パーティーも佳境となった。そろそろだろう。グレイスもきちんとパーティーの計画は把握していた。
 その通り、ベルが鳴った。軽やかなベルの音に、お客様たちはおしゃべりをやめて、グレイスの父のいる壇上へ目を向ける。グレイスは父の横に控えていた。どきどきしてくる。
 これからついに、婚約がおおやけになる。実際のことになってしまうのだ。返事は決まっているとはいえ、初めてのことだ。緊張が解けない。
「皆様。これより領主様よりお話がございます」
 執事長が粛々と告げた。お客様は静まり返る。お客様の中でも話が通っていないひとたちもいるだろう。そのひとたちの、少々戸惑った空気も伝わってきた。
「皆様。この度、娘に良いお話をいただきました。……オーランジュ様」
 父が名を呼びそちらに視線を向ける。ダージルはやはり元の椅子にいたのだが、その視線で腰を上げ、つかつかとこちらへやってきてくれた。胸に手を当て、深々とお辞儀をする。その様子は、この場にいる誰よりも身分が高いなどとは感じさせてこない丁寧さだった。
「ダージル=オーランジュと申します」
 その挨拶だけでその場にざわめきが広がった。ダージルが伯爵家であるオーランジュ家だと名乗ったことでだ。家族構成など知らずとも、つまりダージル本人を知らずとも、お客様は貴族の方たちだ。伯爵家の名を知らないはずがない。この状況でなんの発表かも悟られただろう。
「オーランジュ様と、娘・グレイス。この度、婚約を交わすことになりました」
 父の宣言に、その場には、おお、と感心したような声が溢れる。お客様のいるホールから、嬉し気な空気が伝わってくるのをグレイスは感じた。これは祝福されそうである、と思う。
 受け入れられないよりはよっぽど良いが、逆に受け入れられたことで外堀を埋められる形にはなるのだわ、とぼんやり思った。
「グレイス嬢」
 ダージルがグレイスの前に進む。グレイスも一歩踏み出し、お客様たちの前に立った。そのグレイスの手を、ダージルが取る。
 白い手袋をした手は、手袋ごしでもほのかにあたたかいのが伝わってきた。グレイスの手をすくい、持ち上げ、そしてそっと顔を伏せた。手の甲へのくちづけ。
「わたくしと、婚約してくださいますか」
 それはただの形式美であった。グレイスの答えは決まっているのだから。