謹慎中とはいえ、それはただ家の中だけのこと。外でのこなすべきことはそのまま進んでいった。なにしろ一番重要なことがあったのだから。
 それはダージルの元を来訪するという予定である。
 婚約の儀はオーランジュ家とその傍の教会で行われたので一度お邪魔したことはあったのだけど、個人的に、といっていいような来訪はまだであったのだ。
 よってグレイスはある天気のいい日に馬車に乗り、オーランジュ領まで向かった。勿論グレイス付きのフレンも一緒にである。
 馬車に共に乗り、おしゃべりをしつつ向かったのだが、その道中は意外と穏やかであった。先日マリーと楽しく過ごしたことでグレイスの気分は上向いていたらしい。
 特に恋もしていない婚約者に会うというのはあまり嬉しくはないのだが、これとて務めのひとつ、くらいに感じられるようになっていた。
「いらっしゃい、グレイス。歓迎するよ」
 そして迎えてくれたダージルは常の通り、にこにこ微笑んでいた。
 どうやらダージルのほうからはグレイスを気に入ってくれたようなのだ。呼び方もより近しいものになっていた。それは喜ばしいやらちょっと複雑やらなのだけど。
 ダージルから気に入られなければ、向こうからお断りとなった可能性はあるのだ。それは家のこととしては困るものの、グレイスの心情的には助かるものなのだから。
「お招き感謝いたします、ダージル様」
 グレイスは招き入れられた客間のソファから立ち上がり、スカートを持ってお辞儀をした。
 お出掛け用の服の中では一番いいものを着てきた。今日のために仕立ててもらったものだ。レースがふんだんに使われている、濃い青色のドレス。そろそろ暑い時期なので涼し気でぴったりだ。
 隣にはフレンが控えていて、彼も軽く礼をしたようだった。
「遠くから疲れただろう」
 しばらくお茶をしつつくつろぐことになり、ダージルはグレイスの対面の椅子に座り、話しはじめた。話す内容は他愛もないことであったけれど、グレイスはそれをすべて覚えられるように注意して聞いていた。
 覚えておいて、次に会って話すときに生かせるようにしなくては。まさか聞いていなかったと思われるわけにはいかないからである。
 出されたお茶は薫り高くておいしかった。家で飲むものも高級品なのだが、これもきっとそうなのだろう。