それから。グレイスの心は不思議なほどに落ちついた。現状はまだなにも変わっていないのに。
 しかし、一人ではない、一人で抱え込まなくていい、と言われたことはグレイスにとって大きな安心であった。
 レイアに「任せてほしい」と言ってもらえたことも。
 本当に『なにもかも上手くいく』かはわからない。婚約がどうなるかも、フレンのことがどうなるかも、グレイスにはわからないのだ。先は確かに見えない。
 それでも。グレイスの心が安定したことで思えるようになったのだ。
 きっと大丈夫、と。
 だからこそ、父から呼び出しがあっても素直に応じることができた。
 「ダージル様と会ってこい」という呼び出し。
 予想はしていたものの、やはり心臓はすぅっと冷えた。
 あれだけのことをしてしまったのだ。ダージルの気分を損ねて、もしくは失望されて、婚約解消と言われても仕方がないことである。
 婚約解消とされてしまえば、父に叱責されるだろう。場合によっては叱責で済まないかもしれない。
 それでも向き合わなければいけないことであるし、逃げ回ってどうにかなることでもないのだ。
 よって、グレイスはすっかり秋になっていたある日、馬車に乗ってオーランジュ領へ向かった。
 心臓はずっと嫌な具合にどきどきしていた。心が安定していて、また覚悟を決めていたとしてもどうしようもない。
 ちなみにレイアからはあれから連絡がなかった。今回のオーランジュ家の屋敷への訪問。知られているかはわからないけれど、とりあえずグレイスはレイアに泣きつくつもりはなかった。
 これは自分で向き合わなければいけないことだから。
 だから恐ろしくはあるけれど、父の要望通りに「かしこまりました」と向かっている。
 お付きは執事長だった。フレンがいなくなってから、グレイスのお付きは執事長が主に務めてくれているのだ。すぐに代わりの従者など見つかるはずもない。
 しかし執事長とて、ほかに仕事を抱えている。使用人たちの統括役であるだけあって、大量に、しかも重要なものをだ。
 だから遅かれ早かれ、新しい従者かそれに準ずる存在は宛がわれるのだろう。それについてはとりあえず今、考えないようにしていたけれど。
「ようこそお越しくださりました」
 数時間馬車に乗って、辿り着いたオーランジュ家の屋敷。門番が丁寧に礼をしてきた。
「お邪魔いたします」
 グレイスも丁寧にお辞儀をして、そして執事長にエスコートされて屋敷の中へ向かったのだった。