わたしはこっそりスマートホンで検索。答えはすぐに見つかった。

でも自分の言葉でそれを説明するのは難しい。

横目でチラリと王子の様子を伺う。

ノートに目を落として、真剣に何かを書いている横顔は映画のワンシーンみたいに絵になる。

光が王子の銀色の髪を輝かせ、長い睫毛の下で影を落とす。

形の良い額から鼻筋、柔らかそうな唇まで、完璧なラインを描いていて、しかもニキビなんかきっとできたこともない白くて透明な肌。

わたしはなかなか治らないおでこのニキビをつい触ってしまいながら、慌てて前髪を下ろした。

テーブルの一番遠くに置かれたオレンジジュースは、空中の水分を吸い寄せたみたいに結露でテーブルを濡らしている。

王子はバライカ王国が沈む直前に、日本へと移住してきた。

生まれて初めて乗った飛行機から、自分の国を見下ろして何を思ったんだろう。

自分の国に二度と帰ることができない。

それはどんなに寂しいことだろう。

日本にもダムに沈んだ村があるのは知っている。

永遠に続くものなんてない。

地球だっていつかは無くなっちゃうんだ。それはわたしの死んだずっとずっと後のことだとしても、何回目かに生まれ変わった自分とか、子孫とか、そういう人たちがその瞬間に立ち会うことになるのかもしれない。

ぼんやりと王子の横顔を見ていたわたしに気付いて、王子がオレンジジュースをわたしの前に差し出した。

「そんな物欲しそうに見られてたら勉強できない」

なんでも知ってる王子だけど、意地悪な王子のたまに見せてくれる優しい笑顔に、わたしの脳が溶けそうなのはきっと知らない。








帰り道、王子は自転車を押して、わたしはその隣をゆっくり歩く。

海沿いの道を街灯の灯りが照らしている。

まだ家に帰りたくなくて、風に吹かれる王子の横顔をそっと見上げた。

王子の口元はいつも微かに微笑んでいるみたいに口角が上がっているのに、その横顔はどこか寂しそうに見える。

癒せない傷を抱えた人みたいに。

「王子はバライカ王国を再興したいと思う?」

二人で灯台の下に座って海を見る。一番星が三日月と並んで空の向こうに輝いている。

王子は見えない祖国を懐かしんでいるんだろうか。

「この地球上のどこにも、もうバライカ国を作れるような場所はないよ」

「そんなの分かんないよ! どっかにあるかもしれないし、バライカがまた浮かんでくるかもしれないじゃん」

気休めって思われたって、わたしは王子に夢を持っていて欲しい。

そしてそんな王子の隣を歩いていたい。

だから、わたしも王子にだけ本当のことを知っていて欲しいと思った。わたしの秘密。わたしも王子と同じように故郷を失ったこと。

「わたしも生まれた星からここに移り住んだの」

王子は眉をひそめる。そりゃそうだ。普通に聞いてたら頭のおかしい子だと思われる。

わたしはちょっとだけ髪をかきあげて、王子にそれが見えるようにした。

「わたしの耳、先が尖ってるでしょ?
多くの同胞たちは耳の尖った部分を切りとって地球人に似せているけど、わたしの耳は故郷では馬鹿にされるほど小さかったから、切らずにそのままにしてるの。
わたし地球人じゃないんだ。
わたしのいた星は、多分今頃太陽みたいな星に飲み込まれて溶けちゃってる」

驚いて固まってる王子。

「宇宙は広いんだよ」

笑って両手を広げたら、風がびゅうっと吹いて飛んでいきそうになった。

王子が咄嗟に腕を伸ばして掴まえてくれたから、嬉しくなってその横顔にキスしてみた。

「今はない国の王子様と、今はない星のお姫様だよ。わたしたちお似合いじゃない?」







「大臣、こちらがバライカ王国沈没にかかる最終調査報告です。やはり急激な都市開発による地盤沈下が最大の要因でした」

「そうか。開発を手掛けた企業の八割が我が国の経済の主軸を担っている。このことは伏せておくように。移民は我が国が全て受け入れた。今後損害賠償などが起こらんように注意してくれたまえ。それから今後バライカ王国周辺の経済水域の問題も出てくるだろう。我が国が抑えられるように根回しを怠るな。
で、例の宇宙人の方はどうなった?」

「はい。そちらも順調です。宇宙船の開発援助を条件に移民を受け入れております」

「うむ。地球もいつ住めなくなるか分からんからな。情報漏洩に気をつけてくれたまえ」

「はい。失礼いたします」

男は癖なのか耳を掻きながら大臣室を出ていった。

宇宙人の移民受け入れは今に始まったことではない。

情報は秘され続けているが、宇宙船開発が失敗し続けているのもまた真実。

取引はフェアに行われるべきだ。そのためには切り札はとっておかなければいけない。

「宇宙は広いが価値のあるものは少ない」

男は独り言ちる。

この星ほど美しく貴重な星は宇宙広しと言えど、そうそうあるものじゃない。

失敗を繰り返さないためには、情報は有効に利用してこそ価値がある。





その後バライカ王国は二人の若き科学者たちの活躍により、海底王国として復興を遂げたとか、そうでないとか。

真相はまた別の機会に。

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