朝。
 いつものように、歩いてフィーと一緒に登校する。

「今日は調理実習で、クッキーを焼くんですよ。うまくできるかどうか、ちょっと心配です……」
「大丈夫ですよ。基本、レシピ通りにすれば失敗はしません」
「そうなんですか?」
「はい。失敗する時は、だいたい、アレンジをしてしまう時ですね。そんなことはしないで、基本にしっかりと作ることが大事です。フィーなら、きっとうまくいきますよ」
「が、がんばりましゅ!」

 今から緊張しているらしく、噛んでいた。

 ああ、もう……
 なんでフィーは、そんなにもかわいいの?
 私を誘惑しているの? 誘っているの?

 学院なんて通っている場合じゃない。
 今すぐ家に帰って、フィーを抱きしめて、そのままゴロゴロと惰眠を貪りたい。

「アリー姉さま?」
「……はい?」
「どうかしましたか? 今、ぼーっとしていたような……」
「いえ、なんでもありませんよ」

 いけないいけない。
 ついつい欲望に支配されてしまうところだった。

 フィーを可愛がりたいのは事実だけど……
 尊敬される姉として、それ相応の振る舞いをしておかないと。

 その後は、優しく理解のある姉の仮面を被り、おしゃべりをしつつ歩いて……

「あ」

 アレックスと出会った。
 まったくの偶然らしく、向こうも驚いた顔をしている。

「おはよう、アレックス」
「ああ……おはよ」

 フィーは、にっこりとしつつ挨拶を。
 それに対して、アレックスはややぶっきらぼうな挨拶を。

 その態度はなんだ。
 朝からフィーに会うことができたのだから、もっと喜びなさい。

 ……なんて怒りたくなるものの、しかし、なにも言えない。
 だって、彼がぶっきらぼうな態度を取るのは、私が原因だろうから。

「シルフィーナは……そいつと一緒に登校してるのか」
「はい。アリー姉さまは、いつも私と一緒にいてくれるんですよ」
「ふーん」

 アレックスの視線がこちらへ。

 その瞳には、ハッキリとした敵意があった。
 私に関する悪い噂を耳にした結果だろう。

 子供じゃないのだから、噂に流されないでほしい……と、思うのだけど。
 でも、アレックスは良くも悪くもまっすぐで純粋な人だ。

 だからこそ、一度抱いてしまった感情をすぐに消すことはできないし……
 敵と認定した相手を、なにもない状態で友好的に接することはない。

「よかったら、アレックスも一緒に……」
「悪い。用事があるから、俺は先に行く」
「そ、そうですか……」
「じゃ、またな」
「は、はい。また」

 アレックスはひらひらと手を振り、先に学院へ向かった。

 やれやれ。
 彼を攻略するとなると、とんでもなく難しそうだ。
 今から頭が痛い。

「アリーシャさま! シルフィーナさま!」

 ふと、明るい声が飛び込んできた。
 振り返ると、エストの姿が。

「お二人共、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
「息を切らしているようですが、ここまで走ってきたのですか?」
「は、はい……お二人の姿を見かけたので、つい」
「あら」

 なにそのかわいらしい行動。
 わんこみたい。

「えっと……僕も一緒に登校してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ね、フィー?」
「はい。一緒の方が楽しいですね」
「ありがとうございます」

 エストが加わり、三人で登校する。

 出会った頃からは想像もできないような笑顔で、エストは色々な話をしてくれる。
 両親の研究の一件で、うまく仲良くなれたのだろう。
 優しく澄んだ笑みを向けてくれている。

 やばい。
 なんていう破壊力の高い笑顔だろうか。
 年下好きじゃなかったのだけど、年下好きになってしまいそう。

 それにしても……

「……一方からは嫌われて、一方からは好かれて……わりと混沌とした状況ですね」
「アリー姉さま? 今、なにか言いました?」
「いえ、なにも」

 状況はあまり良いとは言えないのだけど、でも、がんばろう。
 大事な妹の笑顔を見守り続けるために、全力で運命に抗おう。