「グレイスお嬢様のご入場です」
 フレンに腕を組んでもらって、グレイスはしずしずと会場へ足を踏み入れた。心臓がどきどきして、ぎゅっとフレンの腕を握ってしまう。
 でもその腕はしっかりとしていて、あたたかくて。やはりグレイスに勇気をくれたのだった。
 従者に付き添われて入場したグレイスに、ぱちぱちと拍手がなされた。グレイスは笑みを浮かべる。人々に笑みを振りまきながら、ゆっくり広間を歩いて、座に居る父の横へ辿り着いた。
 フレンが腕を解いて、一礼する。そのまま横に控えて立ってくれた。
「皆様、今日はお集まりいただきましてありがとうございます。娘のグレイスも本日で十六になり、この良き日を迎えられたことを……」
 父の挨拶がはじまる。グレイスは横でそれを聞いていた。いつもと同じ挨拶。
 ひとつ違うのは、お客様の中。一番いい、客分の席に居て、立っているほかのお客様とは違ってゆったり腰かけているひとである。
 ダージルはやはり昼間と同じ微笑を浮かべて椅子に腰かけていた。その服装はよっぽど豪華になっていたけれど。まるで王子といっても通ってしまうほど豪華だった。
 身に着けている服は白が基調で、黒とワインレッドの差し色が入っている。鈍い金色のタッセルが肩を飾り、腰には同じ色のベルトが巻かれていた。
 自分のためにこれほどの盛装をしてやってきてくださったことは嬉しい、と単純に思う。悪いひとではないだろうことは昼間の席でなんとなく感じられたのだ。
 恋する相手がいなければ「この方と結婚しても、それなりに好きになれるし、上手くいくのではないかしら」くらいには気に入ったかもしれない。そう思うには、グレイスの中の恋心がまだそれを阻んでいたのだけど。
 そんなことをぼうっと思っているうちに、父の挨拶は終わっていた。使用人がカートで運んできてくれていたシャンパンを、フレンが取り上げてグレイスに渡してくれる。グレイスのこれは勿論アルコールなどは入っていないはずだ。横では別の使用人、執事長が父にグラスを手渡していた。
「では、娘の誕生祝いと、お集まりくださった方々の健全を祝って……乾杯!」
 父がグラスを持ち上げて乾杯を告げる。ひとつずつグラスを持っていたお客様も、近くの人々とグラスを合わせて、乾杯、乾杯、としてくれた。
 グレイスは父の傍に寄り、「乾杯申し上げます」と、そっとグラスを差し出した。
「ああ。おめでとう」
 父もグラスを差し出して、グレイスのものとかちりと合わせてくれる。一杯の甘いシャンパンの味で、誕生日パーティーは幕を開けた。