「お嬢様、お静かに」
 執事長の顔が固くなる。立ち上がりかけたグレイスの体の前に手を出して、制してきた。
 グレイスは立ち上がるのをやめて、再び長椅子に腰掛ける。どくどくと心臓が跳ねてきた。気持ちの悪い跳ね方で。
 執事長は外の様子を伺っているようだった。グレイスも息を潜めて同じように外の気配を探る。
「オーランジュ伯爵家への冒涜を働いた罪により、貴様らの命、もらい受ける!」
 男の低く、鋭い声があたりに響き渡った。息を呑んだのはグレイスだけでなく、この場の全員が、だっただろう。
 しかし一番心臓が冷えたのはグレイスだった。
 言われた言葉。思い当たらないはずがない。
 冒涜、それは自分のおこない、なのだから。
「覚悟!」
 それが最後だった。
 ザッと地面を蹴る音、なにかが壊れる鋭い音、ひとの叫び声。
 グレイスは真っ青になって震えるしかなかった。
 なに、これは、襲撃、こんなところで。
 自分の命が危ういことも理解して恐ろしくなったけれど、それ以上に、外のひとたち。
 御者や護衛についていてくれた使用人。
 それに、父。
 父は別の馬車に乗っていた。同じようにお付きを伴って、である。
 ……殺されてしまう、のかしら。
 血の気が引いた。
 けれどグレイスにできることなどない。おまけに見つからないよう隠れるなんてことも無理な話である。馬車は開けた道を無防備に走っていたのだから。
「うぉぉ……!」
「ギャァァッ!!」
 外からは聞いたこともないような恐ろしい声のやりとりが聞こえてくる。武器を交わして戦闘状態になったのは明らかだった。