「グリーティアなら、昨日付けで解雇した」
 冷たい声で言われたこと。父がこれほど冷たい声を出すことなど、グレイスを叱るときでも無いことだ。その声がグレイスの胸を冷やす。
 内容が染み込んできたのは、一拍遅れてだった。
 解雇?
 もう、この屋敷に勤めても、いない?
 頭を殴られたような衝撃がグレイスを襲う。
 ぐらっと意識が揺れて、倒れるかと思ったほどだ。なんとか踏みとどまったけれど。
「ど、どうして……」
 やっと口に出した。しかしグレイスは父のその冷たい視線を向けられる。
「理由など。お前もわかっていると思うが」
 今度こそ、グレイスの意識ははっきり凍り付いた。
 わかっている、なんて。
 父に伝わったに違いなかった。あの、別荘で熱を出した原因になったことだ。
 息を呑んだグレイスに、父はもはや睨みつけるといっても良いほど冷たく鋭い視線で続きを口に出した。
「従者の分際で、婚約者のいる主人に手を出すなど。解雇でも生ぬるいくらいだ」
 なにも言えなかった。
 おそらくフレンから父に話したのだろう。
 こういうことがあったのだと。
 そして自分はこうしたのだと。
 そのことに関する謝罪も。
 それで父の下した処分が懲戒解雇だったと。
 そういうことだろう。
 ぐらぐらと頭痛が襲ってくる。
 自分になにも言わずにいなくなってしまったのは、これが原因だったのだ。

『わたくしは、いつでもお嬢様のお傍に』

 フレンがいつか誓ってくれた言葉が頭によぎった。
 お傍にいると、言ってくれたのに。誓って、くれたのに。
 一瞬、恨みそうになった。けれどすぐにグレイスは気が付く。
 あの言葉を裏切ったのは自分なのだ。
「お父様! 違うのです」
 グレイスは思い切って声を出した。お腹の底から絞り出すようになった。そうしなければ発することもできなかったのだ。