部屋に入ってソファに座っても、グレイスはしばらくレイアにしがみついたままだった。
 みっともなくわぁわぁ泣くのは少しだけであったが、弱く出てくる涙はなかなか止まらなくて、流しながらレイアにしがみつくしかない。
 レイアはそれを受け入れて、グレイスの肩や背中を優しくさすってくれた。
 レイアがいつもつけている香水の香りがする。百合の香り、だったか。ほの甘くて優しい香り。
 グレイスは昔からこれが好きだった。「おばあちゃま、いい香り!」などと無邪気に言って、自分もつけてみたりして……つけすぎて酷いことになって落ち込んだりもしたものだ。
「少し落ちついたかしら」
 十数分も経っただろうか。レイアに言われて、グレイスはぐすりと鼻を鳴らしてからそろそろ起き上がった。ソファにきちんと座る。
 そこへレイアがハンカチを差し出してくれた。グレイスは申し訳ないと思いつつも、「ありがとうございます」とそれを受け取って涙を拭った。
 元々腫れていた目が余計に腫れてしまうわ、なんて思えたのは、言われた通り、少し落ちついたから、なのだろう。
「レイシスに聞いたのよ」
 レイアは静かに話をはじめた。グレイスはちょっと驚いた。レイシス……グレイスの父の名である。
 レイアはグレイスにとって、父方の祖母に当たる。つまり、グレイスの父の母、なのである。
 だから名前で呼ぶのは自然だが、問題はそこではなく、父がレイアに話をしたということであった。
 当然かもしれないけれど。グレイス付きの従者であるフレンを解雇したなど、軽い出来事ではないのだから。
 それでレイアはグレイスの心情を心配して来てくれたのかもしれなかった。
 でもどこまでおばあさまは聞かれたのかしら。
 グレイスはちょっと心配になった。
 フレンと恋仲、ではないが、恋仲のようなことをしてしまったことまでも知られてしまっただろうか。懲戒解雇なんてこと、理由を話さなければ「ではどうして急に」となるだろうし、それに偽りを述べるわけにはいかない。少なくとも近しい親族に誤魔化すことなどしてはいけないことだ。
「そう、……ですか」
 グレイスは俯いてしまう。
 情けなかった。
 婚約を喜んでもらえたのに。自分はそれを裏切ってしまったのだ。
 おまけに大事な存在であったフレンまで手元から、手放してしまった。結果論でしかないが、自分のせいで、だ。
 どちらも自分が苦しいだけではなく、父にも祖母にも悪いことをしてしまったと思う。
「辛かったわね」
 けれど、レイアの声は優しかった。おまけに「どうして」などと、責める内容ではない。むしろグレイスの心に寄りそってくれるような言葉。