ユーリ・クロムウェル。
 乙女ゲームの攻略ヒーローの一人で、唯一の教師だ。

 とはいえ、そこまで歳が離れているわけではない。
 教育実習生なので、年の差は数えるほど。

 その性格は真面目の一言に尽きる。

 教育というものに情念を燃やしていて、一人前の立派な教師になることを夢見ている。
 見た目はクールではあるが、その心はとても熱い。

 そんな思想を抱くに至ったのには、なにかしら理由があったはずなのだけど……
 あいにく、彼を攻略したことがない私は、その情報を持たない。

(これで最後の一人が判明した……ゲームのイベントのように、次々とヒーローが登場していますが、これも世界の流れ、というやつなのでしょうか?)

 そんなことを思うものの、確認することはできない。

 いや。
 ゼノスに聞けば、ひょっとしたら答えてくれるかもしれないが……
 あいつは神出鬼没なので、そもそも話をすることができない。

「どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 いけない、いけない。
 考え事をするあまり、ぼーっとしてしまったみたいだ。

「それで、君に関する噂について、君はどう思っている? 肯定するか。それとも否定するか」
「噂の全てを知っているわけではありませんが、否定いたします」
「ふむ。その理由は? 根拠は?」
「根拠はありません。ただ……」

 たまに、ちらほらと噂が届いてくる。
 その中には……

「私は邪神を崇拝していて、夜な夜な怪しい儀式を行っている……などという荒唐無稽な話、先生は信じるのですか?」
「……さすがにそれはないな」

 ユーリが苦笑した。

 お。
 苦笑ではあるが、笑うとなんか、かわいらしい。
 ちょっとドキッとした。

「そのような荒唐無稽な噂なら、否定するのに根拠は必要ないと思いますが……ただ、その他の噂は微妙なところですね。私が人を使い、気に入らない方をいじめている。政敵となる生徒に圧力をかけている。表向きは愛想よくしつつも、裏では暴君のように振る舞っている……こういう、ありえるかも? という噂は否定しずらいです」
「もしかしたら関与しているかもしれない、ということを認めるのかね?」
「はい。否定しても、疑惑が深まるだけでしょうし」
「ふむ」

 私はやってない、やってませんよ!?
 とムキになって否定しても、それはそれで余計に怪しくなるというものだ。

 ならばいっそのこと、肯定はしないけど否定もしないという、曖昧なスタンスをとればいい。
 まともな思考を持つ人ならば、それだけで断罪することはないはず。

「……わかった、話を聞かせてくれてありがとう」

 ユーリは良識があるらしく、私を一方的に断罪することはしないようだ。
 ひとまず保留。
 改めて他の生徒から話を聞いて、それから最終判断をする、という感じだろう。

 よかった。
 ここで断罪されていたら、学院にいられないほど追い込まれていたのだけど……

 さすが、ヒーロー。
 良識派で安心した。

「貴重な話を聞かせてもらって感謝する」
「いえ、大したことはしていません」
「では、話はこれで終わりだ。時間をとらせてしまい、すまなかったな。そろそろ帰るといい」
「あー……」

 今は放課後。
 ユーリからしたら仕事もあるし、これ以上、私に構っていられないのだろう。

 でも、これはせっかくのチャンスでもある。
 最後のヒーローと知り合いになれたのだから、もう少し話をして、良い印象を持ってもらいたい。

「……先生、今、お時間はありますか?」
「多少なら問題はないが、どうした?」
「実は、相談に乗っていただきたく」
「相談?」
「えっと……」

 適当に相談と言ってみたものの、内容は考えていない。
 相談するべき内容は……そうだ!

「私の噂に関することです」
「ふむ」

 興味を持ったらしく、ユーリが話を聞く体勢に戻る。

「今話をしていた通り、私に関する色々な噂が流れています。それに、ほとほと困り果てていまして……」

 嘘は言っていない、本当のことだ。
 どう対処していいか、毎日頭を悩ませている。

「なにか良い知恵がないか、先生に相談に乗ってもらえれば……と」
「なるほど。力になるのはやぶさかではないが……しかし、それは君の話が本当の場合に限る。流れている悪評が真実だとしたら、それは自業自得だろう」
「はい、そうですね。なので、その辺りは先生に信じてもらえるしかありません」

 すぐに信じなさい。
 悪役令嬢とはいえ、かわいい女の子が頼み事をしているのだから、少しくらい信じなさい。

 心の中でそんな愚痴をこぼしつつ、しかし、表情は真剣に。

 じっとユーリを見つめて……

「……わかった」

 ややあって、ユーリは小さく頷いた。