広く、また豪華であった。まるで王族の住まう王宮の庭のようである。
ツタの絡んだアーチをくぐれば、薔薇が咲き誇る中を歩けるようになっている道ができていた。そこをゆっくり歩いて話を続けていった。今は手は取られなかった。腕も組まなかった。
それは安心であったが、なにしろ二人きりである。
フレンや、もしくはダージルのお付きもおいてきてしまったのだ。
婚約している男女なのだ、ここで二人きりにならずしてどうするのだ、ということ。
しかしグレイスは緊張してしまっていた。当たり前だ、身内や使用人以外の男性と二人でこんな場所を歩くなどしたことがない。初めての経験なのだ。
ただ散歩をしているだけなのに、ちっとも落ちつけないし、美しいですねと言った言葉すら、事実ではあるものの定型文のようになってしまっていた。
グレイスの緊張はどうも伝わってしまったらしい。ダージルはグレイスのほうを見て、「あまり気を張らなくても良いよ」と言ってくれた。気を使わせてしまった。グレイスの胸が痛む。
それはダージルを気づかって、というよりも、嫌な印象を与えてしまっただろうか、という不安だったのだけど。
ダージルの話に耳を傾けつつも、なるべく薔薇の美しさに集中するようにする。
薔薇は好きだった。特にピンクの薔薇が好きなのだ。元々ピンク色を好んで服もそういう色合いのものが多くなっているし、なんとなく優しい雰囲気を持っていると感じるのだった。
と、そこへ高い声が響いた。
「きゃん、きゃんっ」
それはひとの声ではなかった。動物だ。
なにか動物がいるらしい。こんな、手入れされた庭で野生動物ではないだろう。
もしかしてなにか飼われているのかしら。グレイスは思い、ちょっと警戒してしまった。
動物自体は苦手ではない。けれど苦手な動物がいるのだ。それであったら嫌だな、と思ったのだけど。ことはグレイスにとって困ったほうへ転がってしまった。
「おお! リモーネ! お散歩中かい!」
ダージルはいきなり高い声を上げた。ばっと両手を広げる。
グレイスは思わずきょとんとしてしまった。来た動物が『リモーネ』という名前らしいのはわかる。けれどダージルのこんな様子は初めて見たのだ。
目がきらきら輝いていて、満面の笑みだった。しかもここまでの様子とまったく違う。グレイスをエスコートしてくれているときとは、まったく。
ダージルの声に反応したように、茂みががさがさっと鳴り、ばっと姿を現したもの。
「……っ」
思わず悲鳴をあげるところだった。なんとか呑み込んだが。出てきたのは大きな犬だったのだから。白い毛並みで、グレイスの腰のあたりまでくるほどの大型犬。
とてもかわいらしい……と言いたいところだったが。
グレイスにそれは難しい。グレイスの苦手な生き物。それは犬、なのであるから。
リモーネ、と呼ばれた犬はたったっと走ってきて、ダージルに飛びついた。ダージルも満面の笑みでそれを受けとめる。
「きゃん、きゃん!」
リモーネが喜び、また興奮しているのは明らかだった。それは微笑ましいと言えるものであっただろうけれど、グレイスは今すぐこの場から逃げ出したくなった。心臓が嫌な具合にばくばく打つ。
犬が苦手なのは、単純なこと。子供の頃に飛びかかられて、噛みつかれそうになったからだ。そんな怖い体験があって、好きになれるはずがないだろう。
来ないで、こちらには。心の中で必死に念じた。
幸いリモーネはダージルにじゃれることに夢中になっていて、グレイスのほうはちらりとも見なかった。
「こらこらリモーネ、くすぐったいぞ!」
リモーネはその体格の良さも手伝って、ダージルを倒さんばかりだった。なんとか踏みとどまっていたダージルだったが、そのうちぐらっと体が傾いた。
危ない!
違う意味でグレイスの心が冷えたのだけど。
どさっ!
