しかしグレイスが声を出せることはなかった。体が凍り付いていた以外にも、フレンがまるで残像が見えるほど素早く脚を振ったのだから。
 勢いをつけて繰り出された長い脚。今度は、一連の出来事に固まっていた男たちの最後の一人の脇腹に叩き込まれる。
「ぐぅっ!」
 鈍い声だけを残して、やはりどさっとその男も地面に沈んでしまう。
 その男を、体勢を戻したフレンが見降ろす。恐ろしく冷たい目をしていた。
 彼がこれほど冷え切った目をすること。グレイスは知らなかった。見たこともなかったのだ。
 これは、ほんとうに、フレンなの。
 心の中だけでしか言えなかったけれど、呆然と呟いた。
 しかしこれで終わりではなかった。グレイスに迫っていた男。どろどろ肩から血を流しているところをなんとか押さえている男に。
 フレンはなにかを突きつけた。ぎらっと光ったそれ。自分に向けられたわけでもないのに、グレイスはそれが心臓に突き刺されるのかと感じてしまった。
「お嬢様に」
 男の頬のすぐ横にナイフを突きつけておいて、フレンはゆっくりと口を開いた。
「手を出すな」
 出てきた言葉。先程の視線と同じように、低く氷のように冷たい声をしていた。