無事、エストの問題を解決することができた。
 彼に好意を持たれた……とは言えないが、友達になることはできただろう。
 一歩前進だ。

 うん。
 この調子で、他のヒーロー達の好感度をマイナスからプラスに転じさせて……
 まだ顔を合わせていない最後のヒーローとも仲良くなりたい。

「……うん? そうなると、ハーレムエンドになるのでしょうか?」

 ゲームだと、各ヒーローの好感度を平等に上げて……
 最後の分岐でメインのヒーローのルートを選ぶ。

 でも、これを現実でやると、ハーレム展開なのでは?

 いや、それは甘い認識かもしれない。
 傍から見ると、あちらこちらに甘い顔をしている八方美人だ。
 悪い印象しか持たれないだろう。

「まあ、問題ありませんね」

 私は悪役令嬢。
 ならば、他人からの評価なんて気にしていられない。

 三度目の人生が用意されているか、そんなものはわからないし……
 二度目の今が奇跡のようなものだ。
 これを大事にして、悔いのないように行動していきたい。

「それで……」

 私は振り返ることなく、声だけを後ろへ飛ばす。

「なにか用ですか?」
「あら、気づいていたの?」

 ここは私の部屋。
 今は他に誰もいないはずなのだけど、しかし、声が響いた。

 はあ、とため息。
 振り返りたくないけど、でも、そうしないと話が先へ進みそうにない。

 顔を後ろへやり……
 そして、ゼノスと目が合う。

「いったい、どこから侵入してきたのですか?」
「ひどいわね。人を泥棒のように言わないでちょうだい」
「勝手に人の家に入る人は、泥棒と呼ぶのですよ」
「あらそう。知らなかったわ」

 しれっと言ってのける。
 なんて腹立たしい。

 前に顔を合わせた時に思ったけど……
 私、この邪神、無理。
 怖いとか、そういう感情ではなくて……
 嫌い。

 なにもかも全部、嫌いだ。
 好きになる要素が欠片もない。

「ふふ」

 嫌悪感が顔に出ているはずなのだけど、ゼノスは楽しそうに笑う。
 普通、不愉快になるはずなのだけど。

「やっぱり、あなたは楽しいわね。私が神であることを知りつつ、そんな反応を示した人間なんて、今まで一人もいなかったわよ? 誰も彼も、私のことを恐れ、あるいは発狂していったというのに」
「……あなたは、ニャルラトホテプですか」
「なにそれ?」

 異世界の邪神は、地球の邪神を知らないらしい。

「それで、なんの用ですか?」
「おめでとう」
「え?」
「祝福をしに来たの。ほら、無事にヒーローから好かれることができたでしょう?」

 好かれたわけではなくて、友達になっただけ。
 好感度マイナス状態から、プラマイゼロになっただけ。

 祝うほどのものではないけど……
 まあ、いちいち訂正するのは面倒なので、そのままにしておいた。

「それでお祝いを?」
「そそ。私って、サービス精神旺盛な邪神だから」
「はあ……」
「あと、実を言うと、すぐに破滅すると思っていたのよねー。ヒーローからの好感度、全員マイナス状態だし。それなのに、一人とはいえ、ひっくり返すことができた。これ、かなりすごいことよ? 褒めてあげる」

 やたらと上から目線だ。

 まあ、邪神だとしても、『神』なのだ。
 自然と上になってしまうのは仕方ないことなのだろう。

「わざわざ、そんなことを言うためにやってくるなんて、神様も暇なのですね」
「そうよ。けっこう暇って言ったじゃない」

 そういえばそうだった。

「でも、今日はそれだけじゃないわ」
「え?」
「あなたは私の予想を裏切り、そして、私を楽しませてくれた。うん、本当に面白いわ。あなたを見ていると、ぜんぜん飽きない」
「それはどうも」
「だから、がんばったご褒美に、簡単なお願いを叶えてあげる」
「お願い……ですか?」

 突然の話に、私は喜ぶよりも警戒をした。

 だって、相手は邪神だ。
 楽しそうだから、という理由で、破滅しかない悪役令嬢に転生させるようなヤツだ。

 手助けをするフリをして、罠を仕込んでおくとか、後でとんでもない対価を請求されるとか……
 なにか裏があるに違いない。

 そんな私の警戒を察した様子で、ゼノスが苦笑する。

「疑われてるみたいだけど、変なことはしないわ。確かに私は邪神だけど、あなたとは賭けをした。あなたに有利になったからといって、足を引っ張ろうなんてことはしない。正式な対決なのだから、神としての矜持があるわ」
「ふむ」
「だから、これは本当に、ただのプレゼント。私の気まぐれ。なにも仕込んだりしていないから、安心していいわ。それに、簡単なお願いだから、ヒーローに好きになってもらう、とか勝負を根本から覆すようなことはできないもの」
「……なるほど、わかりました」

 どうやら嘘を吐いているわけではなさそうだ。
 本心からの言葉なのだろう。

 でも、この邪神のことだ。
 そうした方が面白い、と思って行動していることは間違いないだろう。

「じゃあ、改めて聞くわね? 簡単なことなら、なんでもお願いを叶えてあげる。アリーシャ・クラウゼン、あなたはなにを望む?」