大きな音と共に、ダージルは地面に倒れ込んでいた。
た、大変! ひとを呼ばないと!
心の中でグレイスは叫んで、すぐに声を出そうとしたのだが。目の前の光景にその声は出てこずに呑み込まれてしまう。ダージルは心底嬉しそうな表情を浮かべていたのだから。
「困った子だ! そんなに俺が好きかい!」
リモーネの体に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でる。その表情は崩れていて、なんというか……デレデレ、といっても良いものであった。グレイスはあぜんとした。
ダージルのこんな様子も言葉遣いも、見るのが初めてだったのに決まっている。
なんなんでしょう、この方は、先程まではあれほど紳士的だったのに。
でもきっと、これが素……。
胸の中でグレイスはそのように思い、ぽかんとしてしまった。
嫌悪感より、犬に対する恐怖より、驚きがもはや勝っていた。
「あ、あの……ダージル、様……?」
なんとか言った。グレイスのその言葉にやっとダージルはこちらを見てくれた。
しかし勿論、地面に転がったままである。おまけに笑顔のままだった。
つい素を晒してしまったようなのだ、気まずげになるかと思ったのだが、そんなことはちっともない。そんな顔だった。
「ああ、すまない……リモーネ、退いておくれ」
ダージルが声をかけると、リモーネは残念そうな様子を見せたものの、大人しく引いた。
ダージルはそのまま立ち上がって、上等な服をぱんぱん、と払った。けれど土の上に倒れたのだ。汚れはしっかり残ってしまっている。
「すまない、つい興奮してしまって」
興奮。犬に……リモーネに、に決まっている。
グレイスはなんと言ったものかわからなくなった。
だって、この様子ではダージルは犬好きに決まっている。そしてグレイスは犬嫌い……。
これは。
厄介な……こと。
なのでは。
グレイスは一文一文、この嫌な可能性を噛みしめるしかなかった。
「紹介しよう。俺……あ、いや、私の飼い犬のリモーネだ」
だいぶ遅い気がしたが、ダージルはリモーネを紹介してくれた。
リモーネも自分が話題になったのはわかったのだろう。グレイスのほうを見た。
金色の目をしていた。レモンのような色で、それでリモーネという名前なのかもしれなかった。
グレイスには名前など気にしているところではなかったが。なんという名前でも種類でも、犬であることに変わりはないのだから。どの犬だって同じである。
「そ、そう、なのですね……よ、よろしくお願いします……リモーネさん……」
でもなんとか言った。おそるおそるになったが。
リモーネが名前を呼ばれたことにか、吠えた。きゃんっと大きな声で。これには隠すことはできなかった。グレイスは、ひっと、口にこそ出さなかったものの体を数ミリ引いてしまう。
「……グレイス?」
この様子を流石におかしいとダージルは思ったらしい。怪訝な声を出した。
「犬は……苦手、なのかい……」
言われてしまった。グレイスの心臓がひやっとする。婚約者の愛犬が苦手など。失礼に決まっていただろう。別にリモーネが嫌いなのではなく、犬が嫌い、なのだが。
「す、すみま、せん……子供の頃、ちょっと……」
しかしこんな様子で「いえ、平気です」なんて嘘がつけるものか。グレイスは観念して本当のことを言うしかなかった。
グレイスの返事にダージルは明らかに『気落ちした』という顔をした。それはそうだろう、あれだけ嬉しそうに愛玩していたのだ。グレイスにも気に入ってほしかっただろうから。
けれど幸い、ダージルは優しかった。
「そうなのか。いや、気にしなくていいよ。誰しも苦手なもののひとつやふたつあるだろう」
完全にフォローであったが、今はそれに甘えるしかない。
「すみません……」
グレイスはしゅんとしてしまう。これでは嫌われてしまうかもしれない。そんな不安が胸に膨れたのだ。
