アレックスと名前で呼び合うことになったのは、わりと大きな進展だと思う。
 好かれたと能天気に言うことはできないのだけど、少なくとも、嫌われることはなくなったと思う。

 ただ、安心はできない。
 しっかりとした友達になって、いずれくるであろう断罪イベントを潰しておきたい。
 あと、彼のような人は好ましいので、個人的にも仲良くなりたい。

 そこで、帰宅後、フィーにアレックスと仲良くなったきっかけについての話を聞いた。
 フィー曰く、アレックスは甘いものが好きらしい。
 お菓子を作っておすそ分けしたことがきっかけとなり、今のように仲良くなったのだとか。

 そのことを聞いた私は、さっそくお菓子を作ることにした。
 エプロンを身に着けて、屋敷の厨房に立つ。

「よし。がんばりますよ」
「あの……アリーシャ姉さま? どうして、突然、お菓子作りなどを?」
「もちろん、アレックスと仲良くなるためよ」
「うーん……アリーシャ姉さまなら、お菓子をプレゼントしなくても、自然と仲良くなることができるような気が……」

 なにやらつぶやいているものの、意味がよくわからない。
 自然に仲良くなるわけがない。
 というか、むしろ嫌われるのでは?
 なにしろ、私は悪役令嬢なのだから。

 スタート時は、すでにマイナス。
 だから、がんばってがんばってがんばって……
 好感度がカンストしてしまうくらいが、たぶん、ちょうどいいはずだ。

 そのために、できることはなんでもやっておきたい。

「というわけで、フィー。お菓子作りを教えてもらえませんか? 私、お菓子作りどころか、料理もまともにしたことがなくて」
「は、はい。でも……私でいいんですか? コックさんとかに頼んだ方が、確実だと思うんですけど」
「アレックスの舌と胃袋はフィーにがっちりと掴まれているのだから、フィーに頼んだ方がいいと思わない?」
「掴んでいるのかな……?」
「父さまから聞いたのですが、フィーはお菓子作りは得意なんですよね?」
「……はい。甘いものが好きで、中でもクッキーが一番好きですから」
「そうなのですか?」
「小さい頃、作り方を教えてもらったことがあって。あの人にとっては、戯れでしょうけど……」
「フィー?」

 そう言うフィーは、なぜか懐かしいような辛いような、不思議な顔をしていた。

「えっと……大丈夫ですか?」
「あっ、だ、大丈夫です。アリーシャ姉さまのために、がんばります。小さい頃は散々でしたけど、あれから練習を重ねて、今ではけっこう上手になりましたから」

 懐疑的な顔をするものの、フィー意外に頼むことは考えられない。
 そのまま強引に押し切り、お菓子作りを教えてもらうことに。

「さて、がんばりますよ」

 器具の準備完了。
 材料の準備完了。

 必ずおいしいお菓子を作り、アレックスの心を掴んでみせよう。



――――――――――



「アリーシャ姉さま……その、包丁はお菓子作りに使いません」

「目分量ではなくて、最初はきちんと計ってください。そのためのレシピなんですよ。プロならともかく、お菓子作り初心者には無理です」

「アレンジはダメです。絶対ダメです。おいしくなりそうだから? そういう考えが、なにもかも台無しにするんです」

「わっ、わあああぁ!? バターを直火にかけるなんて、なんでそんなことをするんですか!? フライパンなどに入れて、間になにかを挟むに決まっているじゃないですか!」

「あっ、あっ、あああぁ……そんな適当にしたら……いえ、もう無理です。手遅れです……」



――――――――――



 以上、現場からでした。

 フィーの指導は、最初は優しいものの、途中からなぜかスパルタになり……
 最後の方は、なぜか投げやりな感じになっていた。
 投げやりというか、全てを諦めた?

 なんで、そんなことになるのか。
 さっぱりわからない。

「というわけで、完成ですね!」
「……はい、完成です」

 ものすごく疲れた様子で、フィーが相槌を打つ。
 どうしたのかしら?
 久しぶりのお菓子作りらしいから、それで疲れたのかな?
 でも、そんなところもかわいい。

「出来の方は……」

 初心者ということで、誰にでも作れるクッキーをチョイス。
 その成果がテーブルの上に並べられていた。

 形はちょっと歪だけど、まあまあだと思う。
 ところどころ焦げているけれど、むしろ、それが良いアクセントになるはず。

「うん、我ながらなかなかじゃないでしょうか? 八十点をあげていいですね」
「えっ!?」
「フィー?」
「い、いえっ、その……なんでもありません」

 ものすごい甘い採点なのでは?
 なんていう顔をしていたような気がするのだけど……
 うん、気の所為よね。

「えっと……とりあえず、なんとか、ギリギリのところで、どうにかこうにか、本当にハラハラしましたけど完成したので、次はラッピングをしましょう」

 なぜだろう?
 言い方がものすごく引っかかる。

 でも、そのことを問うよりも先に、別の疑問が出てくる。

「ラッピング? タッパーに入れて渡すのでは、ダメなのですか?」
「ダメです」

 即答!?

「夕飯のおすそ分けをするんじゃないんですから……というか、アリーシャ姉さまは、どうしてそんな平民のことに詳しいんですか?」
「まあ、色々とありまして」

 前世の知識とは言えない。

「アレックスと仲直りするためのものなんですよね? それなのにタッパーなんて、ちょっとないと思います」
「そういうものですか……」

 前世での恋愛経験はゼロ。
 乙女ゲームの攻略対象にすら、何度か失敗して、振られてしまう始末。
 そんな私に、プレゼントする際の注意点なんてわかるわけがない。

 なので、フィーの話はとても役に立つ。
 さすが私の妹。
 かわいいだけじゃなくて、頭も良い。
 最高の妹ね。
 略して、最妹。

「タッパーじゃなくて、バスケットなどがいいと思います。それに、ちょっとだけリボンなどの飾りを載せておくと、なお良いです」
「なるほど……ついでに、花も飾りますか?」
「それはやりすぎです」

 なぜか却下されてしまう。
 むう。
 ナイスアイディアだと思ったのに。
 なにがよくてなにがダメなのか、いまいち基準がわからない。

 そう言うと、フィーがくすりと笑う。

「アリーシャ姉さまも、苦手なことがあるんですね。私、なんか少し安心しました」
「?」

 なんのことだろう?
 フィーの考えていることがよくわからず、私は首を傾げるのだった。