グレイスは思わずきょとんとしてしまった。来た動物が『リモーネ』という名前らしいのはわかる。けれどダージルのこんな様子は初めて見たのだ。
 目がきらきら輝いていて、満面の笑みだった。しかもここまでの様子とまったく違う。グレイスをエスコートしてくれているときとは、まったく。
 ダージルの声に反応したように、茂みががさがさっと鳴り、ばっと姿を現したもの。
「……っ」
 思わず悲鳴をあげるところだった。なんとか呑み込んだが。出てきたのは大きな犬だったのだから。白い毛並みで、グレイスの腰のあたりまでくるほどの大型犬。
 とてもかわいらしい……と言いたいところだったが。
 グレイスにそれは難しい。グレイスの苦手な生き物。それは犬、なのであるから。
 リモーネ、と呼ばれた犬はたったっと走ってきて、ダージルに飛びついた。ダージルも満面の笑みでそれを受けとめる。
「きゃん、きゃん!」
 リモーネが喜び、また興奮しているのは明らかだった。それは微笑ましいと言えるものであっただろうけれど、グレイスは今すぐこの場から逃げ出したくなった。心臓が嫌な具合にばくばく打つ。
 犬が苦手なのは、単純なこと。子供の頃に飛びかかられて、噛みつかれそうになったからだ。そんな怖い体験があって、好きになれるはずがないだろう。
 来ないで、こちらには。心の中で必死に念じた。
 幸いリモーネはダージルにじゃれることに夢中になっていて、グレイスのほうはちらりとも見なかった。
「こらこらリモーネ、くすぐったいぞ!」
 リモーネはその体格の良さも手伝って、ダージルを倒さんばかりだった。なんとか踏みとどまっていたダージルだったが、そのうちぐらっと体が傾いた。
 危ない!
 違う意味でグレイスの心が冷えたのだけど。
 どさっ!
 大きな音と共に、ダージルは地面に倒れ込んでいた。
 た、大変! ひとを呼ばないと!
 心の中でグレイスは叫んで、すぐに声を出そうとしたのだが。目の前の光景にその声は出てこずに呑み込まれてしまう。ダージルは心底嬉しそうな表情を浮かべていたのだから。
「困った子だ! そんなに俺が好きかい!」
 リモーネの体に手を伸ばしてわしゃわしゃと撫でる。その表情は崩れていて、なんというか……デレデレ、といっても良いものであった。グレイスはあぜんとした。
 ダージルのこんな様子も言葉遣いも、見るのが初めてだったのに決まっている。