「いやいや、私こそ知らなかったとはいえ、すまなかったね。……リモーネ、小屋にお帰り」
ダージルはちょっと惜しそうな声をしていたが、リモーネにそう言った。リモーネは言葉と言われた内容がわかったらしく、きゃん! とまた鳴いて、そしてたったっと駆けていってしまった。
残ったのは気まずい空気。仕方がないこととはいえ。
そのあとも散歩は続いたのであるが、最初の空気は消えてしまっていた。グレイスの胸の中があまり快くなかったのは、言うまでもないだろう。
そのあとはランチをいただいた。ダージルと、そのご両親とだ。
グレイスは勿論、気を張ってしまっていて、正直料理の味などよくわからなかった。家で食べているものもそれなりに上質なのだが、それよりもっと豪華であり、またおいしい食事だっただろうに。
午後も同じようにダージルやご両親との交流で過ごし、夕方やっと帰路につくことになった。ご挨拶をして馬車に乗る。
馬車に乗るときはフレンが手を差し伸べてくれた。彼はグレイスの傍についているとき以外は使用人室かどこかで待機していてくれたらしい。
差し出してくれた、その手。ほわっとあたたかかった。グレイスはその手を取った瞬間、安堵が溢れてしまった。お招き中、ずっと張っていた気持ちがするするとほどけていったのだ。
不思議なことだと思う。ただ、手に触れただけなのに。
今日触れられたダージルの手とはまるで違っていた。グレイスに安心を与えてくれる手だ。
馬車の席に落ちつき、やがて馬車は発車した。がらがらと車輪が音を立てて道をゆく。上等な馬車なので振動は最小限だけれど。
やっと家路につけて、グレイスははぁ、とはっきりため息をついてしまった。
隣に腰掛けているフレンがちょっと顔を覗き込むような様子を見せる。
「お疲れ様でした。お気を使われたでしょう」
その顔には微笑が浮かんでいて、グレイスを安心させようとしてくれているのが伝わってきた。グレイスはそのフレンの笑みにもほっとしてしまう。
「ええ……やはり大変だったわ」
「そうでしょう。お屋敷に帰ったらお茶を淹れますね」
「ありがとう。ロイヤルミルクティーがいいわ」
「かしこまりました」
そんなやりとり。日常のやりとり。
今まで当たり前のようにあったもの、そしてそれが世界のすべてだったもの。
でもこれからは違うのだ。
ダージルの屋敷にはこれからもちょくちょく訪ねることになるだろうし、あの家にお嫁入りとはならないけれど、ダージルがグレイスの元へ入り婿にやってくるのである。
今までと同じように、好き勝手に奔放に、は、きっとできなくなる。それをカケラだけでも感じてしまって、既に憂鬱だった。
でも今、そんなことを言うわけにはいかない。言わなくてもフレンはよくわかってくれているだろうし。
「あのね、ちょっと困ったことがあって」
グレイスは今日あったことで一番の問題を話題に出した。
これは言って構わないだろう。今、言わなくてもきっといつか知られてしまうだろうし。
「おや。なんでしょう」
フレンはちょっと首をかしげた。
「その……ダージル様は犬を飼ってらしたの」
グレイスのそのひとことだけで、フレンは事態を理解してくれたらしい。目を丸くした。
「なんと……それはちょっと、困りますね」
「ええ」
フレンがグレイスの犬嫌いを知らないはずがない。そもそもグレイスが犬に襲われたとき、助けてくれたのはフレンなのだから。よく知っているに決まっている。
「それで、溺愛されているようで……その、なんと言ったら良いかしらね。なんだか意外なお顔だったというか……」
流石に、犬に押し倒されて地面に転がっても満面の笑みだったとは言えない。グレイスは言い淀んで、誤魔化してしまった。
フレンには『誤魔化した』とはわかってしまっただろうが、言いにくいことだったからだというのもわかってくれたらしい。小さく頷いた。
