そのとき、ガンッと音がして、グレイスの防壁になっていた馬車が思い切り傾いた。グレイスは咄嗟にうずくまる。
 そのために無事に済んだが、直後。がしゃんっと、馬車は完全に大破していた。
 馬車に攻撃を加えられたのだ、と理解したグレイス。そしてそれは当然のように、隠れていたグレイスを引きずり出すためだ。
 大破した馬車の向こうで、顔を強張らせた執事長がこちらを振り向くのが見えた。
 が、彼は目の前の賊の刃を短刀で受け止めていて、動けるはずもなく。
「お嬢様っ!!」
 悲痛な声だけが、遠くに聞こえた。その直後。
「……覚悟!」
 バッと、長剣を持った賊がそれを振りかざして突っ込んでくる。グレイスの心臓が喉元まで跳ね上がった。
 切られる。殺される。
 しかし、振りかぶられた長剣がグレイスの頭上まで来たとき。
 そのとき何故か。グレイスの思考はすぅっと静かになっていた。
 もういい、こんなことになったのはすべて自分のせいなのだ。
 自分の我儘のせい。その報いを受けるだけ。
 せめて、自分を葬ることで賊たちが満足して、家の皆が助かれば。
 思って、うずくまった姿勢のままぎゅっと手を組んで目をつぶり、覚悟を決めたのだが。
「グァァーッ!?」
 目の前で恐ろしい声がした。びしゃっと、なにか、液体が飛び散る嫌な音も。
 次いで、ドサッと音がした。目の前の男が地面に倒れ込む、音。
 一体、なにが。
 グレイスは目を開けようとしたのだが、その前にふわっと体が宙に浮いた。なにかに持ち上げられたらしい。
「きゃあっ!」
 突然の浮遊感、物音だけ聞こえた一連の出来事。グレイスは混乱のままもがいた。
 が、その体はぎゅっと抱きしめられる。
 知っている手で。優しくてあたたかい手で。
「お嬢様! ご無事ですか!」
 降ってきた声も、知っているもの。けれどここで聞こえるはずもないもの。
「……フレン!?」