ぱたぱた、と上から雫が滴ってくる。髪や体を覆ってくれるストールも、今は無い。
 グレイスは大きな樹の下に座り込んで、ぎゅっと体を抱きしめていた。樹の枝と葉のおかげで、雨が直接当たるのだけは避けられている。
 あの場から逃げ出して、走って、気付けば森の中に走り込んでいた。追ってくるひとは、どうやらいない。
 はじめから追ってこなかったのか、グレイスを見失ったのか、諦めたのか、わからない。けれど今は居ないというだけで良かった。
 ふるっと体が震える。直接当たらないとはいえ、雨の降りだした中へ走り出して、おまけに森の中へなんて走り込んでしまったのだ。もう肩や髪はすっかり濡れてしまっていた。
 いけない、これでは冷えてしまう。風邪でも引いてしまうだろう。すぐに立ち上がって屋敷へ帰らないと。
 わかっているというのに、グレイスはその場から動けなかった。ただ、先程の一連の出来事がぐるぐる頭を巡っていたのである。
 ダージルに『お転婆』が見つかったことも。その腕に抱かれたことも。
 そして、くちづけをされそうになった、ことも。
 すべて受け入れたくなかった。
 こんなものは自分にあるべきでない、と。はっきり悟ってしまった。
 心の望むままに動けない、自分が自分でいられなくなるような不安。
 触れられたときに感じた、震えあがるような感覚。
 そして青の瞳。青色で見つめられることがあれほど恐ろしいなど、グレイスは初めて知った。
 同時に思い知った。
 自分が欲しかったのが、何色の視線なのかも。
 色だけではない。
 やわらかな笑みをたたえた瞳。穏やかで優し気なまなざし。
 それはただ一人しか持ちえないものなのだ。