「飼い犬様を愛してらしたのですね」
「まぁ……ええ。そういう様子で」
とりあえずそこが伝わればいいのだ。ほっとしてグレイスも頷いた。
「そうですか……。好ましく思われませんでした、か?」
心配そうな声でフレンが訊いてきた。今、馬車の中は二人なのだ。ついてきたほかの使用人たちは別の馬車に乗っているのだし、御者は馬車に誂えられた部屋の外。はばかることはない。
「ん……よくわからないわ」
グレイスはちょっと考えて、曖昧な返事をした。
確かに驚いた。けれど人間、良い面ばかりではないのだ。意外な一面だとか、ちょっと困った面だってあるだろう。だから、そういうもののひとつを見ただけで『嫌』とも言えやしない。
「そうですよね。まだお互いのことをよく知っているとは言い難いですものね。これから色々とあるでしょうし」
フレンもそれだけで済ませてくれた。グレイスはほっとする。
同時に不安にもなったけれど。
ダージルのこと。これから知っていくのだろう。
それは良いけれど、その先にはなにがあるのだろうか。総合的に好ましく思うことはできるだろうか。グレイスにとってはそれが一番心配なことだった。
そしてもうひとつ。なんだか寂しいこともあった。
ダージルと近付いていくたび。フレンが遠くなってしまう気がしたのだ。
そんなことは錯覚だ。ダージルと結婚する日が訪れても、同じ屋敷で暮らすことになっても、フレンはいなくなったりしないのだから。
従者としてずっと一緒にいてくれるのだから。距離が遠くなるなんてあり得ない。
でも。一番身近な男性。その関係はなくなってしまうのかも……しれない。夫になる男性が一番近くになって当然なのだから。
それが寂しくて、また、はっきり言ってしまうのが怖いと思う。
「……少し、くたびれたわ」
少しためらった。こんなことをするのは。
でも今ばかりは安心を取りたい気持ちが勝った。グレイスは小さな声でそう言い、そっと体を傾けた。隣に座るフレンの体に触れる。肩にこつりと頭を預けた。
それは幼い頃は良くしていた仕草で、どこかにお出掛けとなれば、疲れ切った帰り道はこうしてフレンに寄りかかってすやすや眠ってしまったものだ。
今、何故か。それをしたくなったのだ。
フレンに触れれば心臓は騒いでしまうし、今だってそれがないわけではないけれど。触れることで安心したかった。
「……お嬢様」
フレンの声が上から聞こえる。触れ合っているのだ。体から声が発されているのが直接伝わってきた。
その声に含まれているのは知っている。
戸惑い、だ。ここしばらく、グレイスがこんなふうにしてくることはなかったからだろうか。目を閉じながらグレイスはそう考えた。
それともほかの。期待しそうになってしまって、内心首を振った。そんな期待はあとから自分を苦しくさせるだけだ。
ただ、寄りかかったフレンの肩のあたたかさ、そしてひとの体の感触に集中する。どきどきしてはしまうけれど、同時に心地良いものなのだ。
目を閉じて、疲れから本当に眠りに落ちそうになったとき。
膝の上に重ねていたグレイスの手になにかが触れた。
それはよく知っている、この馬車に乗るときも触れてくれたフレンの手だ。そっとグレイスの手を包み込んで握ってくれる。
その意味はグレイスにはわからなかった。ただ、胸がどきどきするのが強くなった。
だって、今、手を握ってくれる理由などないのだ。
強いて言えば、グレイスが気疲れしたから慰めるためとかそういうものはあるかもしれないけれど、それにしたって握るまでしなくて良いだろう。
それでもグレイスは、振りだけではなく本当に疲れ切っていたのであり。
フレンの肩に寄りかかり、手をしっかり包まれたまま眠りに落ちてしまっていた。
一ヵ月の謹慎も明けて、いよいよマリーの家との小旅行が迫ってきていた。
謹慎が明けてからグレイスが真っ先にしたことは、フレンとの約束を果たすことであった。
即ち、二人で出掛けること、である。
謹慎期間、グレイスは言いつけ通りに大人しく過ごしていた。
暇な時間を持て余してしまうこともあったので、そういうときには趣味の刺繍に取り組んだ。
フレンが手に入れてきてくれた上質の絹糸。あれを使って、カフェカーテンを作っていた。布は麻素材で、上等な布ばかり身の周りにあるグレイスにとっては少々慣れないものであったが、なにしろ夏である。こういう素朴な素材を使うのも良いとフレンがアドバイスしてくれたのだ。
フレンは時間が余ったときなどグレイスのところへやってきて、進捗を見たり教えたりしてくれた。そんな些細なことにすらグレイスは嬉しくなってしまったものだ。
そして、フレンとの約束でも刺繍関連の店へ行った。街中の素朴な布や糸を扱っている手芸店。二人で布やレースを見た。
グレイスはこういう店には滅多に来ないので、フレンが色々と教えてくれたのだ。
そしてグレイスは自分の気に入ったもののほかに、もう一種類布を購入した。
「お嬢様、こういうものを好まれるとは意外ですね」
不思議そうに言ったフレンに、グレイスは微笑む。
「先のことはフレンに随分迷惑をかけてしまったから、お詫びよ。これでカーテンを作るの」
グレイスのそれに、フレンは目を丸くした。
「なんと、そんなお気遣い」
「私が作りたいのよ」
それで押し切ってしまった。フレンはちょっと慌てたようだったけれど、最終的に受け取ってくれる約束をしてくれた。「身に余る光栄です」とは言われたけれど。
グレイスは別に包んでもらったその布を大事に抱えて、屋敷へ帰った。これは特に頑張って作らなければ、と決意しながら。
真夏のある日。グレイスはマリーと二人でひとつの馬車に乗り、避暑地の別荘へ向かっていた。今回はフレンも別の馬車である。せっかく従姉妹同士二人なのだから、ほかにひとがいないほうが良いと気を使ってくれたのだ。
使用人たちの乗る馬車のひとつで、おそらくマリーの家の使用人、マリーの従者などと話をしているのだろう。自分の居ないところでのフレンのことも気になったけれど、それは毎回のことなのですぐにマリーとのおしゃべりに話を弾ませてしまった。
マリーの最近のこと、グレイスの謹慎中のこと……。
フレンと二人で出掛けたことも話した。そのときマリーに言われたことにはどきっとしてしまったけれど。
「相変わらず仲が良いのね。きょうだいか恋人同士のようね」
きょうだい、は確かにそうともいえなくない。幼い頃からずっと傍にいたのだから。お世話をしてくれる立場だとはいえ、歳は近いほうだと思う。
けれど、恋人同士。それは完全に無いのである。
少なくとも、今のところは。
……いえ、これからだって、きっと無いわ。
グレイスは胸の中で言って、自分のその思考にちくりと胸を痛めた。
マリーから見えた、そんな関係。本当にあったら良かったのに。
「やぁね、そんなんじゃないって知っているでしょう」
そう言うしかなかった。それでマリーも「そうよねぇ」と言って、これを終わらせてくれた。
「それで、ダージル様にもお会いしたのでしょう。どうだった?」
今度は違う意味でどきっとした。少し前にダージルの屋敷にお招きされたこと。マリーも知っているのだ。
ちなみに今回の小旅行にはダージルも来ることになっていた。
住まいが少し離れているので、合流することなく、直接別荘まで訪ねてくれる予定である。
きっとあちらも今、向かっているのだろう。それはそうだろう、これからグレイスにとっては身内、マリーにとっては親戚になるのだ。ここで交流するのが絶好の機会というわけ。
「ええ、楽しかったわ。優しいお方で……」
グレイスは無難なことを言った。
とはいえ、嘘ではない。ダージルのことは本当に優しくて良いひとだと思う。
ただ、犬に対するあの様子は……ちょっと変わっているといえるだろうけれど。